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寂滅のニルバーナ ~神に定められた『戦いの輪廻』からの解放~  作者: Shirasu
第8章 マグリブの地 ドワーフ王朝の落日哀歌
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第八章88 従属契約

 

 鬼神族とドワーフ族の種族戦争は鬼神族の勝利。

 勝利の一報に鬼神国の民衆は大いに盛り上がった。

 そして遠征部隊帰還の日。

 民衆は英雄たちの凱旋を大歓声で迎え入れたのだが………

 勝利したはずの戦士たちの顔は暗い影を落とし何故か勝者の表情では無かった。


 それから数日後、講和条約を締結したシークリー王女が帰還した。

 王女が締結した講和条約をもってジャイサール王は鬼神族とドワーフ族の終戦を宣言し、

 さらに民衆を集め驚くべき布告をした。


「先の戦いにおいて、我が軍は鬼神族の悲願王祖ヤマト様の存在を確認した!」


 王の言葉に民衆は息をのんだ。

 そしてしばらくの静寂の後、歓喜の声が上がった。


「ヤマト様の今の名は人族のソーテルヌ・ディケム様。 そぅ皆も聞いた事があるだろう、人族を強種族にまで押し上げた英雄だ。  王祖様の力は今も圧倒的だったという。 皆も見ただろう、勝利して帰還したはずの兵士たちの顔を!」


 王は、軍が図らずも戦場で王祖様と敵対してしまい、その圧倒的力に屈した事を説明した。

 そして兵士達が今もなお崇拝する王祖ヤマト様に敵対した事への贖罪の念に悩まされている事を説明した。


 そしてメヘランガル・ジャイサール王が宣言する!

「我々ジャイサール王家は鬼神族長年の悲願――王権をヤマト様に返還する事を宣言する! これをもって鬼神族は正式に王祖様の御下に従属することとなる」


 王祖様への王権返還!

 種族の頂が入れ替わるという一大事――しかし、もはや叶わぬとされていた悲願が、ついに果たされる刻が訪れたのだ。

 民衆の歓喜がさらに高まり、天地を揺るがすほどの歓声が広場を包んだ。


「もしこの決定に異を唱える者があれば声をあげよ! されど、十日後までにいかなる異議申し立てもなければ、我ら鬼神族はソーテルヌ・ディケム様への従属を正式に公に宣言する!」


 勝利を収めたはずの鬼神族が、ただ一人の人族の英雄に従属を誓う――

 それは、鬼神族以外の種族が耳にすれば、誰もが驚くであろう王の宣言だった。

 だが、驚くべきことに、この表明に異を唱えた者は一人として現れなかった。

 なぜならそれは、鬼神族にしか分からぬ、長きにわたる悲願の成就であり――

 そして何より、国の中枢を担う多くの軍人たちが、あの戦場において王祖の力をその目で見たからに他ならなかった。



 メヘランガル・ジャイサール王の宣言により、鬼神族が人族のソーテルヌ・ディケムに従属したという衝撃的な報せは、瞬く間に各種族を駆け巡った。

 そしてその余波の陰で、此度のドワーフ戦役において多大な功績を上げたとされるハワーマハル第二王子が、謹慎処分とされたという報せが、ひっそりと伝えられるにとどまった。






 消滅したドワーフ族領を戒めとし、後に『ドワーフ戦役』と呼ばれることとなったこの戦い――

 その生き残りであるドワーフの民は皆、自然神へと昇格した大精霊アウラが管理する地下迷宮都市ウォーレシアの地へと渡っていった。


 もちろん、移住という一大事がすべて問題なく進むとは限らない。

 今後、さまざまな困難がドワーフ族を襲うことだろう。

 しかし――ドワーフの民に王として認められたマリアーネ王女……

 いや、王女改め女王(・・)マリアーネは、先王ザクセン・バーデンの意志を継ぎ、民の声に耳を傾けながら、確かな導きを示していくはずだ。



 ドワーフ戦役が集結して、わずか数日後のこと。

 マリアーネ女王は、シャンポール城を訪れていた。


 謁見の間――傅くソーテルヌ公爵の両脇には、

 左に、ドワーフ族の女王・マリアーネ。

 右に、鬼神族の王女・シークリーが、静かに傅いていた。


 もちろんこの二人が既に打ち解けているなどということはない。

 内心では複雑な思いを抱きつつも、ディケムの手前、表向きは平静を装っているのだ。


 この謁見における両名の立ち位置は、極めて微妙なものであった。

 通常、儀礼上では、主君の向かって右に立つ者が上位とされる。

 しかし今回の場合、ドワーフ族のマリアーネ女王は戦に敗れ、シャンポール王に従属を誓った女王であり、

 一方、鬼神族の王女シークリーは戦勝国でありながら、シャンポール王の家臣であるソーテルヌ公爵に従属する立場にあった。

 このため、儀礼としての形式と、戦局における実態とのあいだには、明らかなずれが生じていた。


 今日、この三名が訪れた目的は、

 ドワーフ族マリアーネ女王のシャンポール王との従属契約。

 そして鬼神族シークリー王女はディケムに従属するために、その主たるシャンポール王に挨拶をしに来たのだ。


 正直に言えば、鬼神族に人族へ服従する気概などない。

 だが――彼らが崇拝する王祖様が人族であり、シャンポール王の忠実な家臣である以上、その威光の下、形式的な礼をわきまえているに過ぎない。


 既に同じ立場のエルフ族も同じだ。

 そしてドワーフ族も女王を人族に人質とし差し出しはしたが、  

 もし“来たるべき時”が訪れたならば――

 彼らが剣を掲げる先は、人族ではあるまい。

 彼らが選ぶのは、ディケムだ。


 これまで、人族にとってソーテルヌ公爵は切り札であった。

 だが――勢力を拡大し、あまりにも巨大になりすぎた今、

 彼は王侯たちにとって、“触れてはならぬ不可侵”と化していた。


 それでもなお、ソーテルヌ公爵はシャンポール王に対し、礼を失することはなかった。

 常より、ラトゥールなどは人族の一国の王ごときに、ディケムが頭を下げることを快くは思っていなかった。

 だが、主であるディケムが決めたことに、彼女が口を挟むことはなかった。




「陛下、本日は、ドワーフ族・マリアーネ女王と陛下の従属契約の義を執り行うため、参上いたしました。

 また、鬼神族の恭順の証として、シークリー王女が私との従属契約を望んでおります。

 つきましては、陛下にご挨拶申し上げ、あわせてご許可を賜りたく、謁見の栄を賜りました。」


 正直なところ、ディケムはシークリー王女との従属契約を望んではいなかった。

 だが――

「契約していただけなければ、ジャイサール王家は失墜し、鬼神の国は混沌に沈みます!」

 と、王女が涙ながらに懇願したため、やむなく応じることとなった。


 鬼神族が従属するのは、シャンポール王ではなくディケムである。

 それは誰の目にも明らかだったが、ディケムはあえてそれを口にはしなかった。

 シャンポール王への気遣いからである。


 もし器量の狭い王であれば、激怒していたかもしれない。

 だが今のディケムの権勢を思えば、誰ひとり異を唱えることなどできないのが実情だった。

 そして、この件に限っては、鬼神族自身が決めたことであり、ディケムとて覆すことはできなかった。




 一通りの挨拶を終え、一行は謁見の間から儀式の間へと移動する。

 シャンポール王の傍らには、謁見の間と同様にマール宰相とラス・カーズ将軍が控えていた。

 儀式の間では、魔法省の役人たちが粛々と準備を進めており、その一角に、ラトゥールが静かにディケムの到着を待っていた。


 通常であれば――今のディケムが、契約の義式ごときで何か間違いを起こすはずもない。

 なにより彼には、精霊……いや、すでに昇格を果たした自然神たちの守護がある。

 だが、神格化を遂げた今、彼は天使の標的となりうる――ラトゥールはそう考えていた。

 契約の義という、極めて無防備になる瞬間において、天使が何らかの干渉を試みる可能性は否定できない。

 それゆえ、ラトゥールはディケムの傍を片時たりとも離れようとはしなかった。




 マナを集束する魔法陣の上で、従属契約の義式が始まった。

 今回は、『鎖』と『制約』――この二種の魔法を組み合わせ、従属の成立とする方式である。

 そしてこの魔法の執行者には、マリアーネ女王とシークリー王女の強い要請により、ディケムが選ばれていた。


 ⦅……だが、あの二人は理解しているのだろうか?⦆

 ⦅魔法というものは、術者の格によって効力が変わる。神格化した俺が行えば、その拘束力は……常人の比ではない。⦆



 魔法陣の中央、シャンポール王が静かに立ち、その正面――向かい側には、マリアーネ女王が膝をつき、頭を垂れていた。

 ディケムが呪文を紡ぐと、通常であれば青白く淡い光を放つ魔法陣が、今回は金色に輝き始め、無数の光粒が空へと立ち昇る。


 ラトゥールは一瞬、警戒の色を見せた。

 だが、立ち昇るマナは紛れもなくディケムのもの――

 愛しい人以外のマナは感じられず、彼女はそっと警戒を解いた。


 ディケムは、シャンポール王とマリアーネ女王が血判を押した『鎖』と『制約』の契約書を空へと放り投げた。


 ⋘――――― αλυσίδα(鎖) ―――――⋙

 ⋘――――― Περιορισμοί(制約) ―――――⋙


 呪文の詠唱とともに、誓約書は空中で黄金の炎に包まれ、次の瞬間、シャンポール王の手元から伸びた透明な鎖が、マリアーネ女王の身を縛った。

 魔法陣が一際強く輝き、やがて光が静かに収束すると――そこには儀式の前と変わらぬ姿で、王に傅く女王の姿があった。


 こうして、二人の従属の儀は、滞りなく完了したのである。



 続いて、ディケムとシークリー王女との契約の義が執り行われた。

 魔法執行者は陣の上に立つ当の本人ディケムだ。

 その目前では、シークリー王女が静かに膝をつき、頭を垂れている。


 先ほどと同じように、ディケムが呪文を紡ぐ。

 だが今度は、先程よりも遥かに強い輝きが魔法陣から溢れ出した。

 眩いばかりの光に、ラトゥールは再び身構える――しかし、今回も感じるのはディケムただ一人のマナ。

 不穏な気配は一切なかった。


 魔法陣の輝きはさらに増し、ついには二人を包み込むように光が満ちていく。


 光の中、シークリー王女の身に従属の鎖が絡みつく。

 その鎖がディケムへと繋がれた瞬間――彼女の意識に、ディケムの……いや、王祖の記憶の一端が流れ込んだ。


 時間にしてわずか一瞬。

 だが彼女にとっては、永劫とも思えるほど長い、深く濃密な記憶の旅だった。


 やがて光が静かに収束する。

 そこには、ディケムの前に傅いたまま、静かに涙を流すシークリー王女の姿があった。

 そして、彼女はそのまま深く頭を垂れ――


「王祖様………鬼神族は、心よりの恭順を誓います」


 ――そう、敬虔にして揺るぎない声で、誓った。



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