第八章71 ドワーフ王国の王6
鬼神軍本陣へと猛然と迫るベルハルト率いるバーデン王部隊。
無限に湧いて出ると錯覚してしまうほどの敵兵に囲まれていたのだが………
突如、人波が途切れ敵本陣前に出来た不自然な広場に突入した。
『ッ――罠か!?』ベルハルトは一瞬疑ったが、そこには罠は仕掛けられていなかった。
しかし―――、ベルハルト達の前に不気味な赤黒い鎧を纏い三尺を超える大太刀を持つ一人の武人が姿を現した。
その武人は『鬼神軍本陣を守護するのは我だ!』と言わんばかりに口元に笑みを浮かべ、バーデン王の前に立ちはだかる。
武人の力への自信を窺うことが出来るのは目の前の布陣、ベルハルトが一瞬罠かと疑った軍勢の中に突如出来た不自然な広場は、その武人が自分の戦いを味方に見せつける為ワザワザ広場を作って待っていたのだ。
現状、ベルハルトにその得体のしれない強敵にわざわざ挑む意味など無かった………
しかし、戦場の状況をリアルタイムに上空から見ているベルハルトは気づいていた。
得体のしれない武人の両側に出来た分厚い人の壁、この広場を作る為に寄せられた敵兵の層が何重にも分厚い層になっている。
もし武人が切れ者だったとしたら……… それすらも計算に入れた布陣なのかもしれない。
それはあえて戦術的隙を作りベルハルトを誘い込み、唯一の突破口が『自分を倒す事だ!』と示す程、自分の力に自信を持っている証拠でもあった。
⦅あの武将は危険だ!⦆
ベルハルトの危機感知が最大限に警鐘を鳴らしている。
―――しかし、今唯一突破出来る可能性が有るとすれば………真っすぐしか無い。
それにもしあの得体のしれない武人が絶対的強者だったとしても、逆にそれが過信となりここさえ突破できれば状況は一気に好転する!
ひっ迫した状況は、ベルハルトに別の道を探す時間と冷静な判断を下す余裕を与えてはくれなかった。
ベルハルトに続く部隊の皆も、ベルハルトの決断に納得はしたが………
正面に構えるあの不気味な武人から伝わってくる尋常では無い迫力を感じていた。
マナを見ることが出来ない彼らでも、感じ取ることが出来るほどの高密度のマナを敵武人が纏っていたのだ。
すると突然―――
危険を察知したドルアヒム将軍が咄嗟にベルハルトの前に飛び出し、単騎で敵武人に勝手に挑みかかった!
「ッ―――ばっ! ドルアヒム何を!?」
ベルハルトは叫ぶが、その声はもうドルアヒムには届かない。
単騎先行するドルアヒムの背中を見守るしかないベルハルト。
「我が名はドワーフ軍将軍ドルアヒム。 名の有る武将とお見受けする――― いざ尋常に勝負!」
ドルアヒムの口上を聞いた不気味な武人が笑みを浮かべ口を開いた。
「フン…… 我が名は鬼神軍将軍ダードラー! 鬼神族随一の猛将とも謳われているこのダードラー様の名を、冥途の土に心に刻むといい」
ドルアヒム将軍の決死の口上に面倒くさそうに答えたダードラー将軍。
その横柄な態度に一切の嫌悪も見せずドルアヒム将軍は自慢の巨大な大斧でダードラー将軍に斬りかかった。
『あっ………』 戦いを見ていたイザベルから一縷の声がこぼれた。
その光景は、音もなく静寂の中、一瞬で勝敗が付いてしまった。
『フン――!!!』ダードラー将軍の気合の声だけが響き渡り、直後ドルアヒム将軍のあの強靭な肉体は呆気なく大太刀により真っ二つに両断されてしまった。
「あ“ぁ”ぁああ―――っ! ドルアヒム―――っっっ!!!」
静寂の中、イザベルの声だけが戦場に響く。
ドルアヒムが両断された光景を目の当たりにしたイザベルがベルハルトの前に飛び出した!
そして単独でダードラー将軍に向かって駆けてゆく!
「ま、待て―――イザベル!!」
ベルハルトはイザベルに叫ぶと同時にすぐ部隊の馬足を急停止させた。
………だが、イザベルの馬足だけは止まる気配を見せなかった。
現状、バーデン王の部隊が足を止めても、広場を囲う鬼神兵達に襲ってくる気配は無い。
圧倒的力を持つダードラー将軍の命で動けないのだ。
その非合理的なやり方は、ただの強者が行えば自信過剰で目立ちたがりの愚行となる場合が多いが、絶対強者が行えば自軍の士気を高めるパフォーマンスとなり得る。
そしてダードラー将軍は部下の期待通りに鬼神族内でも噂に高い、ドワーフ族の猛将ドルアヒム将軍を一蹴しその力を見せつけた。
そして次は―――
さらに鬼神軍にその武勇を轟かす『裁きのハルバード』を持つ女騎士イザベル。
馬足を止めたバーデン王の部隊そしてそれを囲む鬼神軍部隊、皆が動けない中イザベル将軍とダードラー将軍の一騎打ちだけが繰り広げられる。
「我が名はドワーフ軍将軍イザベル! 今討ち取られたドルアヒムとは旧知の中だった………尋常な勝負に仇討ちと無粋な事は言わぬが、ダードラー将軍! 我とも勝負願いたい」
ドルアヒムに続きイザベルまでもが、あの強大な敵に一騎打ちを挑んでしまった。
この敵に囲まれている現状で、もしイザベル将軍までも討ち取られてしまえば………
最大戦力の将軍二人を失う致命的な状況に陥る。
だが、ベルハルトも理解していた。
ドルアヒムもイザベルも、意地やプライドで無謀な勝負に挑んでいるのではない事を。
イザベルに至っては、ドルアヒムの散り様を見た時からいち同僚の域を超えているようにも思えたが………
しかしダードラー将軍の異常な強さを感じ取った二人は身を以てベルハルトに攻略法を教えようとしているのだ。
自分の身を犠牲にまでしてそんな事をしているのは、ダードラー将軍を倒すしか前に進める打開策が無いからだ。
二人の将軍は自分の命を代償に、主君に突破口を開こうとしている忠義の武人と言える。
イザベルとダードラーの一騎打ちが行われている。
接近戦を得意としたドルアヒムはダードラーに接近戦を挑み一瞬にして敗北してしまった。
その敗北はベルハルトにダードラーとの接近戦がどれ程危険なものなのかを教えてくれた。
そして今、イザベルは『裁きの槍斧』の力を存分に活かし、長・中距離から攻撃を仕掛けダードラーの攻撃範囲を見極めている。
今のところヒヤリと肝を冷やす攻撃は何度も飛んでくるものの、辛うじてイザベルはそれを躱せている。
これまでの戦いを鑑みれば、ダードラーの超攻撃範囲とも言える絶対領域は敵との間合い二メートルと言ったところだろう。
だが、今のままではイザベルの伝説級武器『裁きの槍斧』の攻撃でもダードラーに深手を与えられない。
それはイザベルが中距離以内に入れない事が大きな要因なのだが、それ以外でもダードラーの身に着けている不気味な赤黒い鎧も要因の一つのようだ。
イザベルの持つ『裁きの槍斧』の槍斧固有技『大地の断罪』はダメージを与えた相手を中心に地を伝い周囲の敵にも大ダメージを与えられる事が世間では有名だ。
だが一騎討ではその周囲へ広がるダメージを相手一騎に集約させることも出来る。
いや、この使い方こそが『裁きの槍斧』の本来の使い方と言える。
周囲へ広がったダメージでも敵を戦闘不能へと陥れる威力が、もし一騎へと集約されれば容易く命を奪う程の威力となる。
今、イザベルの槍斧はダードラーへ致命的な一撃は与えられていないものの、かすり傷程度には届いている。
本来これだけでも『裁きの槍斧』の固有スキル『大地の断罪』は発動し相手に大きなスキルダメージを与えられる。
それはかすり傷程度でも致命的となる毒が塗られている武器と同等の脅威、それほど『裁きの槍斧』は厄介で強力な武器なのだ。
しかし………かすり傷を負いスキルダメージを受けている筈のダードラーに弱っている気配は見られない。
ダメージが届いている気配が無いのだ。
そこから考え得る事は、誰が見ても一目で普通ではないと分かるダードラーが身に着けている不気味な赤黒い鎧が要因と推察される。
あの鎧がもし伝説級以上の代物だったとすると―――
魔法やスキルのダメージ軽減、もしくは無効化などと言った強力な代物かもしれない。
勿論それは保持者の技量に依存するのだろうが………
「まったく、ちょこまかとウザい奴だ。 時間の無駄だ、逃げ回らずさっさとこのダードラー様と討ち合え! お前も先程討ち取った奴同様、大した事は無さそうだのぅ………」
「ッ―――!!」
ダードラー攻略の為にイザベルが作ってくれた時間を無駄と言われた事にベルハルトは腹を立てていた、だがいつも冷静なイザベルにはそんな安い挑発が利くはずもない。
いや………筈だった!?
しかしイザベルの戦い方が突如変わる!
それまで中長距離を必ず守って居たイザベルがダードラーの絶対領域二メール以内へと突入した!
「なっ―――! イザベル!?」
ダードラーは自分の絶対領域に入ったイザベルを見て『ニヤリ』と笑い大太刀を振るう。
三尺を超える大太刀がイザベルに迫る!
一騎討を見ている騎士達もベルハルトすらイザベルが斬られたと思った。
―――しかし!
イザベルはドルアヒムを一刀両断したダードラーの凄まじい斬撃を紙一重でかわした。
ダードラーの必殺の一撃を交わしたイザベルに、味方のみならず敵からも感嘆の声が上がる。
だが、イザベルにかわされ空を切ったダードラーの剛剣はそのまま流れることなく瞬時に切り返り、下から上へと素早く跳ね上がる。
今度はダードラーの剣技に周囲の騎士から感嘆の声が上がる。
渾身の力で振り下ろされた三尺を超える大太刀を瞬時に切り返す事は常人には不可能だ。
シンプルな技だけにダードラーの剣技が毎日何百何千と刀を振り続け磨かれたモノだと分かる
豪だけの者と思っていたダードラーのその剣技の技量にベルハルトは息を呑み背中に冷たいものが走った
――だがしかし、その絶技とも言える切り返し技すらもイザベルはまた紙一重でかわして見せた。
ダードラーの剣技とそれを紙一重で躱すイザベルの技量、異次元の戦いを見守る騎士達は驚き声を失っていた。
――だが、連撃を放てばどんな達人でもその直後、体が必ず硬直し動きは一瞬止まる。
その隙をイザベルが逃すはずはない………いや、イザベルは危険を冒しダードラーの絶対領域に入りその隙を作ったと言うのが正しい!
大技を繰り出し動きが止まったダードラーに、イザベルの槍斧の突きの一撃が繰り出される!
「なっ………!?」
イザベルが放った渾身の突きはダードラーの胸を捉えた。
しかし、その渾身の突きは鎧に弾かれスキルダメージすら通った感じは見受けられなかった。
伝説級武器と伝説級防具の衝突による結果。
やはりあの不気味な赤黒い鎧はイザベルの持つ『裁きの槍斧』と同等かそれ以上の業物と判明した。
ダードラーの顔が見る見る赤く高揚し怒りに震えている。
今の打ち合いはお互いダメージは無かったものの勝負としてはイザベルの勝ちだった。
その事がダードラーのプライドを刺激する。
今の打ち合いでダードラーより力で劣るイザベルがどうして勝ち得たか?
それは今までイザベルが中長距離から行っていたスキル攻撃だ、まったくダメージを与えていないように見えた攻撃も微量にはダメージを与えていたのだ。
微量のダメージも塵も積もって蓄積されれば多少影響が出る。
イザベルはその時をじっと我慢し待ち、時が来た時にダードラーの挑発に乗ったように見せかけて斬り込んだのだ。
ダメージが微量過ぎてダードラー自身も気づけなかった、しかし上位者同士の戦いに置いてその微量な差が致命的な大きな差を生む。
とくにイザベルの『裁きの槍斧』の固有スキル『大地の断罪』は敵の動きを止める作用がある。
しかし………イザベルの顔が濁る。
イザベルは今の一撃に全てを賭けていたのだ。
そして今まだ、間合いはダードラーの絶対領域内。
『裁きの槍斧』のスキル『大地の断罪』のダメージ蓄積がダードラーから抜ける。
今の戦いでは一瞬後れを取ったがダードラーも達人の域に達した上位者、その程度のダメージの事は気づけばすぐ修正する。
三尺を超える大太刀が再びイザベルに振り降ろされる―――
渾身の一撃を繰り出した後、体が硬直し隙が生まれるのはダードラーだけではない。
無慈悲な大太刀はイザベルの肩から胸にかけて食い込みイザベルに致命傷を与えた。
ダードラーはイザベルを両断できなかった事に不満を抱き、イザベルの体を大太刀から引き抜く様に足で蹴り飛ばし、ベルハルトの前へ転がした。




