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寂滅のニルバーナ ~神に定められた『戦いの輪廻』からの解放~  作者: Shirasu
第8章 マグリブの地 ドワーフ王朝の落日哀歌
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第八章83 鬼神族・ドワーフ族講和会談

 

 ―――ララ視点―――


 ディケムの命令でソーテルヌ総隊が一斉に進軍を開始した。

 圧倒的な総隊の力………

 その中でもひときわ異彩を放つのは――私の恋のライバル、ラトゥール様の力だった。


 雷鳴が轟き、稲妻が大地を貫くたび、敵の悲鳴が吹き飛ぶ。

 戦場は阿鼻叫喚。そこに在るのは、もはや神の怒りか、破壊の化身のよう。


 ラトゥール様は雷・破壊の上位精霊バアル様と契約し、さらにマナを司るウンディーネ様とも契約している。

 そして――神竜(エンシェントドラゴン)雷嵐竜シュガール様までも。


 もちろん、私だって負けてはいない。

 月の精霊ルナとウンディーネ様の二柱の上位精霊。

 神竜(エンシェントドラゴン)月竜ククルカン(ククルン)とも契約した。

 何だったら私には強力な友達、神獣九尾のキツネ(タマモ)だっている。


 ――それでも。

 私はまだ、種族間戦争というこの巨大な戦場全体を支配できるほどの力を持っていない。

 力の差は、歴然だ。

 私の恋敵は、国ひとつすら独りで滅ぼしかねない。


 もしディケムが、『最後の戦いに一人だけ連れて行く』と決めたなら……

 今のままでは、それは私ではなく、ラトゥール様だ。


 彼女の願いも、私と同じ――ディケムと、もう離れたくないという想い。

 あの“エルフ事変”のとき、

 『もう置いていかれるのは嫌なのだ!』

 ――あのときラトゥール様が叫んだ、あの真っ直ぐすぎる愛の言葉を思い出すたびに、胸の奥が、ギュッと痛くなる。




 戦場は―――

 ラトゥール様の圧倒的な力の前に、一方的な展開となっていた。


 ディケムに敵対した者を、ラトゥール様が許すはずがない。

 あれは敵への処罰であると同時に、周囲への“警告”だった。


 『……正直、やりすぎでは?』

 ――味方である私たちですら、そう思ってしまうほどだ。


 逆らう気など起こさせぬよう、徹底的に“力の差”を見せつけている。

 それを止められるのは、ディケムただ一人。


 一見すれば、残酷とも思えるその苛烈な思想。

 けれど、戦場に身を置けば――それが間違いではないと理解できる。

 曖昧な情けは、この場所では決して“優しさ”ではない。

 戦いを長引かせれば、そのぶん犠牲は増える。

 だからこそ、ラトゥール様は迷わず叩き潰す。

 速やかに、確実に――それが彼女の“優しさ”なのだと、わかってはいるのに。




 ディケムが引いた一線の領土線。

 元ドワーフ領側では、対岸で起きている惨劇に戦意を失い、

『領土線を越えなくてよかった』という安堵の色さえ浮かんでいた。

 誰一人として、対岸へ救援に向かう動きはない。


 そんな沈黙の中―――

 一人の女性の声が戦場に響き渡る。


「お……王祖様―――ッ!

 お願いです。もうお止めください!!

 鬼神族の王権ジャイサールの名のもとに、

 われわれ鬼神族は停戦を願い入れます!!!

 どうかお怒りをお鎮めください!」



 鬼神族の王族ジャイサールを名乗る女性の声は、拡声の魔術具によって戦場一帯にこだました。

 しかし、正直なところ、ディケムが使う耳元に直接声を届ける精霊魔術とは違い、魔術具を介した拡声はか細い王族女性の声を雷鳴の轟きにかき消されていた。


 それでも――

『ラトゥール、やめろ』


 耳元に届くディケムの声で、ラトゥール様の落雷は止まり、シュガール様もその場に留まり動かなくなった。

 竜騎士たちは戦闘をやめ、一時、ポートブレアの城壁へと退いた。


 戦場から戦いの音が消え、静まり返ったその時。

 再び、拡声器を通して女性の声が戦場にこだました。


「王祖様。鬼神族の王権ジャイサールの名の下に、われわれ鬼神族は停戦を願い入れます」


 ⦅ん!? 王祖様って何?⦆

 ⦅それに、なんだかディケムに向けられたこの女性の声……熱がこもっていて、なぜか私をイラっとさせる?⦆



 戦闘は一時的に停戦し、翌日、領土線近くで両軍の代表が会談を行うことになった。


 ドワーフ陣営からは、

 マリアーネ王女殿下、ベルハルト将軍、そして人族軍のラス・カーズ将軍とディケム。

 さらに、ディケムの参謀としてラトゥール様と私、ララの六名が会談に臨むこととなった。


 ――ん?「ディケムの参謀であり総隊総帥のラトゥール様はわかるけど、なんでララが?」ですって?


 ………私もそう思ったけど、直接敵の大将同士が会う大事な場で、回復系(ヒーラー)であり防御結界魔術を得意とする私の力が何かあった時に必要だと、ラトゥール様から言われた。

 もちろん護衛の意味が大きいので、私は席に座らず、皆の後ろで立っている感じだけど。


 鬼神陣営からの出席者は、

 ハワーマハル第二王子、シークリー王女殿下、

 そしてシークリー王女殿下直属の侍女、パルメールという女性の三名らしい。




 ドワーフ陣営六名に対し、鬼神陣営はわずか三名。

 少し人数が少なすぎる気もするし、普通なら両陣営の人数は合わせるのが通例らしいのだけれど……

 シークリー王女からの連絡によれば、

 鬼神陣営は戦闘の意思がないことを示すため、将軍などの武の者や護衛は会談から外したという。


 それに加え、鬼神軍はこの戦いで軍の中心的存在であったダードラー将軍が戦死し、軍師の安否も不明。

 さらに、王族であるバラバック王弟殿下は停戦直後から所在がわからなくなっているらしい。


 この戦いは、バーデン王や幾人もの将軍を失ったドワーフ族の一方的な敗戦だと思っていましたが、蓋を開けてみれば、鬼神軍も相当なダメージを負っていたようです。





 ドワーフ族と鬼神族の会談が始まった。


 そして驚いたのは、今、鬼神軍の決定権を握っているのが総大将のハワーマハル第二王子ではなく、妹のシークリー王女だったこと。


 そのシークリー王女から提案されたのは―――

『即時停戦、そしてそのまま終戦へ移行。鬼神族はポートブレア領から全軍を即時撤退する』

 という内容だった。


 もちろん、「終戦」という言葉が出たときは、思わずほっとしたけれど……

 正直なところ、奪われたドワーフ族の領土について、もう少し何か言ってほしいと思った。


 でも、それは人族である私が口にすべきことじゃないのかもしれない。

 ディケムもラトゥール様も、その件については一切触れなかった。

 きっと、種族間戦争には、それぞれの一線とか、踏み込んではいけない“決まりごと”があるんだろう。


 ――それでも、やっぱり思ってしまう。


 ディケムの忠告を何度も無視して戦い続けておきながら、戦況が悪くなった途端に停戦を申し入れてくるなんて。

 鬼神族の側にも、もう少し譲歩があってもよかったんじゃないかなって。


 私がそんなことを考えていた矢先、シークリー王女がとんでもないことを口にした。


「ドワーフ族との終戦後、鬼神族は――この戦争終結の立役者たる人族のソーテルヌ卿に恭順の意を示し、その証として、わたくしシークリー・ジャイサールが人質(・・)としてソーテルヌ様の元に参りましょう」


 ⦅………はぁ!?⦆


 ドン―――ッ!!


 唖然とする私の目の前で、ラトゥール様が机を叩いた。


 ドワーフ族と鬼神族の講和会談に立ち会う立場だった私たちは、あまりの急展開に言葉を失った。


 そしてシークリー王女は、今度は怪しげな上目遣いでディケムに言いました。

『もし……王祖様が私を娶り、鬼神族の王権をお受け下されば、鬼神の国もこのドワーフの地(マグリブの地)もすべて王祖様のもの。ご命令とあらば、この地から鬼神を撤退させることも可能でしょう』……と。


「「「ッ――――――!!?」」」


 これにはさすがの鬼神軍総大将、ハワーマハル第二王子が即座に反対を示し、ドワーフ族のマリアーネ王女ですらそれに頷いた。


 シークリー王女は、なぜかディケムを『王祖様』と呼び、途中からは講和の提案をディケムに向かって行っていた。

 けれど……第三者の目から見れば、ディケムはどう見ても人族だ。

 本来、この戦争に人族は関与していないことになっている。

 あくまで表向きには、ポートブレア領を守るため、共同統治者として人族軍が戦った、という体裁だ。

 人族がポートブレアの自治を主張するのはまだしも、その他の、既に奪われたドワーフの領土まで返還を求めるのは筋違い。

 もしそれを逸脱してしまい、その事実が他種族に公になったら――

 ルールを破った人族は、大義を失い、人族が強種族になったことを快く思っていない他種族の介入を招く“争いの芽”になっちゃうかもしれない……って、ディケムが言ってた。


 もちろん、魔神族のような真の強国であれば、そんな理不尽を押し通せるだけの力があるそうだ。

 けれど、人族にはそれがない。

 人族が「強種族」と呼ばれるのは、あくまで魔神族・エルフ族・人族による三種族同盟の建前上においてのことに過ぎない。

 だからこそ、今までディケムも、ラトゥール様も、沈黙を守ってきたのに―――


 ⦅それにしても………⦆

 ⦅そんなことまで全部わかっていて、シークリー王女はわざとディケムを誘っているの?⦆

 ⦅それとも、本気で“ディケムならやれる”と信じきってるの?⦆


 私とラトゥール様が、どうにも納得いかないのは――シークリー王女の、あのディケムを見る目。

 あれはどう見ても、“強い男を見定める女の目”です……。


 会談の前に、ラトゥール様がこう言っていました。

『ララ、鬼神族の女は、より強い男を求めると聞く。 気をつけるのだぞ』……と。

 そのとき私は『さすがに、こんな大事な種族講和会談の場で、そんな展開になるわけないでしょ』と思っていたのですが……

 どうやら、ラトゥール様の心配は当たってしまったようです。




 結局、会談の内容が途中から少しずれてしまいましたが、おおむねの内容は双方が考えていた方向で合っていたので鬼神族とドワーフ族の講和条約が結ばれる事になりました。


 講和条約の内容は――

 ・今日この日をもって、鬼神族とドワーフ族の戦争は停戦とし、終結へと移行する。

 ・今後、このマグリブの地は鬼神族の領地と定める。

 ・ドワーフ族はマグリブの地を離れ、人族領に亡命する。

 ・捕虜となったドワーフの民は鬼神族に管理される。

 鬼神族は捕虜を人道的に扱うことを約束する。

 ・ポートブレア領は引き続きドワーフ族と人族の共同統治領とする。

 鬼神族は自由交易のための入城を認めるが、主権には一切関与しない。

 ・双方、この戦争における賠償は求めないこととする。



 これで終戦の宣言になると思ったその時、やっぱり最後に―――


 ・鬼神族は、盟友であったドワーフ族とのこの悲劇の戦争を二度と繰り返さぬよう、戦争を収めた人族ソーテルヌ卿の元へ、王女シークリー・ジャイサールを人質(妾)として差し出す。


 ⦅…………人質? (妾)って見えるけどなに?⦆


 結局、鬼神族のシークリー王女が、ディケムの元に人質としてやってくることになってしまった。



 最初は怒りをあらわにしていたラトゥール様も、ディケム自身も、最終的にはシークリー王女が人質としてディケムの元に来ることに反対しなかった。

 それは、シークリー王女――いや、鬼神族そのものに、それだけの軍事的価値があるからだと思う。


 確かに、個々の力が魔神族に匹敵すると言われる鬼神族を傘下に置けるのなら、その利益は計り知れない。


 王女を差し出す――それは国と国との間に、明確な上下関係を示すことだから。





 そして鬼神族とドワーフ族の戦争が終結して数日後―――

 各種族は、ついにこの種族間戦争においてドワーフ族が敗北し、その領土の大半を喪失した事実を知る。

 だが、真に人々を驚愕させたのはその後だった。


 勝者たる鬼神族が、なぜか――

 敗れたわけでもない人族、いや、シャンポール王国のソーテルヌ卿に対して、恭順の意を示したのだ。




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