表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寂滅のニルバーナ ~神に定められた『戦いの輪廻』からの解放~  作者: Shirasu
第8章 マグリブの地 ドワーフ王朝の落日哀歌
537/553

第八章73 ドワーフ王国の王8

 

 鬼神軍本営近く後方の戦場―――


 ドワーフ族の王、バーデンが倒れている。

 そしてそのすぐ近くに鬼神族将軍ダードラーとドワーフ族将軍ベルハルトが膝を付いたまま動かない。

 さらにこの戦場を囲んでいた鬼神兵の多くの者達が倒れ込んでいる。


 そんな混沌とした中、グスタフ将軍が王直属の近衛騎士団を率いて凄まじい速さで戦場を駆けていた。


 バーデン王が絶命間際に放った『母なる大地の祝福(ブレス・オブ・ガイア)』の効果は近衛騎士達だけでなく乗る騎馬にも影響を与えていたようだ。

 これまで長い時間走り続けたにも関わらず、騎馬たちは疲れも知らず駆けている。



 グスタフ将軍率いる近衛騎士団はダードラー将軍が率いていた黒鎧の鬼神騎士達を次々と撃破し、さらに周囲で動けなくなっている鬼神兵達の後方部へと斬り込みこの戦場からの脱出路を作り出そうとしていた。


『屈辱であろうと泥をすすってでも皆生き延びよ』


 バーデン王が自分達に命じた最期の勅命。

 かけがえのない主を失ってしまったグスタフは一人でも多くのドワーフ兵の命を救い、この勅命を果たす事だけを考え駆けていた。



 グスタフは、ベルハルトの様にディケムの支援を受け戦場を俯瞰(ふかん)して見ることは出来ない。

 その為活路を見出すのに少し時間が掛かってしまっていた。


 遠くから聞こえてくる新たな地響き、異変に気付き鬼神軍の新手部隊が迫ってきている。

 敵援軍の動きがグスタフの予想よりも遅かったのは―――

 ダードラー将軍が鬼神軍の総大将ハワーマハル第二王子の絶大なる信頼を得ていたことが大きい。

 そしてさらに鬼神軍が全幅の信頼を置いていたアルキーラ・メンデスと言う強力な軍師を失ったことによる状況把握力と対処力の欠如が大きな要因だといえる。

 しかし、本陣近くまで被害が及んだ“母なる大地の祝福(ブレス・オブ・ガイア)”の影響を鑑み、ハワーマハル第二王子はさすがに放って置く事は出来なかったようだ。



 グスタフは脱出路を作り出している最中にもかかわらず引き連れていた近衛騎士隊を副隊長に預け、単騎で騎馬隊の列から離れた。

 バーデン王の勅命を果たす為ベルハルトの元へ向かったのだ。


 現状、もうこの近隣の戦場は“母なる大地の祝福(ブレス・オブ・ガイア)”の影響もあり、『鉄壁』の二つ名を持つグスタフを止められる敵など居はしない。

 無人の荒野を行くが如く戦場を駆るグスタフがベルハルトの元まで駆けつけるのに時間はかからなかった。


 グスタフが駆け寄ると、ベルハルトの直ぐ側に動かなくなったダードラー将軍が膝を付いたままいた。

 すでに絶命している様にも見える……

 しかしもし生きている様ならば後顧の憂いを断つためにトドメを刺しておきたいと思ったが………

 グスタフは早急にここから脱出する事を優先させた。


 ベルハルトはバーデン王の側で膝を付き陛下を見つめたまま動かない。

 目は一点を見つめたまま、駆け寄るグスタフを見ようともしない。


「ベルハルト! 脱出するぞ―――動けるか?!」


 グスタフの問いかけにベルハルトは反応しない。

 その目にはもう光が灯っていない。

 最愛の妻を失い、そして崇敬する主まで失ってしまったベルハルト。

 主の敵を討った今、生きる目的を全て失いここを己の死地と定めてしまったのかもしれない。


 だが、そんなベルハルトにグスタフが一喝する――


「ベルハルト………何を呆けている!! 陛下の勅命は『泥をすすってでも皆生き延びよ』だったはずだ! 第一の臣のお前がそんな事でどうするのだ!?」


「……………。」 ベルハルトは微かに反応するが動かない。


 そんなベルハルトにグスタフはさらに言葉をかける。

「陛下はワシに『人族領に移り住んだドワーフ族には、古い体制の自分よりも人族の英雄殿とわだかまりを即座に捨て絆を結んでみせたベルハルトこそ必要なのだ!』とおっしゃられていた。 そのお前をこんな場所で死なせるわけにはいかんのだ!」


「……………えっ…?」 

 バーデン王の言葉を知り、ベルハルトがバーデン王の亡がらを凝視する。


「ドルアヒム、イザベルと逝ったあの時、次にダードラー将軍に挑んだのはお前だっただろう…… しかし陛下はお前の命を守る為、自分の命を捨てる覚悟をなさった。 バーデン陛下が最期に優先させたのは誰でもない、お前の命なのだぞ! そのお前がこのまま無駄死にして良い筈が無い……いやそんな事はワシが絶対に許さんぞ!!」


「なっ……!? へ、陛下………」


 グスタフの言葉でベルハルトの瞳に光が灯る。

 そして立ち上がりバーデン王最後の勅命を遂行する為、これから自分が成すべき事に頭をフル稼働させた。



 動き出したベルハルトは今一度バーデン王の傍に膝をつき、王が固く手に握る宝剣“オルクリスト”を王家の鞘に納め手から受け取った。


 そしてグスタフとベルハルトは最後にもう一度バーデン王の亡骸に最高の敬意を持って首を垂れ――背を向けた。

 それから騎馬に乗った二人が崇敬する王を振り返る事はもうなかった。




 グスタフの後ろを駆けるベルハルト。

 ベルハルトはグスタフが向かう先に味方の近衛騎士団が脱出路を切り開いていることを、ディケムから送られる映像を俯瞰して見て把握していた。


 今、近衛騎士達が切り開いている脱出路の方角は間違っていない。

 しかし今のままでは一手足りない、このままではベルハルト達は最終的に兵士数に物を言わせた物量に押しつぶされてしまうだろう。


 ―――だが、

 ベルハルトは敵本陣付近に新たに生まれようとしている違和感に気づいていた。

 鬼神軍本陣に母なる大地の祝福(ブレス・オブ・ガイア)”の影響とすぐ傍まで迫りくる我々の気配に動揺が走っているように見えた。

 もし………鬼神軍にバーデン王の死が伝わっているのなら?

 バーデン王の最後の勅命を知らないハワーマハル第二王子は、主を失った我々が仇討ちの為、狂戦士の如く死兵と化し鬼神軍本陣を目指し進軍していと勘違いしてもおかしくない。

 もしそうだとしたら―――

 あの違和感の場所に戦術的隙が生まれる可能性が高い!

 そこを突ければ我々が脱出できる可能性はある!


 ただの憶測と希望的読みでしかなかったが、ベルハルトは自分たちが生き延びる為にはそれしか無いと判断した。


 近衛騎士団と合流を果たしたベルハルトは直ぐにグスタフの前に飛び出し、近衛騎士団の先頭に立ち騎士団を率いる意志を示した。

 これまでベルハルトの神がかった進軍を見てきた近衛騎士団達が、このベルハルトの行動に異を唱える者はいなかった。




 ベルハルトを先頭に近衛騎士団が鬼神族本陣すぐ傍までたどり着くと、そこには“母なる大地の祝福(ブレス・オブ・ガイア)”の影響により弱った鬼神兵達が総大将のハワーマハル第二王子を必死に守るため防御の陣をとっていた。

 それはベルハルトの思惑通り、守るために固く敷いた陣は機動力に劣り追撃には不向きだ。

 元から敵の憶測を利用し仇討ちではなく脱出路を切り開くためにここまで来たベルハルトにとって、敵の敷いた陣形は自分たちが誘導して生み出させた戦術的隙だといえた。


 ベルハルトの号令で、近衛騎士達が自分に土魔法プのロテクトを掛け強固で尖った巨大な(やじり)と化し突撃の速度を上げた。

 その様相を見た鬼神軍は、これまで何度も大きな被害を受けたドワーフ軍が得意とする戦術だとすぐ理解し、さらに陣を固く守りに徹した。



 重量級の大楯が並べられた鬼神軍前衛、兵士達は大楯の裏で身構え衝撃にそなえている。


 ―――ついにベルハルト率いるドワーフ騎士団が鬼神軍の大楯に激突する!


 しかし、衝撃は鬼神軍の想像したものではなかった………


 ドワーフ騎士団は大楯に直角ではなく鋭角ぶつかり、(やじり)と化したドワーフ近衛騎士団は横に滑るように流れ走り抜けていく。

 戦場に金属と金属が擦れ合う金切り音だけが響いている。

 通常の激突なら衝突音は一時的なもの、そして両軍の戦士同士の雄叫びが響くはず……

 しかし金属と金属が擦れ合う音が今現在も続いている。


「「「「………!?」」」」 「なっ……!」


 鬼神達が徐々に異変に気付き始めたが……すでに遅い。

 固く守り閉ざされた陣形はそう簡単に変えることはできない。

 ベルハルト達の狙いが仇討ちではなく脱出だと鬼神達が気づいた時には、

 もう対応することは出来なかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ