第二章44 スラム街の女盗賊3
ブロワ村の酒場の女将ヒルダの元を飛び出した娘、メリダの視点になります。
方位術、奇門遁甲のお陰で、なんとか門兵をごまかし、ソーテルヌ邸に残ることが出来た。
だけど…… ここはいたる所に訓練兵がいる。
そして召使たちもキビキビと働いていて、逃げ込む場所が無い。
宝物庫は本館の下だと思うが、本館に忍び込むなどもっての外だ。
私は本館の東、薬草園に隠れながら、あの壁の向こうから見ていた、大きな巨木の元にたどり着いた。
なぜかここには人はいない。
しかし、巨木の横にあるテラスに人影が見える。
⦅2人?⦆
この昼間っから、優雅にテラスでお茶をしているようだ……
私はその人影に気づかれないように移動する―――
「そこの者、ここに来てお茶に付き合え」
⦅バ、バレた! 逃げるか?!⦆
「逃げられるはずがなかろう? 手荒な真似も面倒じゃ、早くここに座れ」
⦅心が読まれてるの?⦆
「そうじゃ、念話みたいな物じゃ、勝手にこちらから繋げたのだがな」
⦅………………⦆
「まぁ たしかに忍び込んでいる賊に、出て来いと言っても…… 出て来れぬのも当然よな」
突然! 風景の白黒が逆転する!
⦅ッ―――な! なに?⦆
「お前が出てきやすいように、空間を隔離した。 今ここは夢の中だと思えばいい」
夢の中…… 私の足元を小さい人影が走り抜け消える……
また巨木から小さい人影が現れて、走り抜けて消えてゆく………
⦅なに? なにが居るの? 認識できない……⦆
もう逃げ出すことも出来ない。
私はその人影に、言われるまま素直に席に着く。
席の周りを、小さい人影が楽しそうに走り回っている……
初めから座っている2人の人影、目の前に居るのに、姿を認識することが出来ない……
⦅これ…… 私の方位術の上位版?⦆
「ちと違うがの…… オヌシの方位術は、マナの流れを読み方位を指し示す術だが、マナそのものの妾たちが使えぬ道理があるものか」
「マナそのもの…… と言う事は精霊様ですか?」
「うむ」
「なぜ私をココに?」
「ディケムがお前をよく見ていたから、興味を持っただけじゃ」
「よく見ている?」
精霊様が机の上に置いた玉に、私が今まで賊に入ろうとした光景が映し出される。
「か、顔まではっきりと……」
「お前は賊のくせに悪意が無い。 悪意が無いのに何度も賊に来る…… それが面白くてな。 悪意があれば瞬時に滅しても良いのじゃが………」
「………………」
「あと、なぜディケムがお前を放っておくのかも不思議じゃ…… 捕まえる事など簡単だというのに」
「か、簡単………。」
「ほほぉ~ お前のマナ…… ディケムがよく遊びに行く、ブロワ村の酒場の娘か。 なるほど、だからディケムはお前を見ているのだな」
⦅ソーテルヌ卿が母さんの酒場に? なぜ?⦆
「安心しろ、遊びに行っていると言ったであろう。 ただの情報収集じゃ」
「………………」
「お…… 興は終いのようじゃ」
私の後ろに人が立っている……
⦅いつの間に!?⦆
「興に付き合ってくれた礼じゃ、飛ばしてやろう―――!」
⦅ッ―――な!⦆
私の意識が真っ白に塗り替えられる………
そして真っ白になった視界が、徐々に見えるようになる。
「………なぁ、シスター。 俺にはパンはもらえないのか?」
「パンは子供のためにソーテルヌ卿が送ってくれるものです」
「だけどよぉ~ ほら俺片手が無いから、だれも雇ってくれないんだ………」
⦅なに? ここ……⦆
「なるほど………。 働かざる者食うべからず。 ですがあなたの状況は分かりました。 ソーテルヌ卿より、可能ならば子供以外の大人でも、救ってほしいとお願いされています。 今から子供たちにパンを配ります。 あなたもその手伝いをしてください。 そうしたら働いた対価として、必ずあなたにもパンを差し上げます」
「本当か! ありがとう、手伝わせてください」
⦅わたし、あの時の…… ロッゾの中に居るの?⦆
「はいあなた、お疲れ様です。 働いた報酬のパンをどうぞ。 あなた…… もし明日も手伝ってくれたらパンを差し上げますよ、その次の日も、またその次の日も。 困っているなら何時でも来なさい」
「………………。 あ、ありがとう」
⦅あぁ、ロッゾの感謝の感情が、私に流れ込んでくる………⦆
私の意識はまた真っ白に塗り替えられる………
そして真っ白になった視界が、徐々に見えるようになる。
「……なぁメリダ、お前まだソーテルヌ卿に挑むのか?」
⦅ここは…… この前ザクセンとシノニムが私を止めに来た時だ……⦆
「あぁ、何度だって挑んでやる!」
「もうやめておけ、どうやってもあの人には敵わねえって―――」
⦅あの時の、私の中に居る…… ⦆
「諦めたときが負けたときなんだよ!」
「どうしてそこまでソーテルヌ卿にこだわる、もう団員だって10人しかいないじゃないか!」
⦅ザクセン! だからこそだ、10人しか居なくたって、そいつらが私を必要としてくれている、あいつ等には私が必要なんだよ―――!⦆
私の意識はまた真っ白に塗り替えられる………
そして真っ白になった視界が、徐々に見えるようになる。
「母さん! 私はこんな寂れた酒場なんか嫌だよ! なんで母さんは王都に行って酒場やらないんだよ!」
⦅ここは…… 昔の私の中?⦆
「メリダ…… 王都には私がやらなくたって、沢山酒場なんかあるじゃないか、私はこの村が好きなんだよ」
「そんな事言ったって…… 毎日お客さんなんかもう10人くらいしか来ないじゃないか!」
「メリダ…… その10人のお客さんは、私のお店を必要としてくれているんだよ、王都は…… 人はたくさん来るけど、私じゃなくても良いんだよ」
⦅あれ?…… わたし…… 母さんといっしょ?⦆
⦅あ、………母さん ……わたし……ごめん ………⦆
私の意識はまた真っ白に塗り替えられる………
そして真っ白になった視界が、徐々に見えるようになる。
「お頭! お頭しっかり! しっかりして下さい!」
⦅ここは…… アジト?⦆
「ここは?」
「お頭! よかった! ソーテルヌ邸から帰ってきて、お頭を待っていたら…… いきなりお頭がここに現れたんです。 いったい何が有ったんですか?!」
「わからないんだ…… 巨木の下で、精霊様と話してたら…… いきなり飛ばされて」
「気が付いたかメリダ!」
「ザクセン、シノニム…… お前たちも来てくれたのか?」
「お前が今晩仕掛けるって聞いて心配になってな。 だから止めたのに」
「あぁ……… なんか、色々な所に行ったような気がする―――」
「気が付いてよかったよ………」
『だ、誰だ―――!』 私は聞き覚えの無い声に反応し、そう叫けんだ!
『なっ! ソ、ソーテルヌ卿!』 ザクセンが叫ぶ!
アジトの中にソーテルヌ卿が居る……
「………………………。」
「―――――――――!」
「ッ―――なっ!」
『『『『ソ、ソーテルヌ卿―――!!』』』』 全員が叫ぶ!
みな今まで気が付かなかった!
全員が、私を守るように戦闘態勢に入る。
『ザクセン、シノニムお前たちは部外者だ!』私は二人に叫ぶ!
「ソーテルヌ卿、申し訳ない! 俺達はあなたとは敵対したくない…… だがメリダは家族も同然なんだ、見捨てられないんだよ」
⦅ザクセン…… シノニム…… お前たち⦆
「ザクセン、シノニム、俺はここに戦いに来たわけじゃない。 なぁメリダ、俺達は戦う必要など無いと思わないか?」
「ソーテルヌ卿、さっきまでの夢はあんたが見せたのか?」
「いや、俺はメリダとずっと一緒にいたけど、行き先はメリダの心のままだ」
「………………」
「メリダ、一緒に見させてもらったが…… 君はヒルダと全く同じ、責任感が強く仲間想いの、心優しいひとだった。 ただ不器用でやり方を間違えただけだ」
「………………」
「俺と一緒に来い、お前の残りの部下10人も一緒に引き取ってやる」
「っな! わ、私は盗賊だぞ! 貴族に仕えられるはずが―――」
「問題ない、お前の能力は盗賊にしておくには勿体ない」
「………………」
「俺の下で、諜報部隊としてロッキングホース団全員で励め!」
「ぶ、部下たちもか………?」
「そうだ、全員しっかり仕事をしてもらうがな! もちろん給料も支払われるぞ」
「………ロッゾは。 ロッゾは片腕しかない、諜報の仕事など出来るはずが………。 ロッゾも一緒じゃ無けりゃ―――」
「ロッゾも一緒だ。 メリダ、なぜロッゾが働けないと決めつける。 『出来ないだろう…』と憐れむことは優しさではないぞ! 片腕でも仕事が出来る事を知れば、ロッゾはもっと充実した人生を歩める」
「………………」
『ま、毎日…… あの美味いパンを食べられるのか?』とロッゾが訪ねる。
「あぁ、保証しよう!」
ロッゾが漫勉の笑みで私を見る。
「わ、分かりましたよ…… 団員全員とこの私の命、あなたに預けます」
「あぁ、これからよろしくな!」
『メリダ…… よかった――』とザクセンが呟く。
「おい、ザクセン! お前とシノニムも一緒に決まっているだろう! 何を他人事のように言っているんだ!」
「ッ――なっ! 聞いてないぞ!」
「ん? 嫌なのか? シノニムは嬉しそうだぞ」
「シノニム……」
「兄者、私達も一緒にがんばろ?」
「わ、分かった…… ソーテルヌ卿よろしくお願いします」
「よしメリダ、ザクセン。 お前たちはこれから、俺の隊の諜報部隊だ。 ソーテルヌ邸に諜報部の建物作っておいたから、これからはそこがお前たちの拠点だ! 隣が寮になっているから全員そこに住みなさい。 食事は兵食堂で皆食べてもらう。 騎士団と一緒だが気にするな」
「ちょ! 騎士と一緒って!」
「これからは皆俺の部下だ、慣れなさい」
「うっ………。 わ、分かったよ。 ありがとう」
「あぁ」
「ソーテルヌ卿、一つだけお願いが有るのですが、良いでしょうか?」
「なんだ?」
「諜報部の仕事は承りました」
「あぁ」
「ですがもう1つ…… 厨房で焼くルルさんのパン。 それを教会に運ぶ仕事も私達にご命じ頂けませんか?」
ソーテルヌ卿はニッと笑い『よろしく頼む』と言った。




