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寂滅のニルバーナ ~神に定められた『戦いの輪廻』からの解放~  作者: Shirasu
第8章 マグリブの地 ドワーフ王朝の落日哀歌
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第八章74 狂戦士

 

 ついに鬼神軍の包囲網を抜けたベルハルト達。

 してやられた鬼神軍が慌てて追撃の指示を出し騒いでいるがすでに遅い。

 鬼神軍の騎馬がバーデン王の放った“母なる大地の祝福(ブレス・オブ・ガイア)”の影響により弱っていることも効を奏している。



「此処まで来ればもう大丈夫だ!」

 ベルハルトの言葉に緊張続きだった近衛騎士達も安堵の胸をなでおろしていた。


 遠ざかってゆく鬼神軍追撃の足音。

 もう何も起こらなければベルハルト達の脱出は成功の筈だった。


 しかし、もう安全圏に入ったと皆が安堵したとき……

 ベルハルト達が向かう退路の先に一人の人影が立っていた。


「ッ―――なっ!?  ダードラー将軍!!」


 それはあり得ない光景だった。

 確かにベルハルト達は退路を作るために戦術的隙が生まれるよう、直線ではなく敵本陣へと舵を取った。

 一直線で退路へ向かうより時間を浪費した事は否めないが………

 それにしても前方に立つダードラー将軍は馬にも乗っていないのだ。

 いや、たとえ馬に乗っていたとしても間に合うはずがない。


 ―――しかし、現実に前方にはダードラー将軍が立っている。


「ウ…ウリィィイイイイイイイィィ――――――!」


 ⦅ッ―――!?  あ、あれは……⦆


 ダードラー将軍から地の底から響くような声が聞こえてくる。

 そしてダードラー将軍が瞑っている目をゆっくりと開けると―――

 その目は血が滴る程鮮烈な赤に染まっている!


「バ…狂戦士(バーサーカー)―――!!!」


 ベルハルトが気づいた時には既に遅かった、ダードラー将軍が振るった三尺を超す大太刀は衝撃波を起こし、ベルハルトが乗る騎馬の足を薙いだ!


 地面に転がるベルハルト………

 ダードラーが狙ったのはベルハルトの騎馬。


 直ぐに立ち上がったベルハルトは叫ぶ!

「止まるな! 皆、そのまま進めぇええええ―――!!!」


 グスタフは一瞬躊躇したが、異質過ぎるダードラーの様相を見て―――

 『ここで止まれば全滅する!』と判断し歯を食いしばり近衛騎士団を率いてそのまま馬を走らせた。


「ベルハルト―――ッ!!! 死んではならぬ! 死んではならぬぞ―――!!!」

 ベルハルトの耳にグスタフの声だけが響いた。




 狂戦士(バーサーカー)と化したダードラー将軍と向き合うベルハルト。

 見れば今まで対峙してきた狂戦士(バーサーカー)など比べ物にならないほど目は赤く、地の底から響くような声には人の声では無い得体のしれない圧倒的な力を感じた。


「な、何なのだ……お前は? 今までの狂戦士(バーサーカー)はまがい物で……お前が本物の狂戦士(バーサーカー)だと言うのか?」


 圧倒的な力の差―――

 信じられないことに、これでもまだダードラーは“母なる大地の祝福(ブレス・オブ・ガイア)”の影響により弱体化されている。

 しかも先の戦いで左腕すら失っている。

 なのに……



「オ“……オル…オルグ……リスドォォォ――………」


「なっ……バ、狂戦士(バーサーカー)が言葉を………?!」


 たどたどしい言葉だったが、確かに狂戦士(バーサーカー)と化したダードラー将軍の口から『オルクリスト』と聞こえた。

 そしてよく見ればダードラー将軍が見据えているのはベルハルトではなく“宝剣オルクリスト”だ。


 ベルハルトは“オルクリスト”を見て考える。

 いま思い返せば……

 バーデン王が近衛騎士団ごと鬼神軍奥深くまで引きずりこまれたのも、敵がこの“オルクリスト”を奪うためだった。

 あの時の鬼神兵は洗脳されているかの様に異常だった。

 そして目の前のダードラー将軍も……

 あのダードラー将軍が狂戦士(バーサーカー)になってまでも求めているのが、やはりこの“オルクリスト”。


「いったい…… この宝剣に何があるというのだ………」


 たしかに“オルクリスト”は貴重なアーティファクトであり『ドワーフ王の証』と言えるドワーフ族の宝だ。

 しかし、いくらアーティファクトだといっても………

 親交があった種族との戦争を引き起こし、ドワーフ族を滅ぼしてでも手に入れる程の価値があるのかと言われれば……ベルハルトとには理解できなかった。


 もしこの“オルクリスト”を渡してしまえば………

 狂戦士(バーサーカー)と化したダードラー将軍は見逃してくれるだろうか?


 ……だが、ベルハルトの脳裏にバーデン王の言葉が蘇る。

『この剣だけは奴らには渡すでないぞ!』―――と。


『くそッ!』ベルハルトが宝剣と自分の命を天秤にかけ迷っている間に――

 ダードラー将軍が動き出す!


 ダードラー将軍が三尺の大太刀をまるで小枝でも振るように片手で振るう!

 剣技が発動したわけでもないはずなのに、その斬撃は衝撃波を生みベルハルトに襲いかかる。

 かろうじて身をひるがえし躱したその斬撃はベルハルトの後ろにいた瀕死の馬を両断した。


 ベルハルトの頬を冷たい汗が流れ落ちる。

 予想をはるかに上回る斬撃の威力!

 それは今までのダードラー将軍の比ではない。

 どう考えてもあれを一撃でも食らえば………

 いや、たとえ剣で受け止めたとしても致命傷になるかもしれない。

 ベルハルトはダードラーの左側、ベルハルトがダードラーの腕を切り飛ばした左側の死角へと移動した。


 数度の斬撃をギリギリのところで躱したベルハルトは理解した、この勝負はどう足掻いても自分に勝ち目はないと……。

 やはりあの怪力と一度でもまともに打ち合えば骨は砕け戦闘不能に陥ると確信できる。

 かと言って、逃げるために背を向けた瞬間………ベルハルトの体は両断されてしまうだろ。


 ベルハルトはこの手詰まりの打開策を考える……

 狂戦士(バーサーカー)は最後自分の魂すら燃やし尽くし絶命すると聞く。

 それまで逃げ回ればいいのか……? いや、それは無理だろう。

 今でも躱せているのが奇跡なくらいだ。

 下手をすれば次の攻撃で真っ二つにされてしまう。


 ベルハルトは背に帯剣している“オルクリスト”を見る。

 自分では抜くことも出来ないこの“オルクリスト”が戦いの邪魔になっている事は事実。

 アーティファクト装備は主が持てば羽の如く軽く感じるが、主以外の者が持てばその重さは重量以上に重く鉛の如く感じる。


 ⦅このままでは……… あと数度躱せるかどうか?⦆


 自分が斬られれば、どうせ“オルクリスト”も奪われる。

 ならば―――………

 しかし、どうしてもベルハルトは崇敬する王の形見“オルクリスト”を手放すことが出来ない。


 そこへダードラー将軍の猛烈な斬撃が振るわれる―――!

 その斬撃は今まで以上の渾身の一撃!


「くっ……くそっ! 今までの猛攻も本気じゃなかったって事かッ!?」

「こ、これは躱せ……ない」


 ⦅まぁ主の形見を守り殉死も悪くないか………⦆

 敗北の言い訳を頭に重い浮かべ、

 回避不可能の斬撃を前にベルハルトは目をつぶり輪廻に帰るその時を待った。


 しかし、一向にその時は訪れない。


 ガ、ガギィィイイイイイイ―――


 ⦅なんだ? 鈍い金属同士がぶつかり合う音が聞こえる………⦆

 ゆっくりと目を開けたベルハルトはその光景に息をのんだ………


 ベルハルトの前に、あの狂戦士(バーサーカー)と化したダードラー将軍の渾身の一撃を受け止めている二人の子供がいた!


「ッ――なっ!!?」

 目を見張るベルハルトだったが、ダードラー将軍の猛攻はそれでは止まらない。

 苛烈な斬撃を何度も二人の子供に繰り出すダードラー将軍。

 ―――しかし! その全ての斬撃を二人の子供は受け止めてしまった。


「ば、ばかな………信じられん」


 ほぼ感情を失っているダードラー将軍も、思いもかけなかった強敵の出現に一度間合いを取る為に下がった。



 信じられないことを成した子供の一人が振り返り話しかけてくる。

「あなたがベルハルト将軍ですね?」

 そう言葉を発した少女の目は、ダードラー将軍よりもさらに赤く染まっていた。


「バ、狂戦士(バーサーカー)!? し…しかし……喋っている?!」


 ベルハルトに話しかけた少女、そしてその隣にいる少年も振り返ると目が真っ赤に染まり狂戦士(バーサーカー)の特徴を色濃く見せていた。

 しかし二人とも自分の意識を保っている。


 驚きのあまり少女の質問に答えられないベルハルトにさらに少年が話しかける。

「ベルハルト将軍ですよね? 私たちはソーテルヌ総隊のマディラ様の命でここに来ました」


「あ…あぁ、すまない私がベルハルトだ………」

 再度自分の名前を呼ばれさらにソーテルヌ総隊の名が出たことで、かろうじてベルハルトは返事を返すことが出来た。


 自分の名を何とか言葉にすることは出来たが………ベルハルトの混乱は収まらない。

「そ…そんな事あり得るのか? あのダードラー将軍でさえ………」


 それはベルハルトが今まで知る常識ではあり得ない事だったからだ。

 あの卓越した武人のダードラー将軍でさえ狂戦士(バーサーカー)となった今、ほとんど意識を失っている。

 なのに……… 今、目の前に居る二人の子供は………。

 そんな子供がダードラー将軍の斬撃を受け止められるほどの力を見せ、あまつさえ意識をしっかりと保っている。

 ベルハルトはこの二人の存在に鳥肌が立つほどの脅威を感じていた。


 ⦅もし戦うのなら……あのダードラー将軍よりも絶対にこの二人との敵対は避けなければならない⦆と。


 驚きのあまり言葉を失っていたベルハルトだったが……

 さらに二人の狂戦士(バーサーカー)が手に持つ武器に目が留まった。


「そ…その剣……その紋章は………」


 狂戦士(バーサーカー)二人が手に持つ武器にはディケムの紋章に類似した『盾を四分割に水・火・風・土が描かれその盾をドラゴンが両脇を支える』ソーテルヌ総隊の紋章が描かれていた。


「その剣はソーテルヌ総隊の……しかもそれは魔法剣なのか!? しかしその剣は…… いやそんな筈は………」


 その魔法剣は明らかに前に見せてもらったディック殿が持っていた“ミスリル”製の魔法剣と同じではなかった。

 武器の鍛造において、ディックのミスリル製でも人族がドワーフ族よりも先んじて魔法剣を完成させていたことに驚かされたが………

 しかしあの金属の色は…… ま、まさか――オリハルコン!?

 “オリハルコン”製の魔法武器の製造を人族は既に成功させていたと言うのか?!


 意思を保ったままの二人の狂戦士(バーサーカー)

 そして人族の手によって作られた“オリハルコン”製の魔法武器。


 ⦅これほど強力な隠し玉をディケムの奴………、まだ隠し持っていたのか!?⦆


 ディケムの強さは、先の戦いで証明された。

 天使すら凌駕してみせたあの力は絶対敵対してはいけない力だった………

 だがそれは個の力であって、鬼神族があえて戦いに挑んだように個の力ならば軍としての戦い様はまだある。

 しかし………力の一端を垣間見ただけで、ソーテルヌ総隊自体の戦力がベルハルトの予想をはるかに超えていた。


 改めてベルハルトは思う。

 人族にドワーフ族の保護を求めたバーデン陛下の判断は正しかったのだと。





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