第八章80 鬼神国の末妹王女 シークリー・ジャイサール 1
私は鬼神族、ジャイサール王国メヘランガル王の第三子、シークリーと申します。
長兄にアンベール兄さま、次兄にハワーマハル兄さまに囲まれ、
王にとって唯一の娘であった私は、父の深い愛情を一身に受けて育ちました。
鬼神族は、大陸から離れた島国に住まう種族です。
云い伝えによれば、かつて鬼神族はその島の中で同族同士による壮絶な覇権争いを繰り広げていたといいます。
そして、長きにわたるその争いを終結させたのが、英雄王ヤマト・アスラ様であったと伝えられています。
ヤマト王は種族を平定した後、腹心であったジャイサールに国の統治を託し、自らは歴史の表舞台から姿を消しました。
このジャイサールこそ、我ら王族の始祖とされております。
そのため、我らジャイサール一族は、ヤマト・アスラ様から託された国を代々統べてきたのです。
そして我らが一族に連なる悲願とは、ヤマト様の御帰還と、王権の返還に他なりません。
………しかし、
悠久の歳月は、やがて一部のジャイサール一族の心を静かに蝕んでいきました。
――それは、権力への執着という名の歪み。
決定的だったのは、今からおよそ数十年前のこと。
鬼神国に、魔神族五将の筆頭――ラフィット将軍が突如として来訪したのです。
その時――父メヘランガルは、なぜかラフィット将軍に対し、鬼神族の至宝、ヤマト・アスラ様より預かりし、鬼丸国綱を差し出してしまったのです。
鬼丸国綱――それはすなわち、ヤマト様の意志を継ぐ者に託される、「鬼神族王権の証」そのものでした。
この出来事を境に、第二王子ハワーマハル兄上を盟主に担ぎ、バラバック叔父上が強硬派の筆頭として、父メヘランガル王と公然と対立するようになったのです。
それでも――まだ、その時点では決定的な断絶には至っていなかったのです。
保守派の父メヘランガルを筆頭に、長兄アンベール、そして私。
一方で、強硬派の次兄ハワーマハルと叔父バラバック。
対立の構図こそあれど、完全に袂を分かつには至らずにいました。
――もとはひとつの家族。互いを思い合う気持ちは、かすかに残っていたのです。
ですが、その最後の均衡を崩したのが、鬼神国に突如現れた一人の知者――イ・シダールの存在でした。
彼の登場が、保守派と強硬派の対立を決定的なものへと押し進めたのです。
イ・シダールの来訪以後、それまで親交のあったドワーフ族への侵攻案が突如として浮上しました。
この案に強硬派は沸き立ち、気づけばもう、引き返せぬところまで進んでいたのです。
もちろん、アンベール兄上と私は必死に動きました。
この戦争を止めようと、奔走したのです。
………ですが、
なぜか保守派の筆頭であるはずの父メヘランガルは、この戦に対し、賛同することも、明確に否を唱えることもなかったのです。
温厚だったはずの父が、なぜ……?
何も語らず、まるで何か大切なことをひとり抱え込んで、思い詰めているかのようなご様子でした。
アンベール兄上は、その時の父の姿を見て、こう仰いました――
『まるで……あの時のようだ。鬼丸国綱を、ラフィット将軍に手渡してしまった時の、あの父上にそっくりだ』と。
ドワーフ族との開戦後、鬼神軍は破竹の勢いで勝利を重ね、まさに連戦連勝の快進撃となりました。
すると、それまでかろうじて保たれていた保守派と強硬派の力の均衡は、あっけなく崩れてしまったのです。
戦果に乗じて、次々と強硬派へ鞍替えする派閥が現れ、私たち保守派の声は次第に届かなくなっていきました。
――そして気づけば、政の中枢において、私たちは急速に力を失いつつあったのです。
そして先日――ドワーフ国への最終決戦が決定された折、父は“パルメール”という文官を呼び寄せ、鬼神随一の猛将として知られるダードラー将軍の副官に任じると言い出したのです。
なぜ、戦場において剛腕を誇る将軍の傍に、政務の人間をつける必要があるのか……?
私には、父のお考えがどうしても理解できませんでした。
とはいえ、保守派の発言力が弱まったとはいえ、現国王である父の意志であれば、さすがの叔父上でさえ、こればかりは否とは申せなかったのです。
父はパルメールを呼び寄せ、こう勅しておられました――
『お前の目で戦場をよく見てこい。そして、見たこと、感じたことのすべてを余さず報告せよ』と。
……お父様は、戦場で何かが起こると予期しておられるのでしょうか?
それ以降、父はしばしば、王祖ヤマト様を祀る祭壇のある部屋に籠るようになられました。
まるで、何かを祈り、あるいは問いかけているかのように――。。
―――そして、あの日。
パルメールから、信じがたい急報がもたらされたのです。
“天使の降臨”――
彼女の報告書には、その後の戦場の惨状が事細かに綴られていました。
鬼神軍、ドワーフ軍、両軍ともに壊滅寸前……すでに敗北ではなく、全滅を覚悟したその時――
突如として現れたのです。
一人の人族の英雄が。
そして彼は、天から舞い降りたその天使の前に立ち、奇跡を起こしたのだと……。
パルメールは、こう記していました。
その英雄が放った技――それは、王祖ヤマト様が遺した幻の奥義、
金翅鳥王剣にほかならなかったのだと。
パルメールの報告書は、最後にこう結ばれていました。
『王祖ヤマト様の帰還』――と。
⦅………王祖ヤマト様の帰還!?⦆
確かに、金翅鳥王剣は、王祖ヤマト様ただお一人にしか扱えなかった奥義と伝えられています。
しかし近年では、魔神族のラフィット将軍、そして人族の英雄ソーテルヌ卿が、かつてエルフ族との戦でこの技を用いたという話も伝わっております。
今回、両軍を救ったという人族の英雄――
それはおそらく、そのソーテルヌ卿に違いありません。
⦅………ッ!?⦆
父は、あのときラフィット将軍に――鬼丸国綱を差し出した。
そしてそのラフィット将軍は、人族の英雄に討たれたと、そう聞かされていたのです。
当時、魔神族五将の筆頭――あの、誰もが恐れたラフィット将軍が、人族ごときに討たれるなど、誰ひとり信じようとはしませんでした。
でも……それがもし、“計画された死”だったとしたら?
輪廻の理を逆手に取り、あえて人族として転生するために――彼は、自ら討たれることを選んだのだとしたら……?
そして今、報告書にはこう記されていました。
『人族の英雄は、種族にとって本来は不可侵たる存在――天使を、圧倒し、滅ぼした』と。
……いくら王祖様であったとしても。
数多の文明を焼き払ってきた“神の御使い”、その天使に勝てるなど……本来、あってはならない。
もしかして……すべては繋がっているのでは?
ラフィット将軍――いや、王祖ヤマト様は、輪廻を超え人族に転生し、
そして、何か“天使すらも滅する”力を手に入れた……?
――お父様は、そのことを知っておられるのですか?
私が深く思いを巡らせていたその時――
「シークリーよ! 直ちに戦場へ向かえ――ッ!!」
突然、父から私に勅命が下されたのです。
しかし父は、私に何をすべきかは告げませんでした。
ただ一言、「行け」とだけ。
そして、それ以上はこう告げたのです――
「自分の目で見て、考え、そして行動せよ」
「お前の出した答えを……私の答えとする」と。




