第三章7 エルフ族の事情
予想通り、将軍たちとの軍事会議は混迷を極めた。
討って出るのか、守りに徹するのか、魔法部隊を主にするのか、騎兵隊で戦うのか――。
俺は将軍たちの案を全て聞き、どれが最善なのかを考えていた……
彼らは俺なんかよりも数多くの戦場を潜り抜け、経験を積んでいる。
奇をてらわない総力戦になったときは、彼らの経験に勝るものは無い。
そんな会議の中、ドライアドから念話で連絡が来る。
⦅ディケム様、お忙しい所申し訳ありません。 お耳に入れたい事がございます⦆
⦅どうした?⦆
⦅はい、今、私のドライアドネットワークは王都、サンソー村、魔神族エリアを構築していましたが、その伝手でエルフ族のエリアもいま広げています⦆
⦅でかしたドライアド! 情報は最大の武器だ!⦆
⦅はい! ありがとうございます。 それで集めた情報に気になる情報が幾つか有りましたのでご報告したいのですが…… 今宜しいですか?⦆
⦅あぁ、今ちょうど戦略会議中だ、聞かせてくれ!⦆
⦅エルフ族の里では、この度の人族への宣戦布告は寝耳に水らしいのです……⦆
⦅な、なんだと――!!⦆
⦅あくまで推測ですが…… 集めた情報を繋ぎ合わせ考えるに、ダークエルフ族が勝手にエルフ族の名代として、仕掛けてきたのではないかと――⦆
⦅ほぅ…… あの時のヒルダの情報は正しかったようだな。 それならば、停戦も出来るのではないか?⦆
⦅それが、そう簡単な話では無いようです。 エルフ族としては寝耳に水でしたが…… すでに宣戦布告し、王都を襲撃した結果がございます。 これで停戦しては、戦争賠償問題になりかねない、ならばいっそ―――と、強硬派が押し通しているようです⦆
⦅なるほど………、中々難しいな⦆
⦅ですが、何かきっかけがあれば、停戦の方向に動くかと思われます⦆
⦅なるほど、ありがとうドライアド! 素晴らしい情報だった!⦆
⦅いえ恐縮でございます。 あっ、それからディケム様。 これは全く関係ない話かもしれませんが…… 風の精霊シルフの女王シルフィードが、東のアイフェル山脈に住む氷の上位精霊フェンリルにさらわれたそうです⦆
⦅ん? シルフィードがフェンリルにさらわれた? ……何故だ?⦆
⦅申し訳ありません。 そこまでは分かりませんでした。 アイフェル山脈は氷に閉ざされた植物も育たぬ場所、私達木属性の精霊にはとても厳しい情報が得難い土地なのです⦆
⦅分かった。 いろいろ貴重な情報をありがとう、ドライアド⦆
う~ん……
此度の戦争は、ダークエルフの暴走……
エルフ族は戦争をやめるきっかけが欲しい。
エルフ族の契約する風の精霊シルフが厄介。
シルフの女王シルフィードがアイフェル山脈にさらわれて居る………か。
これは一度行ってみるしかないかな。
俺は将軍達に一度中座する事を詫び、会議室を出ていった。
色々調べて裏付けとらないと、動けないからね。
俺は一時間ほど、色々な調べ物や各所への連絡、頼み事の段取りを整え、粗方考えがまとまったところで会議室に戻った。
『皆さん、中座して申し訳ありませんでした』と一同に謝罪して俺は席に戻る。
少しは進展があったかと期待したが…… やはり会議は完璧に煮詰まっていた。
そこで俺は切りだす。
「急な事ですが、少し調べたいことがあります。 私は三日後に王都をしばらく離れようと思います」
会議室の皆が目を見開き驚く!
ララ達も唖然としていた。
「い、いや…… ソーテルヌ卿! 今あなたに王都から離れられると非常に困る!」
みなが同意の意を示す。
「二週間ほどで戻ります、それまで皆さんには、籠城で耐えていただきたい」
俺はララ、ポート、ラローズ三人を見まわして続ける。
「この三名で守りを固めれば、そう難しい事では有りますまい!」
そう言っても、将軍たちは『し、しかし……』と難色を示す。
諦める気が無い俺は、ラス将軍に目配せをして畳みかける。
「この三名の鉄壁防御に加え、四人の将軍とその精鋭も居るのです。 さらに戦略的に今は秘密ですが、助人もお願いしました。 二週間ぐらいの籠城は容易でしょう! 皆さんお願いします!」
そう言い、俺はもうこの話は終わり、俺が王都を離れる事は決定事項と強引に対話を終わらせた。
「エルフ軍は非常に迅速です、私が掴んだ情報だと補充を終わらせたエルフ軍は、三日後にまた王都に攻め込んでくるようです」
『そんな……』 『三日後!』とみな驚く。
「私はそこに打撃を加えてから行くつもりです。 多分、その攻勢の出鼻をくじければ、そう簡単には攻めてこなくなるでしょう!」
『ソーテルヌ辺境伯は何を調べるために、旅立たれるのですか?』将軍たちはたずねる。
「それはまだ言えません、確信もなく、推測の域を超えませんから…… こんな推測でみなさんを巻き込むわけにはいきません。 今のまま行けば、どちらにしろ、籠城の持久戦になるでしょから、私は可能性に賭けて動いてみる事にします」
籠城の長期戦に突入すれば、日々の小競り合いは有るにしても、それほど出来る事は多くない。
そこにディケムが居たとしても、やれることは大して変わらないだろう。
将軍が集まり討論を繰り返したが、結局は籠城戦という消極策以外の案は出てこなかった。
俺は籠城戦の指揮をラス将軍にお願いして、調べものをするために会議室を後にした。
その晩、会議の最終報告をしにラスさんラローズさんが訪ねてきた。
せっかくだったので夕食のお誘いをして、皆で夕食を取ることにした。
「ディケム君、王都を離れる理由を、私達だけにでも少し教えてもらえないか? 正直、我々も含めて、国民全員が今日のメガメテオの恐怖にトラウマを植え付けられた…… 私でさえ君がここを離れると聞いて、怖くて仕方が無いんだ………」
ラスさんが、そのような弱音を吐くとは………
今日の会議の内容を知らない、ルルやギーズ、ディックも怯えた顔をしている。
ララも下を向いてしまった。
流石に少しは話さないとマズそうか………
「…………。 会議でも話しましたが、推測が大部分の案件なので、全てをお話しすることは出来ませんが……… この屋敷内ならば情報が洩れる事は無いでしょうから、少しだけですが、話しておきましょう」
ラスさんが頷く。
「私が掴んだ情報によりますと…… エルフ軍の宣戦布告は、エルフ族の里では寝耳に水の出来事らしいのです」
『ッ―――なっ!』 ラスさんとラローズ先生が驚き、立ち上がる!
「ダークエルフ族の暴走…… 族長争いのとばっちりを受けた可能性があります」
「そ、そんな…… そんな事で我々は全滅仕掛けたのだぞ!」
「はい、それが人族の今の立場、我々の全滅など、エルフ族には些細な事なのかもしれません」
「だ、だが…… ダークエルフ族だけの問題ならば、エルフ族全てを統べるハイエルフ族と交渉できれば―――」
「期せずして戦争は始まってしまいましたが…… 今エルフ族では意見が割れているそうです。 エルフ族が謝れば戦争賠償が発生する。 どうせ戦う運命ならばこのまま人族を滅亡させてしまえ……と」
『ッ――なっ!』 全員が蒼白になる。
「ですが、始めたくて始めた戦争ではない事も事実、なにかきっかけがあれば止められる可能性がある、と私は思うのですよ」
「だからディケム君は一人でエルフの里に向かうと言うのね?」
「はい、まぁそれだけでは無いのですが……お話出来る事はここまでです」
俺の説明を聞き、ラスさん達は納得してくれた。
俺が王都を離れる事を国民が知れば、王都がパニックになる可能性があると、ラスさんは情報統制を敷いてくれるそうだ。
確かに、ラスさんの弱音な姿を思い出せば、その可能性は否定できない。
細かなケアは、全部ラスさんに放り投げてお願いした。
「ディケム…… 今日はお疲れ様でした。 あなたのおかげで皆助かりました」
ルルが何時になく、しおらしく素直にお礼を言ってきた……。
「あぁ、でもララも凄かったんだぞ! あの中央公園のララ像なんか、もう修羅の如くな暴れっぷりだったよ!」
ウンウンとディックとギーズも頷く。
「噂には聞いてたけど、あのキレイなクリスタルの彫像が、防衛用のゴーレムだなんて……」
「凄いだろルル! 普段はそのクリスタルの美しさで人々を癒し、戦争になればそのクリスタルの硬さで、敵を殲滅し人々を守る! こんな実用的なゴーレム、革命だと思うんだが!」
少し弱気なルルが心配な俺は、おどけながら面白く熱弁する―――!
皆に少し引かれた……… ア、アレ?
「ねぇ、ディケム…… 三日後に王都を出て、必ず帰ってくるよね? 私たちを見捨てないよね?!」
ルルが必死の顔で聞いてくる。
「当り前じゃないか、俺はこの戦争に勝つために行くんだぜ! 必ず帰ってくるから」
「うん…… 必ずよ! お願いだから………」
珍しくルルが弱気だ、子供が不安で親に泣きつくような顔をしている。
やはり昼間のメガメテオは、みなにトラウマを焼き付けたようだ。
俺はルルを安心させるため、頭をポンポンと軽く叩いて、帰還を約束する。
「それにな! 皆がびっくりする助っ人呼んでいるから、楽しみにしていてくれよ!」
『誰だよ?』とディックが聞くが――。
『それは、戦略的に今は言えない』とごまかしておいた。




