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寂滅のニルバーナ ~神に定められた『戦いの輪廻』からの解放~  作者: Shirasu
第8章 マグリブの地 ドワーフ王朝の落日哀歌
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第八章84 戦争終結の報せ


―――シャンポール王都の宿酒場・とまり木にて―――


「邪魔するぞ、店主」


「おお……いらっしゃいませ、ザッカリー騎士爵様」


「おいおい、店主。いつも言ってるだろ。酒場でまで爵位を持ち出されては、酒の味も冷めてしまう。身分はこの扉の外に置いてきてくれ」


「は、はぁ……では、ザッカリー様」


「“様”も……まぁいい。今日はそれより、朗報だ。ドワーフ領遠征部隊が、とうとう王都へ帰還するぞ」


「……ッ! では……では、トウニーも!?」


「あぁ、トウニーも、うちのコルヴァスも無事に戻る。よく頑張ってくれた。――今回の遠征は、表向きにはポートブレア領の共同防衛という名目だったが……実のところ、人族が他種族領へ軍を進めたのは、数百年ぶりのことだ。これまではもっぱら防衛に追われていたからな。だが今や、我々の“力”が、他種族にもはっきりと示されたということだろう」


「ザ、ザッカリー様……それで……本当に、トウニーは無事なのですか?」


「安心してくれ。ソーテルヌ公爵殿率いる本隊に所属していた者たちに、目立った被害は出ていない。二人とも健在だ」


「あぁぁ……よかった、本当によかった……」


「まったくだ。――ソーテルヌ総隊の強さは、別格だ。今回の遠征で、被害をほぼ出さなかった部隊は、あそこだけだと聞く。その中にトウニーとコルヴァスがいたのだから、我々も親として、これほど誇らしいことはないだろう。

 うちの長男ウェズリーなんてコルヴァスがソーテルヌ総隊に入ってからは焦ってしまっている。 家督を継ぐのは長兄だと分かっているのにソーテルヌ総隊の戦功を聞くたびにビクついているのがわかる……困ったものだ」


「私は……出陣の報があるたび、生きた心地がしませんでしたよ……」


「分かるさ。だがな、店主。トウニーはまだ学徒の身とはいえ、いずれ卒業すれば誰もが戦地に立つ。ならば、生存率の高い部隊で、若いうちに経験を積めるのは幸運と見るべきだ。今ではソーテルヌ総隊への志願者が殺到していて、選抜すら困難な状況らしいぞ」


「は、はぁ……」


「まぁいい。 ――近いうちに王国宰相マール様から、遠征の顛末が国中に正式に発表されるそうだ。ただし、王国騎士団の中には犠牲もあった。負傷者、そして……命を落とした者も。遺族への配慮もあり、発表は慎重に行われるとのことだ」


「……」


「だからこそ店主、お前には誰よりも早く、トウニーの無事だけは知らせておきたかったんだ」


「……ありがとうございます、ザッカリー様。 まさか、ただの町娘だったあの子が、他種族領の遠征に加わる日が来るなんて……心配で仕方なかったのです」


「だが、トウニーは自らその力を鍛え、掴み取ったのだ。誇っていい。そして……うちのコルヴァスだがな、家では“トウニー、トウニー”と、いつもトウニーの話ばかりしていてな」


「そ、そんな……コルヴァス様が……」


「ふふ。……なぁ店主、どうだろう。 この機会に、あの二人のことを少し真剣に考えてみないか?」


「……と申されますと?」


「私の目には、あの二人は――どうにも、互いを想っているように見える。お前も、薄々は気づいているのだろ?」


「…………。 ですが、コルヴァス様はいずれ……」


「たしかに、コルヴァスには――娘しかおらぬ子爵家などから、婿養子の縁談がいくつも届いている。中には爵位の差を超えた申し出もあるくらいだ。

 ソーテルヌ総隊の精鋭部隊で、隊長格に抜擢されたことが大きいらしいな」


「………」


「だが私はね、店主。あの子が望むのなら、爵位や家柄に縛られない生き方も“あり”だと思っている。

 ――もしコルヴァスが、トウニーを選ぶというのなら、私は……それでもいいと思っているんだよ」


「ザッカリー様……」








―――マディラの父、カンテイロ・ボアル准男爵邸にて―――


「レティーロ、エトワール……朗報だ。 戦が終わったそうだよ。

 ドワーフ族と鬼神族のあいだの戦に、ようやく終止符が打たれたらしい。

 そして、ソーテルヌ総隊が戻ってくる」


「あなた……それでジャスティノは? マディラは? 二人とも無事なの!? あの子達が他種族領への遠征に行くなんて………私は心配で心配で」


「あぁレティーロ。 ジャスティノもマディラも無事だ!

 マディラはソーテルヌ公爵様の側近として申し分の無い働きをしたと報告があった。

 ジャスティノだって、ソーテルヌ総隊の精鋭部隊――カミュゼ隊の一員として立派に戦ったと伝えを受けた。

 あの子達は、このボアル准男爵家の誇りだよ!」


「お父様! それでお姉ちゃんの恋人ギーズさん……ギーズ男爵様は?」


「あぁエトワール、伝令の人がギーズ君のこともこっそり教えてくれたよ。

 本来なら、亡くなられた兵士のご家族に配慮して、家族以外の情報は伏せられるところだけれどね。

 ギーズ君は、ソーテルヌ公爵様の近衛騎士として大いに活躍したらしい。

 対外的には公表されない戦争だから、褒章などは望めないかもしれないが――その武勇は、王国騎士団のみならず、ドワーフ族や鬼神族の間でも名が知れ渡ったと聞いている」


「へぇ~ さすがはマディラ姉の彼氏!」


「ボアル家の幸運は、マディラが魔法学校入学前にファイア・ウルフの間引き狩猟で、あの傷だらけのギーズ君を見つけたことかもしれないね」


「そうですね、あなた。 あの子たちが帰ってきたら、ギーズさんも呼んで皆でお祝いをしましょう」


「いいなぁ~マディラ姉は。 私もギーズさんくらい有望な彼氏見つけたいな~」


「エトワール…… マディラの幸運は、まじめに白魔法の勉強をして備えていたから掴めたんだ。

 お前はもっとまじめに勉強しなさい!」


「はぁ~い……」







―――モンラッシェ共和国にて―――


 モンラッシェ共和国のジュリュック大統領は、城壁の上で飛竜の世話をしている娘のもとを訪れた。

 娘のグランは、時折手を止めては北西の空を見上げ、何かを祈っているようだった。


「グラン、いつも飛竜の世話が念入りだね」


「お…お父様。 飛竜と竜騎士は一心同体ですもの。

 それに、このソーテルヌ卿特製の手綱があると……ロベリア(飛竜)と心が通じ合えるのですよ」


 『そうか………』と呟いたジュリュックの娘に向けた優しい表情が、

 ふいに大統領としての厳しさを帯びたものに変わった。


「グラン・モンラッシェ。 防衛強化のための帰参、ご苦労だった。

 強大な飛竜を従えた竜騎士であるお前の存在は、モンラッシェ軍の士気を大いに支えてくれた。

 大統領として、礼を言おう」


「えっ…お父様…… ということは!?」


 グランの問いに、ジュリュックの顔が再び父の顔へと戻る。


「そうだ、グラン。 朗報だよ――

 ドワーフ族と鬼神族の戦が、ようやく終わったそうだ。

 ……ディック君が、帰ってくるぞ」


 グランは、ただ静かに頷いた。

 何も言葉にはしなかったが、その瞳は涙で潤んでいた。

 思いを寄せる人が、遠い他国の戦火の中に身を置いていたのだ。

 大統領令嬢として感情を表に出さぬよう育てられたグランでも、

 今ばかりは――その喜びを隠せなかった。


「父としては……お前がそんな顔をするのは、ちょっと複雑な気持ちにもなるがな」

 ジュリュックはそう言って、微笑みを返す。

「――さあ、グラン。 ディック君を、迎えてあげなさい」


「は、はい!」


 これ以上ない笑顔を浮かべた娘を見て、ジュリュック大統領はそっと苦笑いを浮かべた。







―――エルフの里アールヴヘイムにて―――


「六賢者様! 鬼神族とドワーフ族の種族戦争は予想通り、鬼神族の勝利で終結したとの報が届きました」


「……報告、ご苦労様」


 報せを受けた六賢者たちは、静かに言葉を交わし始める。


「アルコ、やはり予想通りでしたね。……それで、ドワーフ族の状況は?」


「クラヴ、移民の第一陣は予定通り――ディケム様の庇護のもと、地下都市ウォーレシアへと無事にたどり着いたようです」


「それはまた……では、我らが守護者殿は、ドワーフの力もその手に収められたということですか」


「まぁ、そう解釈できるでしょうね。……そして、それだけでは済まぬようですよ。――伝令殿、まだ報告があるのでは?」


 最長老アルコの言葉に、伝令は一瞬言葉を詰まらせた。


「は……はい。 ただ……その、にわかには信じがたい報でして……真偽を確かめてからと思い……」


「気にせず、聞いたままを伝えてください。 真偽は我々で見極めましょう」


「……承知しました。 鬼神族はドワーフ族に勝利したのち、何故か――人族への恭順を表明した、とのことです」


「「「「……ッ!?」」」」」


 その言葉に、アルコを除く五人の賢者たちは目を見開いた。

 まるで世界の理がひっくり返ったかのような衝撃。

 鬼神族が、勝利したその直後に――人族に?


 動揺の中には、陰謀論を口にする者まで現れたが、それはすぐに否定された。


「落ち着きなさい、皆。 そして伝令殿、報告をもう一度正しく。

 あなたが聞いたのは、『人族への恭順』ではなく――**『シャンポール王国のソーテルヌ卿への恭順』**ということでは?」


「はっ……! 申し訳ありません。 確かにそう、報告にはソーテルヌ卿のお名前が明記されておりました……!」


「アルコ……それは、いったいどういうことなのですか? 勝者である鬼神族が、何故そのような……?」


「オルヴィ、慌てないで。 私の調べによれば、鬼神族の王女シークリー殿が――ディケム様のもとへ向かったそうです」


「……っ!? それはまさか、恭順の証としての――人質……!?」


「おそらくは、そうでしょう。 ランディア、我らが長年記録してきた鬼神族の特性――何でしたか?」


「『鬼神は、強者にのみ従う』……それが、彼らの根幹にある本能です」


「ええ。 そして、かつて鬼神族が――その“力”を超えて“心から崇めた”存在が、歴史に一人だけいたのを覚えていますか?」


「……それは確か……王祖、ヤマト・アスラ。 鬼神族を初めて統一し、国を築いたと言われる……」


「そう。 そして今なお、鬼神族の最大の悲願は――その王祖の帰還。

 ……『来たるとき、私は戻ってくる。 そのときにまた、君たちの力を貸してくれ』――彼がそう残し、姿を消したという話は有名ですね」


「まさか……アルコ様は、ディケム殿がその“王祖の再来”だと……?」


「確証はありませんよ。 ただ、今回の鬼神族の動きが――かつて魔神ラトゥール様が動かれたときに、どこか似ていた。

 そう思っただけです。そして……そうであるなら、シークリー王女の動きも、合点がいく」


重く深い静寂が、六人の間に流れる。


「……ともあれ、此度の戦でディケム様はドワーフ、鬼神――両者の力を手に入れられたということ。

 我らエルフも、相応の覚悟を持たねばなりません。

 我々六賢者は、ディケム様へのさらなる忠誠をここに誓いましょう」


「「「「「はい!」」」」」


 ――⦅皆にはまだ話せませんが……⦆

 ――⦅此度、ディケム様が手に入れられたのは、“力”などという単純なものではありません⦆

 ――⦅ついに、シャンポール王国の神木が――イグドラシルへと至ったのですから………⦆








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