第二章43 スラム街の女盗賊2
ブロワ村の酒場の女将ヒルダの元を飛び出した娘、メリダの視点になります。
私はメリダ…… スラム街の盗賊グループ、ロッキングホース団の頭をやっている。
私がソーテルヌ辺境伯邸に挑むのはこれが3回目。
『まだ挑むのか…… もうやめておけ…… どうしてそこまで拘る……』
2回目の失敗の後、旧友のザクセンとシノニムが来て、そう私に言った。
⦅いま幸せなお前らには分からないさ……⦆
先日、ソーテルヌ辺境伯が王都に大規模な結界を張った。
私達も教会の屋根に登り、その光景を見た……
⦅アレは手を出しちゃ駄目だ……。 住む世界が違い過ぎる⦆
王都の大規模工事と大規模結界のお陰で、王都はさらに人々が押し寄せ、大賑わいになった。
人が集まれば仕事も増える。
30人まで減ったウチの団も、さらに仕事にありつけた団員が抜けていった。
今じゃウチの団も団員たった10名、ほんの数年前は100名を超えたこのロッキングホース団も落ちぶれたものだ……
残った10名は、家族も居なく、どうしても堅気の生活に馴染むことのできない、どうしようも無いあぶれ者だ。
団員の中で最も古株のロッゾ、こいつは片腕しかない。
何度も更生の道を歩もうとしたが、片腕しかない元盗賊団など雇ってくれる店など有るはずもない。
今日も東の教会の炊き出しで『凄く美味しいパンを貰えた』と嬉しそうに話す……
⦅炊き出しで配られるパンなんて、おいしいはずがないのに⦆
子供たちに混ざり貧民用の炊き出しの列に並ぶ…… 生きて行く為には恥も外聞も捨てなければ生きていけない。
残った10人はこんな奴ばかりだ。
だけど、性根だけは良い奴らばかり…… 私はこいつらを見捨てることはできない。
⦅最後まで面倒を見る。 それが…… 私が頭になった時からのけじめだ⦆
どうせ落ち目の盗賊団、だったら私達とは真逆の一番勢いのある、ソーテルヌ卿に喧嘩を吹っ掛けるのが粋ってものだろう!
今までの2回は、壁すら越えられず逃げ戻った。
結論からすると…… あの壁は私達には越えられない。
結界を破れる魔法師じゃないと無理だ。
ならどうする…… 破らなけりゃいい。
私は、ソーテルヌ邸にいつも食料を納品している業者を拉致し、業者に変装をして、侵入する事にした。
拉致した業者は、仕事が終わり次第開放する、一般人に怪我させる事は決してしないのが私のポリシーだ。
納品業者に変装した5人でソーテルヌ邸に入り、普通どおりに納品を済ませ。
私以外の4人はそのまま帰る。
私だけは屋敷に残り、夜まで待って宝物庫に侵入する手はずだ。
だが、帰る人数が合わなくなる?
そう! そこで私の方位術を使う【奇門遁甲】。
母から受け継いだ先祖代々伝わる方位術。
本来は気の流れを読み、運気の上がる方位を指し示す術……
しかしそれを逆手に取れば、方位を狂わし、人の感覚を狂わすことが出来る。
奇門遁甲を使えば、そこに居ても気づかれにくい、人数が足りなくても気づきにくい。
問題は…… 『気づきにくい』と言うところだ、意識して、疑って見られてしまえば分かってしまう。
だが問題ない、はなから『忍び込みますよ』などと予告状を出すつもりなど毛頭ない。
日常生活で、奇門遁甲に注意して生活している者など居ない。
私がこの歳で頭まで上り詰めたのは、話術と情報収取力もあるが、シーフのスキルとこの方位術の相性が良かった事も大きい。
「あら、いつも来てくれるお兄さんじゃ無いのね?」
「あ、はい。 私は聞いただけなのですが、いつも来ている配達チームに病人が出たらしく…… ソーテルヌ様への配達は間違いが有ってはいけないと、急遽私のチームに依頼が来たのです」
「そぅ、ありがとう。 私はルル、ここの厨房の見習いをしているの。 食材の仕入れ管理と、パン作りを任されているわ。 さっきパンが焼きあがったところなの、よかったら味見用のパン食べてみて」
パンを配達員分五個貰う……
⦅な、なんだこのパン! おいしい――!⦆
「あ、あの…… このパン美味しすぎませんか?」
「あら、ありがとう! ポーション用の薬草園の端に、小麦用の畑を少し頂いたの。 ここはマナが豊富で、植物が本来の力を発揮してくれるの。 このパンが美味しいんじゃなくて…… 本来のパンはこれくらいは美味しい物なのよ。 そして同じ量でも栄養価も全然違うの」
「………………」
「でも、度重なる戦争で土が瘦せてしまっているの…… 私はここで、皆が美味しいパンを食べられて、しっかり栄養を取れるように研究もさせてもらっているわ。 ちなみに、これは兵士用のパンだから薬草も混ぜて、体力増強の効果もあるはずよ!」
「なぜ、そんな研究を? 貴族用のパンは特別じゃないとだめなの?」
「その逆よ。 ソーテルヌ卿から言われているの、スラム街の子供たち、貧しい人達用にパンを焼いてほしいと。 すべての子供を救えるなんてそんな傲慢な事は言えない。 でもその努力はして行きたい。 パンを作れる量には限度がある、スラムの子供たちが1日パン1つしか食べられないのなら、そのパンの栄養を増やしてやろう…… だって」
「………………」
「まだ始めたばかりだけれど、いま私の焼いたパンを、東の教会での炊き出しに提供しているの…… 私はここから離れられないから、食べている人の顔が見られないの、みなが喜んでくれているか心配なのよね」
「東の教会の炊き出しのパン……… 凄くおいしいって皆喜んでましたよ」
「え、ホント! よかった――! 私はパンしか作れないから…… ありがとう、教会の様子を教えてくれて! よし、今日も頑張ってパン焼くぞ―――!」
「………………………」
私は…… 何をやっているのだ。
私は、貧民街の者たちの為に頑張っているんじゃないの?
ダメだ! 今更引けない…… この私の行動がどうなろうと私が決めた事。
最後まで私が自分で責任を持つんだ。




