第三章16 エルフの里アールヴヘイム
目指すはエルフ族の首都アールヴヘイム。
早朝まだ日が昇る前、暗闇の夜空にうっすらと明るみが差し、世界が瑠璃色に変わる。
人々がまだ眠りについているその時間、ディケムの部隊七〇〇〇の騎兵隊はマルサネ王国から一気に北上する!
⋘―――Ενδειξη・κρύβω(気配遮断)―――⋙
ディケムが『気配遮断』の呪文を唱える。
普通なら七〇〇〇もの騎馬隊が走れば、地響きを轟かせての行軍になる。
その気配を一切消した。
七〇〇〇もの騎兵隊に『気配遮断』の魔法をかけられる魔法師は、『大いなるマナ』と繋がるディケムしか居ないだろう。
瑠璃色の世界を音もなく駆け抜ける、騎馬隊の行軍は神秘的な雰囲気さえ漂わせた。
その先頭には黄金の鎖を巻き付けた、神秘的なグレイシャーブルーの巨大な狼が走る。
もしその行軍を、街道を行く商人が見たのなら………
巨大な狼が先導し音もなく進軍するその軍隊を、死を運ぶ死神の行軍に見えたかもしれない。
俺はマクシミリアン将軍とその副官、コート王子とその副官に『言霊』を飛ばし、俺を含む五人で念話が出来る様にする。
⦅皆、聞こえるか? シルフィードの能力『言霊』だ、五人と同時に話せるようになる念話のようなものと考えてくれ。 今日の作戦中私は、この言霊で離れた場所から指示を出す⦆
⦅はっ!⦆
⦅この後皆はエルフ領直前で待機! その時に今掛かっている魔法『気配遮断』に『姿隠し』を重ね掛けする!⦆
⦅はっ!⦆
⦅私の突入1時間後、全員エルフ領に突入、アールヴヘイムの街を包囲して待機だ!⦆
⦅はっ!⦆
⦅相手はハイエルフ、いくら『気配遮断』『姿隠し』を使っても、気づかれる可能性が大だ! 私がエルフの注意を引き付けている間に、隠密に行動してくれ⦆
⦅はっ!⦆
⦅何度も繰り返すが、このアールヴヘイムでは血を流したくない、ここには交渉をしに来たのだと思ってほしい。 皆の出番は戦う事ではなく、相手の戦意を削ぐための演出だ。 血気にはやって暴走する事は許さない!⦆
⦅はっ! ロード・ディケム⦆
⦅だが…… 最悪の場合の覚悟もしておいてくれ⦆
⦅はっ!⦆
俺はエルフ領手前の林で止まる。
ここで部隊は待機させ、『姿隠し』の魔法を部隊にかける。
⋘―――Φιγούρα・κρύβω(姿隠し)―――⋙
マクシミリアン将軍が心配そうに聞いてくる。
「ソーテルヌ閣下、あの…… この七〇〇〇の部隊に『気配遮断』と『姿隠し』をかけて、そのまま戦闘に向かわれて魔力は大丈夫なのでしょうか? 普通この規模の魔法なら、複数人の上級魔法師団による、合成魔術級だと思うのですが………」
「問題ありませんよ、これくらい出来なければ、アールヴヘイム攻略など、大言吐けないでしょ!?」
「はっ! 差出口でした申し訳ありません!」
『さて……』と一息ついて、俺は出撃の準備をする。
アールヴヘイム攻略は、ハッタリで何とかしたい。
それには禍々しいまでの見栄えが必要だろう。
って事で…… フル装備で攻略に挑む!
ハスターの指輪から、鬼丸国綱と妖炎獄甲冑を装備する。
軽装だった俺が、突然禍々しい鎧を纏う、その光景にみな目を見張るが……
騒ぎ立てはしない、もう非常識な行動にも慣れたのかもしれない。
そして俺は、フェニックスを呼び再生の炎を纏う。
そして竜の大きさにしたフェンリルに乗る。
待機を命じている騎兵隊たちが、目を見張り固まっている。
さすがにここまで禍々しい様相に変わると、みなの理解を超えるようだ。
グレイシャーブルーの巨大な狼、神をも食い殺すと言われる最強の魔獣は絶対零度の冷気を纏う。
その魔獣に、手に刀を携える、燃え盛る炎を纏った暗黒の鎧を身に着けた戦士が乗る。
「マクシミリアン将軍! これで少しは魔王っぽく見えるか!?」
「ッ――――――! もう魔王にしか見えません………」
「ハハハ! そうか、ならばこれで行ってくる! あとは計画通りに頼んだぞ!」
「はっ! マイ・ロード!」
装備を整えた後、俺はエルフ領を睨み次の手を打つ。
「シルフィードの主が命じる、アールヴヘイムに住むシルフの力を禁じる!」
すると、俺から風の精霊女王シルフィードが飛び出し、踊るように回転しながら上空に昇っていく!
そして緑色に輝く『戒めの風』がエルフの森に吹き抜ける。
『戒めの風』はシルフの女王が眷属のシルフの力を剥奪する権能だ。
『ほ、本当にシルフィード様を使役されている!』と騒めく声が聞こえる。
俺は昨日、風の精霊魔法ウインドコントロールは使ったが、まだ誰にもシルフィードを見せていなかった。
兵士たちの士気を上げるためにも、一度シルフィードを見せる事は必要だろう。
そして俺を乗せたフェンリルが空を駆ける!
シルフィードが居れば、フェンリルですら空を駆けることが出来る!
エルフ領アールヴヘイムは、深い霧と方向感覚を狂わす『迷いの森』で守られていると聞く。
しかし、その迷いの森もシルフの精霊魔法がかけられているからだ。
だがそれも先ほどの『戒めの風』で解除されている。
まぁ、迷いの森が空を飛ぶ者にまで影響するのかは分からないが……
後続の騎兵隊はこれで問題ないだろう。
空を走れば、アールヴヘイムはすぐそこだ――!
俺はアールヴヘイムの王都中心の上空に、フェンリルに乗ったまま立った。
アールヴヘイムという町は、無数にそびえ立つ巨木を利用して、そこにエルフ達は住んでいるようだ。
エルフ=森の人、森と共生している種族と言われるはずだ。
だが、エルフ族は一番身近なドライアドではなく、シルフと契約している。
なぜかドライアドとは契約をしていない…… いや出来なかったのだ。
精霊の格として、シルフ<ドライアド<シルフィードとなる。
エルフ族が契約できたのは『シルフ』まで、ではシルフと同格の『木霊』でもいいのでは?となるが………。
この全種族が戦う世界、攻め込むことを考えると、守りに強い木霊よりも制空権を取れるシルフを選んだのだろう。
さらにはドライアドがシルフィードの天敵だったという事もある。
ウンディーネとイフリートのように、天敵と契約するのは非常に難しい。
それでもエルフ族は、ドライアドと共生を選び、木の家に住んでいた。
自然と調和し共存して生きる、素晴らしい種族だと思う。
おれのドライアドとここのドライアドはすでに繋がっている。
ドライアドは個に近い精霊だが、やはり根本は個ではない。
繋がってしまえば、俺はここのドライアドに命令することが出きる。
アールヴヘイムの無数にそびえ立つ巨木を見ると、そのスケールに圧倒される。
エルフ族が木を利用して住んでいると聞くと、素朴な村を想像してしまうが………
流石エルフ族の首都、その規模が違う。
広さはシャンポール王都に比べるまでもないが、巨木を利用しているだけあり、全ての家が高層階になっている。
その高層住宅が何百と立っていのだ。
そしてその何百とそびえ立つ巨木の高層住宅の中心に、一際大きな木がそびえ立つ。
マナを感じられる者ならばすぐにわかるだろう、神木の成体:イグドラシルだ。
シャンポール王都の神木幼生とは格が違う、サンソー村の神珠杉よりも格上だろう、まさにイグドラシルの名に相応しい風格だ。
たぶんエルフ族を治める長、ハイエルフはあそこに居るのだろう。
俺は眼下を見下ろす。
この巨木を利用した高層集合住宅を見ると、シルフの『飛行』は戦うだけでなく、日常生活にも必須のスキルなのかもしれない。
多くのエルフ住民がパニックに陥っている…… 俺がシルフの力を封じたため、『飛行』が使えなくなったからだ。
エルフ達が落ち着いて冷静になる前に、一気に片を付ける―――!
「さぁ~ はじめようか―――!」




