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寂滅のニルバーナ ~神に定められた『戦いの輪廻』からの解放~  作者: Shirasu
第8章 マグリブの地 ドワーフ王朝の落日哀歌
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第八章87 転移

 

 鬼神族とドワーフ族の講和条約が締結され、両種族の争は一応の終息を見せた。

 だが一方的に領土を奪われ王を失ったドワーフ族に遺恨が無いわけがない。

 しかし人族に身を寄せる身となったドワーフ族は、問題を起こせば人族に迷惑をかける事も分かっている。

 そこで民衆の統制に力を発揮したのがマリアーネ王女とベルハルト騎士団長だった。

 ベルハルトは次代のドワーフ族を亡きバーデン王に託された事もあり、全力で民衆に応えていた。

 そしてマリアーネ王女は『立場が人を作る』というやつだろう。

 ディケムが初めてドワーフ領へ出立した日の、プレゼントしたワインボトルを抱えてはしゃいでいた幼げな姿は今は無い。

 不安を抱える民衆を前に強い王族を演じているようだった。





 ドワーフ族の新たな新天地、地底都市ウォーレシアまでは『転移』で移動する。

 ウォーレシアはダンジョン奥深くに有る地下迷宮都市、民衆がダンジョンを抜けてたどり着くことは不可能だからだ。


 だが、この世界での転移とは、ごく限られた者しか体験する事のない稀有な魔法だ。

 そんな転移魔法を一般民衆が体験する事となるのだから……

 民衆の不安は計り知れないだろう。

 ただでさえこのポートブレアまでたどり着く道のりは過酷を極めた。

 家族や友人、多くの同胞の犠牲の上にやっとたどり着いたこの地で、転移術の失敗で全滅など考えるだけで恐ろしいし。

 『あの世で先に逝った仲間に顔向けできない!』……と。


 そんな民衆の不安を察したマリアーネ王女はまず自分が転移を試し、民衆に転移魔法の安全を示す事にした。



 そしてマリアーネ王女が転送魔法陣の試験に臨む日。

『設置型の転送魔法陣』の周りには多くの見学者が押し寄せた。

 見学者の中心は、もちろん以降に自身も転送されるドワーフの民と軍の人たちだ。

 しかしそれ以外にも此度の戦役に参加した人族の学生達や、更にはシャンポール王国軍とボーヌ王国軍の関係者も魔法研究の為に集まっていた。


 殆どの見学者達は転送魔法など見たことも無い。

 『人が離れた場所に一瞬で移動するなど本当に出来るのか?』と否定的に考えている者さえいた。


 そんな見学者の中にも幾人かは転送魔法を知っている者も居た。

 それはソーテルヌ総隊に関わる者たちだ。

 ……と言うよりも、ソーテルヌ総隊ではラトゥールとララがウンディーネと繋がった事で、ディケム程とはいかないものの転移魔法陣を二人が動かすことが出来るようになっていた。

 その為、ソーテルヌ総隊の飛竜を使った訓練は地底都市ウォーレシアへ転移して行う事が多い。

 そしてさらにシャンポール王国騎士団の中にも転移魔法陣を知る者が居る。

 各騎士団の隊長と副隊長だ。

 現在、騎士団の隊長と副隊長には特別にソーテルヌ総隊より飛竜が貸し与えられている。

 その為、総隊の竜騎士訓練を行う時には必ず参加する事が義務付けられており、その時に彼らも転移を体験しているのだ。


 このように集まった者の中には転移魔法をよく知る者も少数居たが、殆どの者が未知を知る為に目を輝かせていた。



「ベルハルト、ソーテルヌ卿の転移魔法はどうなのだ?」

「どうとは?」


「いや、ワシもソーテルヌ卿が起こす奇跡は戦場で何度と見た。 だから転移魔法を疑う訳じゃ無いのだが………」


「グスタフ。 ディケムは友だが俺にもあいつの力の底は分からぬ。 だからあのディケムが大丈夫だというのだから信じるほかあるまい? それに卿も分かっているだろ? 我々ドワーフ族の今後の運命は人族と言うよりディケムの奴に掛かっていると言っても過言では無い事を」


「あぁ分かっている。 し、しかし……なら、せめて最初に転移するのがマリアーネ王女でなくても良いのでは無いのか?  何なら俺が代わりに………」


「グスタフ、ここに集まった将軍全てがお前と同じ思いだ。 だが、これはマリアーネ王女自らが決めた事。 それに最初に転移するのが王女だからこそ意味があるとは思わないか?」


「………意味がある?」


「俺は、これがマリアーネ王女がこれからも王女であるための試練なのだと思い腹をくくっているんだ」

「王女であるための………試練?」


「バーデン王が思っていた様に、国と領土を失ったドワーフ族にはもう王などいらぬのかもしれぬ」


「だ…だが、これまで王に守られていたドワーフの民に、これからは自分で生きて行けと言うのも………」


「あぁ、だがそれは絶対的な王権が必要なのではなく導き手が必要という事かもしれない。 ましてや今のドワーフの民はディケムを王を超えた存在『神』と崇拝している。 そんな民衆にこれからマリアーネ王女が必要とされるかが問題なのだ」


 そんなマリアーネ王女の行く末を案じる二人に、こちらも見学に来た人族軍の将軍が話しかけた。


「ベルハルト卿、グスタフ卿、隣よろしいかな?」

「おぉ、これはダドリー・グラハム卿、それにカラ・エルマス卿」


 戦争が終結して直ぐ、人族軍の将軍とドワーフ軍の将軍は今後の事を踏まえて直ぐに交友を深めていた。

 とりわけ『生ける武神、王国騎士団隊長の代名詞』と謳われたダドリー将軍と巌窟将軍と謳われたグスタフ将軍は気が合ったようだ。


「少し会話が聞こえてしまったのだが、お二人はソーテルヌ卿の転移術に不安を感じておられる様ですな」


「恥ずかしながらドワーフ族では転移術とは遠い昔に失った伝説上の魔術です。 それを使い王女を当方へ送るとなると………」


「確かにグスタフ卿の懸念は分かります。 我々も最初、飛竜の訓練時にソーテルヌ卿に転移を使うと言われたときは同じでしたから。 ですが今では少なくとも月に一回はウォーレシアまで飛んでいます。 慣れてしまえばこんな便利な術を使わない手は無いとさえ思いますよ。 それにもし失敗したとしても術が発動しないだけで危険は無いとソーテルヌ卿から聞いています」


「失敗しても術が発動しないだけ………ですか」


「大丈夫ですよ、マリアーネ王女の安全は、訓練のたびに飛ばされている我々人族軍の将軍が保証します」


 『大丈夫!』と豪快に大笑いするダドリー将軍にグスタフもベルハルトも笑いを返す事しかできなかった。

 たしかに人族軍の将軍が日常的に転移術で飛ばされている話は二人の懸念を和らげる足しになった。

 しかし同時に二人はドワーフ族にこの転移計画を止める権利が無い事も知っている。

 今のところ人族軍は対等な立場で話してくれているが、ドワーフ族は人族に従属したのが事実だ。

 この後、マリアーネ王女はドワーフ族代表として人族同盟国代表シャンポール王との従属契約をする事になるだろう。

 そんなマリアーネ王女がもし今後ドワーフの民に王女と認められなかったとしたら………

 人質として、ドワーフ民の人身御供(ひとみごくう)としての辛い立場しか無くなってしまう。





 巨大魔法陣が設置された会場。

 様々な目的で集まった人々の騒めきが主役の入場で静寂に変わる。

 人々が注目する中、マリアーネ王女が一人の男にエスコートされ魔法陣へと現れた。

 エスコート役の男はもちろんソーテルヌ・ディケム公爵その人だ。


 人族の将軍、騎士、学生はみな公爵へと一斉に敬礼した。

 そしてドワーフ族の民、騎士、将軍達は公爵を崇拝した。


 皆が注目する中、ディケムが手を挙げるとその手から小さなキラメキが弾けた。

 するとほんの一瞬、会場の観客皆が微かに光ったように見えた。

 そしてディケムが口を開くとその声は会場皆の耳に届いた。

 今の一瞬の煌めきは風の自然神へと昇格したシルフィードの力を使い、声を拡声させ会場の一人一人に声が届くようにしたのだ。

 戦場でも既に皆が体現した精霊魔法だったが、万を超す全ての人に声を届けるには膨大な魔力(マナ)を必要とする。

 そしてさらにその状態を維持するなど普通は考えない程バカげた事だ。

 いや……普通なら声を届けるだけの為にこれほど膨大な魔力(マナ)を使わないし使えない。

 だが、ディケムはそんな人々が無駄と思う事に強大な魔法を使う。

 それは情報と伝達が何においても重要だと思っているからだ。


 ディケムが何気なく自然に行使する強大な魔法に、会場に集まっている魔法に精通した者は改めて驚愕していた。

 とりわけ魔法学校の生徒たちは、よく学校で見かけるディケムの力の一端を目の当たりにして息を吞んだ。

 ディケムにまつわる数々の伝説はもちろん知っている。

 先日までの戦場に立つ姿も遠目に見えていた。

 しかし学校ではディケムを余りにも普通に見かける事が出来るので、伝説や戦場の姿と今目の前に見える見慣れたディケムの顔を同一人物と結び付ける事が出来なかったのだ。


 そんな多様な眼差しが向かう会場では、ディケムがドワーフ族に転移についての説明を行っていた。


 今日の転移はマリアーネ王女を地下都市ウォーレシアまで転移し、またウォーレシアからここに転送し戻すと言う事だ。

 転移魔法の安全を見せるだけのデモンストレーション、あらかじめ皆に伝えられていた内容と同じだった。

 ちなみにウォーレシアからの転移は、向こうに待機しているラトゥールが転移魔法陣を起動することになっている。




 全ての説明が終わると、ディケムにエスコートされたマリアーネ王女が魔法陣の中央へと進む。

 王女が魔法陣の真ん中に立つと、ディケムは一礼して魔法陣から離れた。



 ディケムが詠唱する―――。

 もちろんディケムは転移魔法に詠唱など必要としない………

 詠唱とは魔法を失敗しない為に行う明確なイメージ付けだ。

 だが魔法を知らない人から見れば、”詠唱”するとそれっぽく見えるのだ。

 ようはディケムは転移に不安を抱えるドワーフ族へそれっぽいパフォーマンスを見せて安心させたと言うわけだ。


「我、静謐せいひつなる水の守護者ウンディーネの主なり。 そのマナの管理者たる権能を持って時の鎖を断ち場所のことわりを超え門を開け! マナの奔流、彼方の地へと導け!」 


 ディケムの詠唱が終わると魔法陣の上、マリアーネ王女の頭上に光が集まりウンディーネが舞いながら顕現する。

 そして―――!


 ≪—————μετάσταση(転移)—————≫


 ディケムの声とウンディーネの清流の様な声が重なり呪文を唱えた。

 ⦅もちろん全て演出だ………⦆


 魔法陣が光を放ち金色(こんじき)の粒子が立ち昇る。

 光の柱が立ちマリアーネ王女が光に包まれた―――

 その光が終息したときにはもう魔法陣の上にマリアーネ王女の姿は無かった。


 魔法に携わる者達からは『おぉぉ……』とどよめきが起こり、 

 ドワーフ族の民からは息をのむ静寂が伝わってくる。


 そしてほんの数分後………

 何もない魔法陣が再び光だし金色(こんじき)の粒子が昇り始めた。

 さらに大きな光の柱が立ち、その光が終息すると………

 魔法陣の上にはマリアーネ王女と王女を囲むようにいくつもの樽が置かれていた。

 樽の中央に立つマリアーネ王女は抱えきれない程の鉱石を抱えている。


「転移完了です。 王女に持ってきてもらったのはウォーレシアで作られているワインと、地下都市ならではの特産鉱石です」


 『なぜワイン?』……と思うだろうが、現在ウォーレシアではエルフ族の里アールヴヘイムで採れた上質のブドウでワイン作りが行われている。

 地下と言う安定した気候がワイン作りに最適なのだ。

 要は『人族領・エルフ族領・ウォーレシアは日常的に転移術を使い交流していますよ』と言うパフォーマンスだったのだが………

 ディケムの説明をそっちのけでドワーフの民がわれ先と一斉に鉱物やワインに殺到した。

 ドワーフ族は酒と鉱物に目が無い。



 結局、これまでの不安はどこえやら………

 鉱物を手に取りワインに舌鼓したドワーフの民は、

『早く転移して鉱物を採掘したい』やら

『あの酒の味が忘れられん、転移の順番はまだか?』

 など勝手なことを言いだしたそうだ。


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