10 空を飛ぶ
わたしがそんなことを考えている間に、クロムが人化の術を解いた。そのとたん、広場には巨大な黒く光るドラゴンが姿を現した。いつ見ても綺麗だな。
「な、なんて大きさだ!これが漆黒の王アムナート様………」
近くにいたトリーは、腰を抜かして地面にへたり込んでしまった。
「これがアムナート様………!」
「なんて大きいの?まるで山のようだわ」
「くそっ。こいつが黒の森の主だってのか………?」
広場に残っていた獣人達がざわめいた。ひとり、クロムに敵対心を向けているのがいるけど、たぶんオイクスだと思う。まるで、自分ならクロムに勝てると思っていたような言い方だ。だけどクロムの姿を前にして心を挫かれているような、そんな気配を感じる。
「エル、背中に乗れ」
「うん。トリーも行くよ?」
トリーの手を引いて立たせた。トリーはよろよろと立ち上がると、自分で自分の顔を叩いた。
「よしっ。これで気合が入りました。さて、エル様。どうやってクロム様の背中に乗りますか?よじ登るにしても、ずいぶん高いですよ」
「それは大丈夫」
そう言って、トリーと手を繋いだ。
「え?エル様?なにを………って、ぎゃあああぁぁぁぁ!浮いてるぅぅぅぅ!」
わたしとトリーに対して、風魔法を発動した。まず、風魔法でわたしとトリーを包む球状の膜を作る。その上で、下から体が持ち上がるように風を調節して、クロムの背中まで浮き上がると横から風を吹かせて横移動し、うまくクロムの背中に着地すると魔法を解除した。怪我もしてないし、うまくいったと思う。
「ふふっ。初めてやったけど、できると思ったんだよね。うまくいって良かった。ね?トリー」
「………………」
「トリー?どこか怪我したの?痛いの?ちょっと待って。回復………回復………えいっ!」
癒やしの力をイメージして、トリーの体に魔力を巡らせた。お腹によくない物を感じたので、消えるように念じるとフッとよくない物が消えてなくなった。
「トリー、大丈夫?」
トリーはぼんやりしていて、ますます不安になる。さっきのは、消しちゃいけなかった?
「はっ!?エル様、いまのすごく気持ちよかったです!お腹が痛かったのも治りましたし、なんだか全身を真綿で包まれたようた気持ちよさでした」
「そう?具合悪くなったら、遠慮しないで言ってね?」
「はいっ」
トリーが元気よく返事したところで、クロムが「では行くぞ」と言った。
クロムが立ち上がり、翼を広げるとふわりと風が舞った。
周囲の獣人から、わっと歓声が上がる。
クロムが地面を軽く蹴ると、体がぐんっと空へ浮き上がった。そして村が小さくなると、クロムは森の端を目指して飛び始めた。あまりの速さに、クロムの背中から振り落とされることを覚悟したけれど、その心配は必要なかった。クロムの周囲には空気の膜ができていて、凄まじいスピードで飛んでいるのにまったく風を感じない。
そういえば。クロムはトリーからアルトーの街の場所を聞いていなかったけど、場所はわかっているのかな?
30分ほど飛んでいると、森の端が見えてきた。
そして、森から少し離れた場所に壁に囲まれた街があるのが見えた。もしかして、あそこがアルトーの街かな?
クロムは徐々にスピードを緩め、街ではなく、森の端から少し内側に入った場所に降りた。開けた場所がなかったから、クロムは空中で人化の術を使いわたしとトリーを両脇に抱えて地面に着地した。
なかなかスリルがあった。
「ここから歩いて行くぞ」
「直接、街へ行くんじゃないんだね」
「街へ降りれば、騒ぎになるだけだ。わざわざ姿を見られないようここまで隠蔽魔法をかけてやってきたのに、それが無駄になる」
隠蔽魔法なんてものもあるんだ。魔法って便利だね。
「あ、トリーは大丈夫?」
わたしは、自分と同じく地面に降ろしてもらったトリーに話しかけた。青い顔をしてしゃがみ込み、吐きそうにしている。
「ううっ。空中に放り出されたときは、死ぬかと思いました。生きてて良かったですぅ」
「ごめんね、びっくりしたよね」
「エル様は大丈夫ですか?」
「うん。わたしは平気。クロムはわたしに酷いことしないって信じてるから」
「はぁ、そうですか。しかし、落ちるというのは、あまり気分のいいものじゃないですね。怖かったです」
そう言って、トリーはよろよろと立ち上がった。
「いつまでも休んでいられませんし、そろそろ行きましょうか。アルトーの街までご案内いたします」
歩き出したトリーのあとに続こうと思ったけれど、わたしが歩くペースは遅くてみんなに迷惑をかけちゃう。すかさずクロムが抱き上げてくれたので、お世話になることにした。
10分ほどで、私達は森の中の細い道に出た。
そこから森を出て、アルトーの街まで行くのに1時間ほどかかってしまった。