第一章5 神珠杉
今日の午後は幼なじみ達と集まり、森の冒険へと出かける。
本屋から戻り、水球を肩に浮かべた緊張の昼食をとり、急いで出かける。
俺達幼馴染の集合場所は昔から決まっている、村外れにある森に一番近い井戸だ。
俺が急いで井戸にたどり着くと、皆すでに揃っていた。
ディック、ギーズ、ララ、ルル
俺を含めて、いつもの幼馴染四人組、それと今日はララの一歳年下の妹ルルも一緒だ。
俺が到着すると、みんな俺の肩の上の水球を見て、驚き後ずさる。
「ディ、ディケム…… 肩に何か浮いてるぞ!?」
「ディック、凄いだろこれ! 水魔法だ!!」
「なっ! ディケム! お前魔法使えるのか?!」
「今、一生懸命練習中なんだ。まだ全然コントロールできてないけど、水魔法なら失敗しても安全だろ?」
鑑定の儀の前から魔法を使えるのは、普通魔法師の家系だけだ。
俺達のような両親が普通の村人の子供からは、魔法師の能力など発現することは殆どない。
もちろん、この何もないサンソー村に魔法師の家など有るはずもない。
だから俺達幼馴染の中から魔法師の才能がある者が出たことは、とても盛り上がる出来事だった。
「いいな~、 僕も魔法使いに憧れているんだよね」
「私も! どうせ戦争に行かなきゃダメなら、後方支援の白魔法師がいいな~」
ギーズの憧れに、ララも賛同する。
「魔法って怖いイメージがあったけどディケムの魔法はきれいだね! ねぇ、これ触ってみてもいい?」
今日のイベントの主役、ララの妹『ルル』が水球を触りたがっているが、そんなことをしたらすぐにコントロールを失ってしまう。
これから森に遊びに行くのに、びしょ濡れになられてはたまらない。
「ごめんルル、まだ水球のコントロールが上手くできないんだ。びしょ濡れになって風邪ひかせちゃうからまた今度にしてくれよ。」
ルルは少し不満げだったが、とりあえず我慢して聞き分けてくれた。
(隙あらば触ってやろうと、狙われているような気もする………)
今日の俺たちの目的は、森の奥にある巨大な老木【神珠杉】を目指す。
神珠杉はサンソー村の御神木で、そこには昔から精霊様が宿ると言われている。
注意しなければいけないことはこの神珠杉がある場所は、村に魔物が入ってこないように設置してある結界の外にあるという事だ。
なぜ御神木と崇める神珠杉が結界の外にあるのか?
神珠杉を結界の中に入れてしまうと弱ってしまうらしい。
結界内はマナが少なく、魔物が必要とする瘴気が殆どない。
神珠杉には、膨大なマナと少しだけ瘴気も必要らしい。
神珠杉は、夜に瘴気を吸い込み、それを浄化してマナに還元しているのだとか。
それをコントロール出来る結界もあるらしいのだが………。
こんな小さな村にそのような高度な結界が張れる筈もない。
それに今の村人に、そこまでして神珠杉を村の中に入れる意味もない。
だからと言って枯らすわけにもいかない………。
なら結界の外に出しておこう……… となる。
結界の外にある神珠杉まで辿り着いても、魔物が沢山居るのでは? と思うけれど。
神珠杉自体に神聖な力があり、その周りには結界と同じ効力があるらしい。
村の結界から神珠杉まで一〇m! この一〇mを走りぬけられれば良い。
昔、村ではこの一〇mを走り抜ける儀式を【お披露目の義】と言い、毎年祭りとして行っていた。
子供が五歳の誕生日を迎えると神珠杉までの一〇mを駆け抜け、成功した子供が十分強い子供として育ったと村人にお披露目されたのだ。
成功すれば一人の村人として認められ、親の仕事の手伝いもできるようになったらしい。
悲劇としてこの一〇mで、魔物に襲われ亡くなった子供も居たのだとか。
今ではそんな風習は廃れ誰もやらなくなった。
今回は、ララの妹ルルが五歳になったので自分たちも一緒に挑戦しようと、ディックの提案で集まった。
廃れたといっても神聖な行事だ。
両親たちの世代は皆やり遂げた行事なので、どこの家庭も俺たちのこの冒険に反対する親は居なかった。
神珠杉への道のりは、慣れ親しんだ森の中だ、一時間も歩けば結界の境界線までたどり着く。
俺たちは結界の境界線に立ち神珠杉を見上げる。
噂では、人が神と一緒に暮らしていた時代より有るといい御神木に相応しい風格をしている。
五人はしばらく言葉もなくただその神珠杉を呆然と眺めていた。
「これは――、 精霊様いるな………」
「うん」「あぁ」「だね」「……」
俺のつぶやきに皆うなずく。
精霊様はどこにいるの? と聞かれればみな此処と答えるだろう。
それほどのマナの力をこの神珠杉から感じる。
「さぁ、感動したところで早く木まで行こうぜ!」
ディックの掛け声でみんな今日の目的を思い出す。
結界から神珠杉までのダッシュはまず最初に俺が行くと言った。
木こりで鍛えた腕力と今は魔法も少しは使える。
危険なことが有ればこのメンバー中では一番対処できると自負している。
二番目はギーズ、そして三番目はララとルル。
最後の殿をディックに任せる。
もしララとルルに何かあったときにはすぐに飛び出して助けに行けるからだ。
たった一〇m走り抜けるだけだが一番手はやはり緊張する。
俺は念のためすぐに戻れるように、ゆっくりと一歩だけ結界の外に出てみる。
そして結界の外のマナの濃さに圧倒される!
村の外はこれほどまでにマナに満ちた世界なのか!?
(いや! この神珠杉があるこの場所が特別なんだ!)
大量のマナが俺の中に流れ込んでくる!
今まで制御できていた水球が、大量のマナが流れ込んでくる事で油断しているとすぐにでも膨張してしまいそうだ。
だが、そんな魔法制御の難しさとは裏腹に俺の体は膨大なマナを吸収して体が活性化し、今なら何でも出来るかのような万能感を感じていた。
俺はそんなマナを全身で感じながら、神珠杉へ走り出す。
今なら誰よりも早く走れる! たとえ魔物が襲ってきても、今の俺なら大丈夫!
そんな感覚が、俺を油断させていた。
俺が身軽に『ヒョイ!』っと気軽に神珠杉の近くにジャンプした……
――そのとき!
ッ――――バンッ!!
一瞬で、今まで制御していた水球が一〇mほどの大きさに膨れ上がり、破裂してあたりを水浸しに変える!
そして神珠杉のすぐ近くの地面が突然光り出す!
さらに地面から黄金の粒子がキラキラと立ち上がり……
突然、俺を中心に地面から大量のマナが噴き出し、噴き出したマナは一気に俺を飲み込み渦巻くマナの暴風と化した!
俺は渦巻くマナの竜巻の中心で必死に堪える。
「なっ、なんだ! さっきまでは神珠杉の周りは穏やかだったじゃないか!」
「ディケム! 大丈夫なのか!」
マナの竜巻に晒されている俺を見て、村の結界で待機しているディック達が叫ぶ!
「ディケム! すぐに助けに行く! がんばれ!」
「ッ――来るな! 俺は大丈夫だから絶対に来るなよ!」
俺は今にもこちらに来ようとする皆を止め、自分に集中する。
今までに経験もしたことのない圧倒的なマナの暴風に晒され、立っていることができなくなり、地面に四つ這いになりうずくまった。
――遠くでララの叫び声が聞こえる。
何度も何度も俺の名前を呼んでいる。見る余裕がないが、たぶんディックとギーズがララが飛び出さないように抑えてくれているのだろう。
俺はうずくまりながら必死に吹き荒れるマナの嵐をねじ伏せようと耐えていた。
その時間は本当は一瞬だったのかもしれない。でも体感では永遠とも思える時間だった。
俺が必死に耐え抗おうとしていると…… 突然頭の中に声が響く!
(抵抗するのではなく、マナに身をまかすのじゃ)
(ちょッ! 身をまかせるって――!)
マナの暴風に抗うようにしてなんとか自分を維持しているのに、身をまかせるだと!?
力を抜いたとたんにすべて吹っ飛ばされるのではないのか?
ただでさえ今はマナの過剰供給が起こっているのに、このマナを受け入れたとたん、自分がどうなってしまうか想像もできない。
だが、今のままでは身動きもできず、手詰まりなのもたしか、俺にはこのマナの渦に抗えるだけの力はない。
幸い神珠杉に居るのは俺一人だけだ。皆を巻き込む心配はない!
俺は目をつむり意を決す!
力をすべて抜きマナにすべてをゆだねた!
『――――――』
それまで俺の体にぶつかり押し流そうとしていた膨大なマナの濁流が、受け入れたとたん抵抗なく俺の中に流れ込んでくる。
ッ――! 膨大な力とマナの記憶が俺に入り込んでくる。
俺は、この星の中心にある膨大な【大いなるマナの本流】に繋がった。
―――それは膨大なエネルギーと記憶の塊―――
このままマナの本流、大河に繋がり続け、その星の記憶に身を任せていると、俺という個も溶けて一緒に吸収されてしまうような、そんな膨大なエネルギーと記憶だ。
かろうじて保っている薄れゆく思考の片隅で、先ほどの声が頭に響く。
(繋がった【大いなるマナの本流】とのラインを閉めるのじゃ! マナを制御しなさい! 失敗するとおぬしが無くなってしまうぞ!)
俺はマナの本流と俺をつなぐラインに蛇口のような弁をイメージした。
蛇口を徐々に締めていく、すると流れ込んでくるマナをコントロールする事が徐々にできてくる。
だんだんと流れ込んでくるマナの力が落ち着いてくると……。
俺はとても大きな輝くマナの大河の上に浮いていた。
そしてその大河から細い線が俺に繋がっているのが見える。
その幻想的な光景をボーっと眺めていると………。
突然、目に前に半透明な水で出来た精霊が現れる!
『精霊ウンディーネ?』
『そうじゃ、妾はお前達がウンディーネと呼ぶが一つの個ではなく総称のようなもの』
『さっきから呼び掛けてくれて、俺を助けてくれたのはウンディーネ様?』
『そうじゃ』
『ここは?』
『この神珠杉という場所はな、いにしえの昔マナを完全にコントロールした魔術師の上位者の【賢者・仙人】と言われる者たちが聖地として、マナとの契約を行った場所じゃ』
『賢者……、仙人……、マナと契約……?』
『マナを完全にコントロールしてマスターとして成熟した賢者が、さらにその先の魔術の深淵を探求するために訪れた場所。 この2000年より長い間、ここにたどり着ける者は居なかったがな』
『そなたのような、マナのコントロールが未熟な者が、ここにたどり着くとは思わなかったわ! とても焦ったぞ! まったく………』
『うっ…… すみません』
『消滅寸前だったが無事制御に成功してよかったのじゃ』
『あ、ありがとうございます……』
不可抗力で怒られるのは不本意だったが、ここは素直にお礼を言っておいた方が良さそうだ。
『この【大いなるマナの本流】とのラインは使い方によっては、この世界を破滅させられるだけの力がある。 そなたのような成熟していない未完成な子供が持っていいものでは無い』
『は、はい…… ごめんなさい』
『膨大な力に蝕まれ、やがて自我が崩壊してしまうかもしれんからのう』
ほ、崩壊って……… 怖すぎる!
『だが、すでにマナの本流とラインが出来てしまったものはもうどうしようもない。 大いなるマナの導きなのかもしれん。 その行く末を見届けるとしよう』
………ん? 見届ける?
『規定外だが妾と契約を結ぶ事を許すぞ! 妾がそなたの中でマナの調整を行うとしよう』
『よ、よろしくお願いします!』
理解する前に話がどんどん進んでしまう……。
だが確かにさっき死にかけたから、ここは素直に聞いておいた方が良いだろう。
ウンディーネ様から念話で契約魔術の演唱呪文が脳に直接入ってくる。
こ、これは――! 脳に呪文が刻み込まれていくようだ……。
『さぁ、契約の呪文を唱えるのじゃ!』
俺は頷き、その契約魔術を詠唱する――!
“ウンディーネに告げる!
我に従え! 汝の身は我の下に、汝の魂は我が魂に!
マナの寄る辺に従い、我の意、我の理に従うのならこの誓い、汝が魂に預けよう――!”
≪―――συμβόλαιο(契約)―――≫
マナの奔流が吹き荒れる中、ウンディーネがこちらに一歩近づいた気がした。
『ディケムよ、其方との契約を裁可する!』
彼女の返答が聞こえた瞬間、自分の中に水のように清く力強い結びつきを感じた。
精霊ウンディーネと俺のマナが繋がり、契約が成立した。
『これにて契約は成立した。これからは妾がオヌシの守護者じゃ。これでしばらくはオヌシに危険は無いがマナの修練は決して怠るではないぞ!』
『はいっ!』
『うむ。 だがしかしオヌシもこれから成長するであろう。今以上のマナの深淵を求めるならば、他の四大精霊とも契約したほうが良いかもしれぬ……。 まあ多分、妾一人で十分だと思うがな! フフフ♪』
『…………………』
こうして俺は、神珠杉の儀式の本当の在り方を知った。
俺はなんとか【大いなるマナの本流】とのラインを繋ぐことに成功し、上位精霊ウンディーネ様との契約も得ることが出来た。
すべて終わった後、我に返り気づくと俺は神珠杉の大樹のそばに立っていた。
先ほどまでのマナの暴風は無く、とても穏やで、心地の良い木漏れ日が差す場所だ。
「ゆ、夢だったのか? 大いなるマナの本流とか………、 壮大な夢だったな」
呟き、ふと右肩を見ると………。
いつもの水球が、半透明の小さな精霊ウンディーネの形をして『フフフ』と嬉しそうに笑っていた。
「ッ――! ゆ、夢じゃなかった!!!」
遠くで、ララ達が叫んでいる声が聞こえる。
俺は「もう大丈夫だ!」と手を大きく振って、みなに無事なことを伝えた。
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