第三章17 エルフ族、合議制六賢者のアルコ
眼下のエルフ達は急に飛べなくなってパニックに陥っている。
そこに俺は、風の精霊魔法『言霊』を応用し、音を風に乗せて拡散させて叫ぶ!
「エルフ族の責任者はどこにいる―――!!!」
風に乗って響く言霊は、アールヴヘイムに住む住人全ての耳元に届く……
そして、上空に居る存在に気付く―――!
グレイシャーブルーの絶対零度の冷気を纏う巨大な狼、その魔獣に乗る燃え盛る炎を纏った暗黒の鎧を身に着けた存在を――!
『ひぃ! ひぃぃぃぃ―――』
飛べなくなりパニックに陥っていた住人を、今度は恐怖が包み込む。
どこの国でも同じだが、町に住む住人は殆どが一般市民だ、戦闘に対する耐性はない。
俺の姿を視認して、多くの住人が腰を抜かし地面を這いずっている……。
だが、ゆっくりしていると軍隊が駆け付けてくるだろう。
まぁ空中戦に頼ってきたエルフ軍が、飛べない今、俺の敵ではない事は想像に難くないのだが……。
だが、今回は今後の事も考え戦いたくないのだ!
エルフ族の責任者からは反応が無いので、 俺はさらにエルフ達を追い込む事にする。
ウンディーネを顕現させ命じる!
「水の精霊ウンディーネの主が命じる! アールヴヘイムに流れる川を荒れ狂う水竜と化せ!」
アールヴヘイムに流れる小川が、荒れ狂い氾濫する!
さらにドライアドを顕現させ命じる!
「木の精霊ドライアドの主が命じる! アールヴヘイムを魔の森と化し、エルフどもを拘束しろ!」
エルフ達が今まで自分の家として慣れ親しんだ木々が襲ってくる、生き物のように蔓が動き出しエルフを拘束していく!
⦅おぉぉぉぉ! 森の中でドライアドの力って絶大過ぎないか!⦆
殆どのアールヴヘイムの住人がドライアドの蔓に拘束されたところで―――
俺はイフリートを顕現させる―――!
俺の周り、エルフ達の頭上に、数えきれないほどのイフリートが顕現する。
拘束されている状態で住家の木を全て焼き払えば……… アールヴヘイムの住人は全滅だろう。
『や、やめてくれ―――』
『た、たすけてくれ………』
『あぁ、あぁぁぁぁ………』
蔓で拘束されて身動き取れないところに顕現したイフリートを見て、エルフ達は阿鼻叫喚の嵐だ。
⦅自分でやっておいてなんだが…… なかなか鬼畜の所業だなこれは………⦆
風・木・火の精霊を従属させる俺は、まさにエルフ族の天敵!
特にこのアールヴヘイムという木々に囲まれた立地は、俺と言う敵に立ち向かうには最悪な場所だろう。
⦅それではエルフの長、早く出てきてね!⦆
「火の精霊イフリートの主が命じる! アールヴヘイムの木々を燃や―――」
「―――お待ちください!!!!」
⦅ふぅ~、よかった出てきた⦆
これで出てこない最低族長ならば…… ハイエルフだけでも滅さなければいけないところだった。
「私がエルフ族の長です、魔神様!」
⦅魔神? なにか勘違いをしているようだがまあ良い⦆
俺は族長の声が聞こえた場所にフェンリルで空中を走っていく。
イグドラシルの巨木の上部に、宮殿のような場所がある。
そこにフェンリルで降り立つと……
そこには、六人のハイエルフ達が居た。
その中の一人が俺に話しかける。
「私が全エルフ族を統べる『合議制六賢者』の一人、そしてその六賢者の盟主を務める者、ハイエルフのアルコと申します」
⦅ん? アルコ!? あの夢に出てきたハイエルフか!⦆
流石にこれから交渉するのに、ドライアドに拘束されている状態では格好がつかない。
おれは、アルコの拘束を少しだけ緩める。
「俺は人族シャンポール王国のディケム・ソーテルヌと言う!」
アルコは目を見張り驚く。
「あなたが人族? なるほど……… まぁどちらにしてもこの戦争はエルフの負けです、あなたが我々の死神になるのですね」
アルコは呆気なく負けを認める。
『ずいぶんと諦めが良いのだな?』 俺の問いに、全て諦めたようにアルコは話す。
「私の想像を超えて事が進んでしまったのです。 まさかブロンダがメガメテオまでも持ち出すとは……、 思いもよりませんでした。 あなたがメガメテオを封じた時点で、エルフ族は最大の抑止力を失ったのです。 エルフ族はもう詰んでしまったのです。 さらに六柱の精霊様までも使役するとは、エルフではもうどうにもなりません。 私たちは手を出してはいけない人を怒らせたのですね」
すると、合議制六賢者の一人がアルコに食い下がる。
「アルコ! たった一人の人族に負けを認めるのですか! 今回はたまたまシルフ様の調子がおかしかっただけ! それが無ければこんな事には―――」
「ランディア…… 彼方はまだ未熟なようですね。 分からないのですか? もうこの里は人族の軍に囲まれています」
「そ、そんな………」
『ほぅ…… 流石エルフ族の長のようだ』と言い、マクシミリアン将軍に出てくるように伝える。
⦅了解しました、ただ包囲したまま待機ですね?⦆
⦅そうだ、絶対に動くな!⦆
⦅はっ! マイ・ロード⦆
里を包囲している部隊の魔法を解除する。
『なっ! そんな馬鹿な―――!』 ランディアというハイエルフが愕然とする。
さらにアルコが続ける。
「ランディア…… 『シルフ様の調子が――』などと言っていましたが、精霊様にそのような事が無い事は解っているでしょう、すでに風の精霊女王シルフィード様はディケム様の元に下っています」
『そ、そんな――― 』ランディアは項垂れ、他の四人のハイエルフもアルコに賛同する。
「ランディア、それだけでは無いのです。 もっとマナを感じなさい、この規模の部隊に『気配遮断』と『姿隠し』をかけられる術者…… それがどう言う事なのか、あなたは理解できていないのです」
⦅ん? マナを感じて、理解しろだと………?⦆
全て諦めるアルコに俺は問う。
「この度の宣戦布告! さらには王都へのメガメテオ、再三にわたる王都への侵略! 全てエルフ族の総意で間違いないか?」
アルコは少し戸惑った後、意を決して話す。
「戯言だと思われるでしょうが、総意ではございません。 一部のエルフの暴走、それを御せなかった私の責任です」
だが、アルコは悲しい顔でさらに話す。
「ですが、すべて終わったこと…… もしあなた様が罪のない里の者を生かしたとしても、メガメテオの抑止力を失ったエルフ族は、他種族に皆殺しにされます。 我々はメガメテオを使い、それだけの恐怖を他種族に与えてきました」
ムム………それはなかなか難しい問題だな………
それはもう、エルフの問題だよね、人族関係ないよね………?
アルコが慈悲を求めて懇願する。
「ディケム様、戦争をしかけた我々が、このようなお願いをしては筋違いですが! どうか、里の子供達だけは貴方の庇護のもと、守って頂けないでしょうか?」
おれは少し考え、一つ聞いてみることにした。
先ほど、アルコはおれを魔神と言った。
さらにはランディアに『マナを感じて、理解しろ』とも………
「アルコ、この世界は最後の一種族が生き残るまで、神により戦う事を義務付けられているのではないのか?」
アルコは目を瞬かせる。
「ディケム様、お戯れを、貴方様のマナを見ればわかります。 貴方様が今後どこに向かわれるかを――。 貴方様はそのような枠組みの外にいる方だと……」
やはりそうか、アルコは俺が大いなるマナに繋がっていることを分かっている。
一〇〇〇年以上の時を生きるハイエルフ、彼らの知識は今後俺に必要のようだ。
「アルコ、お前達の知識は今後俺に必要になるようだな。 俺に従う事を誓え! 今後、すべてのエルフが俺に恭順を示すのなら、メガメテオを破った俺の力がこの里に加護を与えると約束しよう!」
アルコが目を見開く
「あの……… 大人のエルフも助けてくれるのですか?」
『大人が居なければ、子供も育たぬではないか? もちろん、その大人にお前も含まれる』と俺は言う。
しかしアルコは答える。
「ですが…… 戦争の責任を誰かが追わなければなりません。 国とはそう言うものです」
「アルコ、お前は先ほど俺に、枠組みの外に居ると言わなかったか?」
『………………』アルコは固まっている。
「幸い、この度の戦争で、人族の犠牲者は居ない。 それでも人族がお前たちを許さないのなら、今度はお前たちを俺が守ろう」
『え?………… し、しかし……』 アルコが絶句して固まっている。
「あなたは不思議な人だ…… 魔神族のように強く、人族の規範の中に居るのに、とても自由だ…… 私達の命をあなたに預けます。 エルフ族の忠誠を貴方様に捧げましょう」
「あぁ、その忠誠しかと受け取った!」
俺はの蔓を解除し、アルコが契約するシルフの『戒めの風』を解除する。
そして、アルコが全国民に告げる。
「全国民に告げます! 我々エルフ族は人族ディケム・ソーテルヌ様に全面降伏致します。 これは提案ではなく、合議制ハイエルフ6賢者の総意、また風の精霊女王シルフィード様の意になります」
『………………』 さすがに里に住むエルフの民達は言葉を失う。
アルコがさらに民に伝える。
「みな理解してください。 メガメテオを失った我々は、このままではすぐに他種族に蹂躙されるでしょう。 ですがメガメテオを破ったディケム様が、その加護をこの里に下さいます。 我々の守護精霊シルフィード様を加え、六柱もの精霊様を従えるディケム様の庇護下に入る事は、本当は戦いが嫌いな我々エルフ族には、メガメテオ以上の抑止力になる事でしょう」
この日、エルフ族を統べる『ハイエルフ合議制六賢者』は、人族との戦いに敗北し、その傘下に入る事を宣言した。
その報は各種族に激震を走らせた。
各種族は抑止力だったメガメテオ部隊が人族に殲滅させられた報をいち早くつかみ、勢力拡大を企み、我先にとエルフ族への大規模侵攻の準備をしている最中であった。
まさかメガメテオ消滅からわずか一〇日ほどで、大国エルフ族が敗北宣言するとは思いもしなかったのだ。
これは、種族戦争の力関係にも大きな出来事だった。
それまでは魔神族と同盟を結んだ人族は、対等な同盟とは名ばかりの、その庇護下に入っていただけだった。
だが、大国エルフ族を傘下に収めた人族は、その影響力を大きく上げ、魔神族との同盟もさらに大きな意味を持つ事になった。
この日が、人族の大きな転換期となる―――




