第八章68 ドワーフ王国の王3
『ベルハルト。 そろそろ言霊に慣れていないベルハルトは会話で集中できないでしょうから一時中断します』
『あぁ、すまない』
『ですがその前に上空から見た戦場の様子を視覚化して送ります。 それを元に脱出経路を考えてください』
『あぁ。………って…はぁ? な、なんだ戦場の様子を視覚化って!?』
『説明している余裕無いでしょうから今は見て理解してください』
『ちょっ……おぃディケム!?』
『この上空からの情報を定期的に送りますので申し訳ありませんが自力で何とかしてくださいね。 ベルハルトが領土線より敵陣に深く引きずり込まれている現状では、これ以上人族の俺達が表立って手助けする事が出来ませんから』
『あぁ分かっている。 なんだか分からないがお前が言うのだから、その視覚化ってヤツは為になるのだろう? やってくれ』
ベルハルトも人族であるディケムが直接手を出せない事は十分理解している。
そんなルールかも逸脱しそうな魔神ラトゥールでさえ領土線を越えていない。
ルールを守っているのだ。
それにしても………
『上空から見た戦場を視覚化して送る』ってなんだ?
ディケムの言葉を理解することが出来なかったベルハルトだったが……
パッチっと頭に静電気が走ったかと思うと、脳裏に戦場を上空から見た絵が鮮明に映し出された。
「なっ……ちょっ! なんだこれは?!」
理解できない事が起き、少しパニック状態となったベルハルトだったが。
今更ディケムの非常識を考えても意味が無いと、すぐに頬を叩き頭を冷やした。
そして頭に浮かんだ絵を冷静に見ると………今の戦場の状況が良く分かった。
そして自分達の置かれている現状もこれで良く解る。
『こ…これは………』
今、重要な事は『どうしてこんなことが出来るのか?』………ではない。
今あるこの情報をいかに利用し状況を打開できるかだ!
頭に浮かぶ映像を注視すると、今自分達が向かっている領土線方向には敵の兵が何層にも厚く敷かれ、とても抜けられない事が分かった。
上空から見た映像が有って初めて気づけた事だ。
鬼神軍もバカではない。あえて領土線方面に薄い兵の壁を敷き一見突破できそうに見せかけて、実はその壁が何層にも重なり決して抜け出せない罠を仕掛けていたのだ。
平常の戦闘時なら、歴戦のベルハルトならこの罠を疑ったかもしれない。
しかし敵陣奥深くまで引きずり込まれ冷静さを失っていた今、ベルハルトはこの罠に気付けなかった。
『このまま戦っていたら敵の思う壺だった』とベルハルトは猛省した。
そして改めて上空から見た映像を分析すれば………
脱出の可能性が少しでも有るとすれば、それは領土線とは逆方向。
むしろ敵本陣に進むしか無い!―――と判断した。
言霊通信を終えたベルハルトは戦場に集中する。
もう既に自分が手塩にかけて育て上げた第一騎士団はかなりの数を減らしていた。
そして期せずして合流したグスタフ将軍は奮闘している。
不本意では有ったが、もしグスタフが来てくれなかったら既に部隊は崩壊しドワーフ族はバーデン王を失っていただろう。
ベルハルトは直ぐにグスタフの元へ馬を走らす。
「グスタフ! ディケム殿からの連絡だ! どうやらドルアヒムとイザベルも貴殿と同じ持ち場を離れたらしい」
ベルハルトの話を聞いてグスタフは驚く。
「この状況で連絡が取れるとは………人族の英雄殿は恐ろしいな」
「あぁ、それに情報はそれだけじゃない、俺達の状況も教えて貰った。 俺達の向かっている方向は敵の罠だ」
「………なるほどそぅ言う事か。 どうりで敵の隊列が脆すぎる訳だ、だがそれでどうする? だからと言って……」
「あぁ分かったところで俺達に助かる術は無い。 だが少しでも確率の上がる方に進む、生にしがみ付くため俺達はこれから敵本陣に向かう!」
「ほぅ……面白い! バーデン王親衛部隊長はベルハルトお前だ、思う存分俺を使え!」
「グスタフ助かる。 それから戦場に違和感のある場所が一ヶ所ある。 たぶんドルアヒムとイザベルがそこに居ると思われる。 バーデン王をこの窮地から救う為に奴らの力も必要だ。 二人を回収して一気に敵本陣に向かう!」
「おぉ!」
ディケムからの情報を得、迷いを捨てたベルハルトは敵軍の中を突き進む!
定期的に送られてくる視覚化された戦場図を頼りに、常に動き回るドルアヒム将軍とイザベル将軍の位置を正確に掴み方向修正しながら二人の将軍の元へと突き進んだ。
敵に囲まれた死地の中、グスタフに守られているバーデン王は迷いなく逆方向敵陣深くへと進むベルハルトに口を出す事は無かった。
王の親衛隊とも言えるベルハルトを絶対的に信頼しているのも確かだったが、先程『ディケム!』とベルハルトが口走ったのを聞いた事が大きい。
方法は分からないがベルハルトとソーテルヌ卿は連絡を取り合っている。
バーデン王はベルハルトがあの規格外の人族の英雄と旅を共にする中で、絆を育んだことを知っている。
それは元々バーデン王が今後のドワーフ族の為、そうあって欲しいとマリアーネの同行にベルハルトを指名した事でも有ったのだが………
ソーテルヌ卿に不快感を持っていたベルハルトがどのように彼と絆を育むに至ったのか………、本当は酒の肴としてじっくりと聞きたいと思っていたのだが、この状況ではその機会はもう得られないだろうと残念に思っていた。
だがバーデン王は確信していた、人族領に移り住んだドワーフ族に必要なのは、古い体制の自分ではなく新しい世代のベルハルト達だと。
願わくばマリアーネだけでも………とは思うが、それは時代が決める事。
王族が必要か否かは時代と共に変わり、民がそれを決めるのだと………
『民の為、ベルハルトだけは死なせてはいけない―――』
それがバーデン王の今の願いだった。
敵軍の中を突き進むと……… 一瞬敵兵の人波が開ける!
「ドルアヒム! イザベル!」
「陛下!!!」 「陛下! ご無事で!」
バーデン王は目を見張った。
信じてはいたが期待してはいけないと思っていた。
しかし驚く事にベルハルトはこの敵軍に囲まれた中、本当に見事ドルアヒム将軍とイザベル将軍と合流を果たしたのだ。
「ドルアヒム! イザベル! この隊の総指揮はベルハルトに任せている。 その方らもベルハルトに続け!」
「「はッ!!!」」
皆、再会を喜び合いたかったが今は敵軍の真っただ中、悠長にお互いの無事を喜んでいる場合ではない。
バーデン王と合流を果たしたドルアヒムとイザベルは王の指示通り即座にベルハルト将軍の指揮下に入る。
………しかし二人は直ぐに『『え?』』と驚愕する。
二人と合流する為、ベルハルトが一先ず敵陣奥へと突き進んで来た事は理解できなくもない。
勿論その事により陛下を危険に晒した事に思う所が無い訳では無かったが……
それほど将軍二人の力は大きいと言う事、この窮地を脱するには必要な戦力と判断したと理解した。
しかし合流した後ベルハルトが目指した方向はさらに敵陣奥だった。
『ッ――なっ!』 『バルハルト―――!?』
しかしドルアヒムとイザベルも迷いないベルハルトの目を見て理解する。
ベルハルトには今この戦場全体が見えているのだと。
それはこの周りに敵しかいない戦場でベルハルトが二人を探し当てた事からも明白だった。




