第二章29 兄が繋いだ精霊との絆
ララのお友達、白魔法師3人組の1人 ポートのお話です。
ポート目線になります。
私はポート。
ルビー准男爵家の娘として生まれた。
私には年の離れたテイラー・ルビーという兄が居た。
兄は才能に溢れ、若くして軍の一個大隊の隊長に抜擢された自慢の兄だった。
グリュオ伯爵のご子息、カミュゼ様も兄を慕い、よくうちに遊びに来てくださったっていた。
憧れの、自慢の兄だった。
『アルザスの悲劇』 あれからすべてが変わってしまった。
大敗退の後、人族すべての人が絶望で暗くなっていた。
そんな中、兄は希望を求めて必至に、毎日毎日何かを探していた。
そして兄はある噂を耳にした。
オーヴェルニュ火山の麓に広がる【魔の森】に有るという神木。
そこに【ドライアド】様が宿るという。
兄が探していたのは精霊様だった。
かの悲劇を起こした魔族軍の将軍カヴァ、彼はデーモンスライムだという。
デーモンスライムを倒すには、精霊様の力が必要なのだと、ラス・カーズ将軍が言っていた。
ドライアド様は下級精霊より遥に強力な上位精霊。
ドライアド様の力を借りることが出来れば、人族にも未来がある。
そして王の勅命をいただき、兄の部隊が捜索に行くこととなった。
兄の能力が精霊使いだったからだ。
しかし捜索に向かって1カ月後、兄の部隊の副官グラハムだけが戻り、ドライアド様の話など全くのうそだったと言い出した。
出世欲に狩られた、テイラー隊長の暴走だったと……
グラハム副官が止めても聞かず、部隊を全滅させたのだと、そう証言した。
その頃の世情は不安の一色。
ただでさえ絶望の淵に居る人々の、その不満の矛先が全てルビー准男爵家へと向かった。
誰も止めることは出来なかった、不満のガス抜きの生贄になったのだ。
兄は本人不在のまま罪人となり、ルビー准男爵家は犯罪者を出した家と言う事で爵位を剥奪された。
私は今でも兄の事を信じている。あれだけ人族と国の事を思い、必死に探し続けたドライアド様の事が嘘なはずがない! と………
あれから四年。
今日、ディケム様がフィノ君を伯爵邸に連れて来ると聞いて、私達もついていった。
そしてフィノ君の話から、オーヴェルニュ火山の麓に広がる魔の森の情報が出てきた。
私は4年前の出来事を思い出し、緊張で息が吸えなくなった。
でもフィノ君から聞かされたのは、神木とティンカーべルの話だけだった……
ドライアド様の話は一切なかった。
捜索メンバーを決める時、私は手を上げられなかった。
もし、兄の言っていたことが本当は嘘だったら………
もし、ドライアド様が兄を殺したのだったら………
もし、 もし、 もし、…………
頭の中が、グルグル回り怖くて蹲りたくなる。
私が行けばディケム様の邪魔になってしまう。
その夜、私は怖くて一睡もできなかった。
そして捜索の日、私たちはソーテルヌ伯爵邸で四人の帰りを待っていた。
兄は、捜索に出て一カ月たっても帰ってこなかった。
でもディケム様は今日中に帰ってくると言い出発された。
その言葉通り、本当にディケム様は夕方には帰ってきた……
大きな水竜に乗って。
ディケム様は沢山のティンカーベルを従え帰ってきた。
そしてその足で庭に向かい、種を植え、魔法陣を描くと、瞬く間に巨大な樹へと成長した。
成長した、どこか神秘的な力を感じる大樹に、ポッとほのかな光が灯り、精霊様が顕現される……
人ならざる薄緑色の肌に優しく細められた瞳。
初めて見る精霊様だった。
私は目を見張った。ドライアド様だ。
兄が言っていたことは本当だった!
神木にはドライアド様がちゃんと居たんだ! と……
皆が帰った後、ディケム様にお願いして、私は一人ソーテルヌ伯爵邸に残らせて頂いた。
これ以上ディケム様にはご迷惑はかけない。
もし、ドライアド様に兄が殺されたのだとしても……
それは、精霊様と人間とのかかわり、恨んではいけない。
『ただ、真実だけを知りたいのです!』 私はディケム様にそう懇願したのだ。
ディケム様が神木に歩み寄る。
「ドライアド」
「はい、ディケム様 なにかご用でしょうか?」
「ドライアドは、四年前に魔の森で起きたことを覚えているか?」
「はい、ドライアドは森の管理者、魔の森の事でしたら隅々まで私の管理下にありました」
「四年前、王国のテイラー・ルビー隊長率いる部隊が副官一人を残し魔の森で全滅している。 その真相は分かるか?」
「テイラー・ルビー…… 懐かしい名前ですね。 彼は、人族にしてはとても素晴らしい方でした」
ドライアド様は、四年前森であったことを、今見ているかのように話し出す。
「四年前、テイラーの部隊五〇人が森に入りました。 私は警戒しました、大人数だった事と、その中の一人強い悪意を持った者がいたからです。 部隊は森に入り、二週間ほどして奥地まで来ました」
二週間、兄は奥地までたどり着いていたのですね……
「しかしそこで、副官グラハムと言う者が反乱を起こしました。 グラハムは年下のテイラーの下に付くのが気に食わなかったようです。 グラハムは、部隊の食料を全滅させ、橋を落としました。 テイラーは食糧も尽き、帰路も断たれ、最後の力を振り絞りさらに奥に位置する私の所までたどり着きました」
やはりグラハムが裏切った!
兄は…… それでもドライアド様の所までたどり着いたのですね。
「部隊は酷い有様でしたが、全員生きていました。 しかし当時、私たちは強大な魔物に襲われ、瀕死の状態でした。 とても、彼らに力を貸せる状態ではありませんでした。 テイラー初め、部隊の全員はもう帰ることは諦めていたのでしょう。 彼らは言いました」
「『私たちはここに、ドライアド様の力を借りるために来ました。 しかし、お恥ずかしい話だが部下に裏切られ、帰路の橋を落とされ、食料も焼かれ、もう帰ることはままならない。 どうせ死ぬ命なら、あなたの為に使いたい。 もし、それを借りと思ってくれるのなら、次に来ることができた正しい心を持った人族に力を貸して頂きたい』と……」
「兄さん………」
「彼らは必至に強大な魔物と戦ってくれました。 まさに背水の陣、あの強大な魔物を倒すことは出来なくても、大きなダメージを与え、休眠状態まで追い込んでくれました。しかし部隊は全滅、テイラーも瀕死の状態でした。 その後テイラーも息を引き取りましたが、私たちは彼らへの恩を忘れません。 こうしてディケム様と契約を交わす事となったのも、彼との約束があったからです」
あぁ……… 兄は最後まで勇敢だったんだ!
私は、涙が止まらなかった、うれしくて、誇らしくて。
「ドライアド様、ディケム様、本当にありがとうございました。 兄の真実を聞けただけで、もう、私はなにも望むことは有りません」
「ポートと言いましたね、あなたはテイラーの身内のものですね? マナがとても似ています」
「っはい 妹になります!」
「そうですか……私達の受けた恩をアナタに帰しましょう。 アナタには、兄と同じ精霊使いの素質があるようです」
そう言うとドライアド様は一人の小さな小人をだした。
「精霊木霊です、この子は、テイラーに助けてもらった子供の一人。 テイラーにすごく恩を感じています。 この子はテイラーの妹のアナタとなら契約をしても良いと言っています。 どうしますか?」
「はい! 光栄です、お願いします!」
木霊はドライアド様の手から ふわり とわたしの手に移動し、差し出したもう片方の手の指先を、その小さな両手で抱きしめるように握りました。
そしてディケム様が契約の呪文を唱えます。
“木霊に告げる!
ポート・ルビーに従え! 汝の身はポートの下に、汝の魂はポートが魂に!
マナの寄る辺に従い、ポートの意、ポートの理に従うのならこの誓い……
汝が魂に預けよう―――!”
⋘――συμβόλαιο(契約)――⋙
ディケム様の契約呪文に、木霊が精いっぱい大きな声を出して『許可!』とこたえるのが、聞こえた。
感動で胸がいっぱいになる。悲しみから解かれた私の心に、木の葉が擦れる様な、優しく、先ほど許可を告げた同じ声で『よくがんばったね』とささやく声が聞こえた気がする。
精霊木霊と私のマナが繋がり、契約は成立した。
「契約が成立したようですね さぁ木霊よ 今からあなたの主はポートです これからはポートを守るのですよ」
木霊がうなずく。
私はこの日、久しぶりに兄からプレゼントをもらった。
木霊と言うプレゼントだ。
兄が命を懸けて届けてくれた大切な、とても大切な宝物。
「ポート これからはその木霊があなたを助けるでしょう。 そして私し、ドライアドと他の木霊たち、さらにティンカーベル達がテイラーとの約束を守り、ディケム様の元でこのシャンポール王都を守護いたしましょう。 あなたとの約束です」
あぁ、お兄様! 見ていらっしゃいますか?
お兄様が繋いでくれた絆が今、実を結びました!
ディケム様がドライアド様に話しかけます。
「ドライアド、今語ってくれた真実はこの記憶のオーブに録音した。 ついでに映像の方も記録したいんだが……記憶のオーブに焼き付けることは出来ないか? 森の管理者なら?」
「お安い御用です、ディケム様」
ドライアド様は、オーブに手をかざし、映像を転写してくれた。
「さて、ラス・カーズ将軍、カミュゼ! 手伝ってくれるだろ? この国の英雄が汚名を着たままでは可哀そう過ぎる。そう思わないか?」
いつの間にか、後ろにラス・カーズ将軍とカミュゼ様が居らっしゃいました。
「もちろんだディケム君。 真実を詳らかにしてくれてありがとう! 感謝する 」
数日後、父と私は王城に呼び出されました。
謁見の間にはグリュオ伯爵、ラローズ先生、カミュゼ様、ラス・カーズ将軍、
そしてソーテルヌ伯爵がいらっしゃいました。
私が王の前に傅くと、大隊長に昇進していたグラハムが縛られて連れてこられました。
そして王が告げました。
「ルビー卿、昨日ソーテルヌ伯爵からの情報提供により、大罪人とされていたテイラー・ルビー隊長の真実が詳らかになった。 謝らせてくれ……本当にすまなかった」
王が父に頭を下げた。
「陛下、顔をお上げください! 昨日、私は娘から息子の真実を聞くことが出来ました。 その行いが恥じる事のない、誇れることだったと……」
父が泣きながら話す。
「私は娘と違い、息子を信じることが出来ませんでした…… 息子が過ちを犯したのだと、軽蔑をしていました。 私も、同罪なのです」
「ルビー卿、これが償いとなるとは思わぬ。 だが、このような事でしか報いることが出来ぬ私を許してくれ。 卿へ言い渡した准男爵位の剥奪は撤回とする! そしてテイラー・ルビー隊長の功績を称え、男爵への陞爵(功績により爵位が向上すること)とする!」
謁見の間にテイラー・ルビー隊長の功績をたたえ、拍手が起こる。
お兄様、私はとても幸福を感じております。
聞こえていますか?
皆様がお兄様の行いを認め、称えてくれていますよ。
この暖かな拍手が、マナへと還ってしまったお兄様にまで届きますように




