第二章31 閑話 スラム街の女盗賊
ブロワ村の酒場の女将ヒルダの元を飛び出した娘、メリダの視点になります。
私はメリダ。
王都のすぐ近くのブロワ村で生まれた。
私の母親はその小さな村で酒場を営んでいる。
しかし、王都に来る旅人も少なく、そんな王都のすぐ近くにある村なんかに、わざわざ泊って酒を飲みに来る客なんか殆どいなかった。
来る客は毎日毎日同じ顔ばかり、10人程の常連客が週に数度顔を出すだけだった。
そんな希望の無い未来が嫌で、私は家を飛び出し、王都のスラム街に飛び込んだ。
私は親譲りの巧みな話術と情報収集力、それに持って生まれたシーフの能力を活用し、スラム街にある若者グループの1つ【ロッキングホース団】のトップに立っていた。
人族の滅亡がすぐそこにある、この希望のない世界、私は好きなように生きるんだ。
ロッキングホース団の決まりは。
・絶対に人は殺さない。
・盗みは金持ち、権力者からだけ。
・弱い者は助ける。
・団員は皆家族
これを徹底してきた。
ロッキングホース団は順調に大きくなり、構成員も100人を超え、スラムで1番大きなグループになった。
しかし、すべての流れが変わったのは2年前、アルザスの戦いで人族が勝った時からだ。
人々が希望を持つことを許され、未来に向けて変わりだしていた。
ロッキングホース団の団員たちも、今までは『滅亡の未来しか無いのなら……』と団に参加していた者たちが、『希望が有るのなら真面目に生きて行きたい』と次々と団を抜けていった。
そしてシャンポール王都も変わる。
ソーテルヌ伯爵が住むこの王都こそが、人族領土で一番安全だと、人々がこの町に押し寄せた。
「フン! なにがソーテルヌ伯爵が住む王都だ、あの屋敷は今もぬけの殻じゃないか。 このメリダ様の目はごまかされないよ!」
しかし、本当にソーテルヌ伯爵が王都に来ちまった……
ソーテルヌ伯爵の入城は派手だった、王都のどこからでも見えるほど大きな結界を屋敷に張ったのだ。
ソーテルヌ伯爵の入城で、さらに王都は盛り上がった。
人もどんどん増える、今まで仕事が無く、どうしようもなくウチのグループに入っていた者は、仕事が増えれば去っていく。
みな、盗みなんかやりたくてやっていた訳じゃない、食べるためには仕方がなかったのだ。
王都のスラムグループはうちの団以外全て解散した。
ロッキングホース団も今や構成員30人、全盛期の3分の1にも満たない。
残ったのは、本当にどこにも行くところが無い、この町の底辺中の底辺、わたしらだけだ。
「ここらで少し、派手にいかないとマズいね……」
「姐さん、何か策はあるんですか?」
「今一番派手な事ってなんだい?」
「一番派手な事……… ま、まさか?」
「しかも今、ソーテルヌ辺境伯邸の地下宝物庫には、凄いお宝があるって噂じゃないか!」
「し、しかし…… ソーテルヌ辺境伯は悪い噂聞かないですし、人族の希望ですよ!」
「なんだいお前、まさかソーテルヌ卿のファンなのかい?」
「アルザス戦役で、私の兄が命を救われました。 私はあの人に悪い事はしたくない」
「フン、ただ名前を借りるだけだよ! 盗みに入り、『ロッキングホース団参上』の紙でもお宝の上に置いてくるだけでいい。 さすがに私も英雄なんかを敵にしたくないよ」
「まぁ…… それだけなら……」
「よし、今晩決行だよ! みな準備しな!」
「はい!」
夜、出発する前、懐かしい顔が現れる。
「よぉメリダの姐さん、あんたまだそんな事やってるのか……」
「ザクセン…… 魔法学校に行けるようになった優等生が、何しに来たんだい?」
「ちょっとな…… あんたがソーテルヌ卿にちょっかい出そうとしてるって、噂を聞いたものでな」
「だったらなんだい?」
「やめた方がいい…… 俺は実際学校であの人の実力を見ている。 王族ですら気を遣う相手だぞ」
「フン、私もそんな馬鹿じゃない、別に腕っぷしに自信がある訳でもない、私の土俵で戦うだけさ、ちょっと忍び込んで手紙でも置いてくるだけだよ」
「相手との実力差は圧倒的だぞ………?」
「ご忠告ありがとさん、まぁ見てなって、ちょっと名前を借りて名を上げたいだけさね」
旧友ザクセンと別れ、私たちは夜闇に紛れてソーテルヌ辺境伯邸へ向かう。
私達にかかれば、貴族街と街を隔てる堅牢な壁を超える事など大した事では無い。
壁を乗り越え、貴族街を一気に駆け抜け、ソーテルヌ辺境伯邸までたどり着く。
「屋敷裏に周り、あの大きな木を利用して中に侵入するよ!」
「了解!」
⦅な、なんで貴族街のど真ん中にこんな巨木が生えているのさ……⦆
「あ、姐さん…… なんか……あの巨木、ヤバくないですか?」
確かに、この巨木を見ているだけで圧倒されてしまう。
「バ、バカ! 木ごときにビビッててどうする! 指示通りいくよ!」
「はい!」
屋敷裏手に着き、すぐに大きな木に向けて数本紐の付いた矢を放つ……
矢が壁を越えた時、屋敷を覆う結界が緑色に光る!
その瞬間、矢は反転した……
私達が放った矢が、私達に向かって飛んでくる!
「なに? 空間がねじ曲がっているの?!」
私たちは辛うじて、自分たちの放った矢を避ける。
次の瞬間、壁の上に無数の火が灯る。
⦅見つかったか! どうする!?⦆
私が少し思案を巡らせていると……
壁の上に灯った火からゆっくりと火の精霊サラマンダーが現れる。
「ひっ! 姐さんマズい、引きましょう!」
だが、壁の上にずらりと並んだサラマンダーは、そのまま動かない……
「動かない? いや、少しでもおかしな事をしたら、大変なことになりそうだね……」
⦅どちらにしても、もう団員がビビっちまってる、今夜はダメだね!⦆
「チッ! しょうがない! みな引くよ!」
「はい!」
結局この日は、ソーテルヌ邸の壁すら超えることが出来ず、失敗に終わる。
スラム街のアジトに戻り、皆を集める。
「お前ら、私は絶対にあきらめないよ! 次はもっと上手くやる」
「姐さん、あの壁を超える良い手が有るんですか?」
「それをこれから考えるんじゃないか!」
「………………。」
メリダはまだ知らない、翌日ドライアドが侵入者の映像を、水晶に転写してディケムに見せたことを。
そこにはメリダの顔がはっきりと映っていた。
「なぁ ディック。 この不審者、木馬亭の女将ヒルダさんに似てないか?」
「おぉ! ホントだ!!」




