第八章75 三体の狂戦士
伝説上の存在、狂戦士が今ベルハルトの前に三体もいる。
そして、そんな存在同士のあり得ない戦いが繰り広げられている。
超人同士の戦いは、一見すると普通の戦士同士の戦いにも見えた。
しかしその一合一合の打ち合いは、地響きが起き衝撃波を生んだ。
もしそんな超人の一振りをベルハルトが一合でも受けたとすれば、両断される未来しか見えなかった。
単純な力では元から卓越した力を持っていたダードラー将軍が圧倒している。
しかし対峙する二人の狂戦士は自分の意思をはっきり持ち、連携を取り機動力を生かしダードラー将軍と互角以上に渡り合っている。
ダードラーは狂戦士と化し超人を超えた力を手に入れた。
しかし力を手に入れた代償も大きかった。
狂戦士化した事による混濁した意識は、これまで鍛え上げて来た卓越した剣技を殺してしまっていたのだ。
もしこれが普通の戦士との戦いなら、ベルハルトが手を出せないようにダードラーの圧勝だっただろう。
しかし相手が同等の力を持つ狂戦士同士だった場合、混濁した意識は致命的と言えた。
巧みな連携であのダードラー将軍をジリジリと後退させる二人の狂戦士。
その神がかった連携はベルハルトから見ても理不尽な程だった。
しかしあの連携を可能とする方法にベルハルトは心当たりがあった。
ディケムが使っている『言霊』、離れた場所でも会話を可能とするあの技術があれば二人の連携も可能だろう……と。
しかし実際はプリシラとアーロンが使っているのは『言霊』ではない。
力ではアーロンに後れを取ってはいるものの、これまで人為的に作り出された精霊使いとしてコツコツと訓練し鍛え上げてきたプリシラの技術、『怒りの同調』だ。
厳密にいえばアーロンは『怒りの同調』を使いこなせていない。
プリシラがアーロンをコントロールしてその動きに合わせて動いているのだ。
そして―――
ジリジリと後退するダードラー将軍にプリシラがさらなる切り札を切る!
今まで戦闘中一切声を出さなかったプリシラの口が開く―――
『ヘイスト! プロテクト! パワー―――!』
プリシラが発した言葉にベルハルトは驚愕した。
「ば、ばかな……… 狂戦士が魔法詠唱だと?」
魔法を詠唱した狂戦士など歴史書にも存在しない。
あの驚異的な攻撃力に理不尽な程の連携をし……さらには魔法まで?
もし対峙していたのがベルハルトだったら打つ手はもう無かった。
プリシラが唱えた魔法は『加速、防御、力』のバフ魔法。
さらにダードラー将軍に『遅延』のデバフ魔法をかけた!
プリシラは魔法師としての才能は、魔法学校でF組に振り分けられる程三流だ。
そんなプリシラがひたすら練習した魔法が“補助魔法”だった。
同級生に『もっと役にたつ回復や攻撃魔法を練習しなよ!』と言われ続けても、プリシラは補助魔法の練習に明け暮れた。
実戦経験乏し学生には、より結果に直結した回復や攻撃魔法の方が好まれる風潮がある。
花形の魔法ではなく脇役と言われる補助魔法を一生懸命練習するプリシラは、周りから滑稽に見えたかもしれない。
しかしそれはプリシラが狂戦士として自分の力を最大限生かせると確信しての事だった。
そのプリシラの努力が、鬼神族の大将軍との戦いと言う大舞台で報われる。
意識をほぼ失っているダードラー将軍は、抵抗なく『遅延』のデバフ魔法が掛かった。
弱体化などのデバフ魔法の成否は術者の魔力と対象者の魔法耐性・抵抗力によるところが大きい。
抵抗力は意志の強さに比例するため、狂戦士化し意識をほぼ失っているダードラー将軍は抵抗力が無いに等しかった。
そう、狂戦士として長年訓練を続けてきたプリシラは、自分を知るために対狂戦士との戦い方を想定して訓練していた。
それは狂戦士の弱点を知り、弱点を克服する為に何をすれば良いのかを知ることが出来た。
単純な狂戦士の力では、プリシラはダードラーよりもアーロンよりも弱い。
しかし歴史上狂戦士化した戦士がその戦場限りで絶命してきた中、プリシラだけ生き残ってきた。
プリシラの最大の武器は狂戦士として自分を長年研究してきた知識だと言える。
『遅延』に掛かったダードラーの弱体は目に見える程顕著だった。
さらにアーロンとプリシラには『加速、防御、力』のバフも掛かっている。
これまでダードラーは押されてはいるものの、辛うじて二人と渡り合っていた。
もし何かの切掛けがあれば形勢は逆転する恐れもあった。
しかしプリシラの魔法はそんなダードラーの逆転の芽を潰す決定打となる。
―――均衡が一気に崩れた!
速度を失った攻撃から破壊力が失われるのは必然。
防御で守られたアーロンとプリシラはダードラーの軽い攻撃ならダメージを受け無くなっていた。
これまでダードラーの牽制攻撃すら慎重に躱さなければならなかった二人の戦い方が変わる。
ベルハルトが、たとえ意識がないダードラーだとしても踏み込む事が出来なかった絶対領域の間合いへと前衛のアーロンが踏み込んだ!
ダードラーの懐に飛び込んだアーロンが手に持つ魔法剣へとマナを注いだ!
すると剣から炎が溢れだした―――!
溢れた炎はダードラー、アーロンの周りを螺旋状に取囲み、まるで荒れ狂う大蛇が中の獲物を狙っているかの様に見えた。
そんな荒れ狂う炎の中に今度はプリシラが飛び込んだ!
ッ――と同時にプリシラが手に持つ剣へとマナを注ぐ。
すると今度は剣から稲妻がほとばしる!
プリシラが剣を振るうと稲妻は三人の周りで渦巻く炎へと走り炎が稲妻を纏った。
帯電し稲妻をほとばしらせながら渦を巻く業火。
炎はアーロンのマナを喰らい、さらに火力を上げ辺りを火の海と化し三人を炎の中へと閉じ込めた。
三人の狂戦士を飲み込んだ灼熱の炎は荒れ狂う稲妻を纏い、常人のベルハルトでは近づく事さえ許さなかった。
―――炎の渦の中では、
魔法のターゲット指定されているダードラーへと一〇〇〇℃を超える火の粉が降りかかり、稲妻が走り継続ダメージを与えている。
さらに至るところから触手の様に伸びてくる炎の手が、隙あらばダードラーを飲み込もうと狙っている。
高熱の炎の粉はステータスが著しく落ちたダードラーの鎧に纏わりつき焦がし、放って置けばすぐに火が着火し始める。
さらに稲妻も鎧に纏わりつき帯電し、溜まった電気をどこかへ逃がさない限り時間経過と共にダードラーへのダメージを増やしてゆく。
そして―――
炎と電流の継続ダメージでダードラーの動きが極端に悪くなる!
遅くなったダードラーを見てプリシラがニンマリする。
ダードラーの動きを悪くさせたのは、この地獄のような状況で受けたダメージ蓄積もあるが、主な要因は“酸欠”だ。
よく見れば、三人が閉じ込められている炎の周を囲うように四方に水晶が置かれている。
戦うさなか、機動力を生かしてプリシラがこっそりと設置していたものだ。
プリシラはこの水晶を触媒とし結界を張っていた。
この結界はダードラーの攻撃を防ぐために張ったものではない、プリシラの魔法力ではダードラーの攻撃に耐えうる強度の結界は作れない。
しかし、この結界はプリシラが“密封”された空間を作り出すために張ったものだった。
三人の狂戦士を取り囲む炎は、結界で密封された空間の酸素を急速に消費した。
勿論、この酸欠状態は風の精霊などを使い無理やり作った状態ではない。
『精霊の召喚宝珠』を持っていないアーロンもプリシラも、怒りの精霊以外の精霊は扱えない。
酸失は魔法剣によって作り出された炎が燃えたことによって起こった必然的な事象。
魔法ではなく事象により起こった事はダードラーだけでなくアーロンやプリシラにも当てはある。
無酸素状態に陥り動けなくなるのはアーロンとプリシラも同じだ。
………しかし。
それを狙って起こした者と知らなかった者との差が有る。
軍事訓練をしていた者が息を止めて居られる時間は平均五分程度。
さらに戦闘となれば三分程度が限界だろう。
その上、酸欠に備えていなかったダードラーが動ける時間は一分程度だろう。
もしこの状況をダードラーが想定出来たとしても………
今の狂戦士化し意識を失ってしまったダードラーには回避することは不可能と言える。
いくら狂戦士化し爆発的な力を手に入れ、痛みも感じず動く事が出来たとしても………
酸素がなくなれば生物は動けなくなる。
超人的な力を手に入れられる狂戦士だが、肉体という媒体に依存する限り避けられぬ弱点と言える。
これまで連携と機動力で戦ってきたアーロンとプリシラに対し、さらに動きが遅くなったダードラーは既に敵ではなかった。
スピードと力を失ったダードラーの斬撃をかいくぐり――
アーロンの剣がダードラーの腹に突き刺さる!
ッ――と同時にプリシラの剣がダードラーの首を深々と切り裂いた。
腹に突き刺さった剣は背まで貫通し首の傷は動脈に達した、迸る血しぶきはそれが致命傷であることを証明していた。
―――しかし!
致命傷を負ったはずのダードラーが凄まじい速さで大太刀を振るった!
それはまるで消える寸前のロウソクが一瞬大きく燃えるかのように。
会心の一撃をギリギリのところで躱したアーロンとプリシラはすぐに間合いをとる。
既に決着はついている。
致命傷を負い既に死人と同義となったダードラーに最後まで付き合う義理はない。
二人は目配せする事もなく同時に炎の渦の中から離脱した。
最後の力を振り絞り、凄まじい勢いで二人を追うダードラー!
そこへ――
二人が離脱するために結界にあけた穴から、密封された空間へと一気に酸素が流れ込む!
すると………
酸欠状態で酸素を欲していた炎は一気に酸素を得、
爆発的な炎が巻き起こりバックドラフト現象を引き起こした。
巻き起こった爆風にダードラーは炎の中へと吹き飛ばされた。
燃え盛る炎を見つめるプリシラ達三人。
つい先程まで戦場だった炎の中、既に動かなくなり立ち尽くすダードラーの影が薄っすらと見えた。
三人はすぐにでもこの場から離脱したかったが………
後ろを振り返った瞬間、炎の中からまたダードラーが斬りかかって来そうで目が離せなかった。
やがてダードラーの影が炎の中崩れ落ちたことを確認した後、三人は直ぐに離脱することを決めた。




