第八章65 二人の狂戦士
―――プリシラ視点―――
プリシラとアーロンは鬼神族軍の背後を突く為、猛烈な速さで走っていた。
その速さは既に人の域をはるかに超え馬よりもはやかった。
いくら潜在能力を一〇〇%引き出せる狂戦士化したと言ってもその速さは常識をはるかに超えている。
⦅な、なにこの感覚………⦆
プリシラはこの旅の間ずっと、誰にも気づかれないよう怒りの精霊を心の深層に閉じ込めていた。
そして今、その力を解放した時―― この地の異常な状態に気づいた。
⦅こんなにも精霊達がざわついている……⦆
⦅いえ、活性化しているの? こんな事初めて……⦆
それはまるでこの地に属性の嵐が吹き荒れているよう。
⦅多くの精霊を使役するソーテルヌ総隊の精霊部隊がこの地に来て居るから?⦆
⦅それとも…… ついに四大元素の精霊を全て統べ、名実共に精霊王となったディケム先輩がここに居るからなの?⦆
そして、
この地の精霊が活性化している様に、プリシラの中に居る『怒りの精霊』の力も活性化していた。
⦅すごい凄い――! 今なら何でも出来そうだわ!⦆
今、プリシラとアーロンは、鬼神族の捕虜となった時から着せられていた鬼神族特有の服を着ている。
その服は一枚の布を羽織ったような直線的なシルエットで、動きやすくは有ったがプリシラ達は違和感を持って着ていた。
しかし今となってはそれが好都合だった。
いま頭まで布で隠したプリシラ達を人族だと認識する鬼神兵は居ない。
さらに味方だと思い込んでいるから鬼神軍の背後を簡単に突くことも出来る。
その上混戦になってしまえば自分達と同じ服を着るプリシラ達を鬼神兵が見分ける事は非常に難しくなる。
アーロンとプリシラは最初二人並んで鬼神軍の背後に一直線に向かって走っていたが直後に二手に分かれた。
アーロンはそのまま。
プリシラは分かれ左に急旋回して小高い丘に立つ縦長の巨石へと向かった。
アーロンは分かれたプリシラに見向きもせず直進している。
二人は会話をせずともパスで繋がりお互いの行動を理解しているようだ。
小高い丘にたどり着いた小柄な少女が……
自分の背丈の四倍は有ろうかという縦長の巨石を持ち上げる。
そして鬼神軍の背後に投げ飛ばした!
それは有り得ない光景だった。
鬼神兵は皆ドワーフ軍を見据え背後のプリシラ達に気付いては居なかったが、もし見ている者が居たとしたら、これは夢だと頬をハタいた事だろう。
その力は狂戦士の力をはるかに超えていた。
人知を超えた早さで走り抜けたアーロンは鬼神軍の背後に近づくと、その速さを殺さぬまま最後尾の兵を殴り飛ばした。
殴り飛ばされた兵士は宙を舞いそのまま周囲の兵を五~六人巻き添えに吹き飛んで行った。
そして―――その直後!
プリシラが投げ飛ばした縦長の巨石も鬼神軍の背後に着弾した。
ドォオオオオオ―――ン!
巨石が着弾した轟音が鳴り響き鬼神兵が異変に気づくが、土煙が巻き起こり惨事を覆い隠した。
土煙が風で流されると………
そこにはアーロンに殴り飛ばされた鬼神兵が即死し、そして多くの鬼神兵が大岩の下敷きとなり絶命していた。
背後からの突然の奇襲に混乱した鬼神兵達、その混乱に乗じて鬼神軍の隊列に紛れ込んでいたアーロンが直ぐ近くの鬼神兵の刀を奪い瞬時に斬った。
刀で斬られた鬼神兵はいとも簡単に両断された。
混乱に乗じたアーロンは、無人の野をゆくが如く鬼神兵を次々と両断し斬り進んだ。
今、目の前で起きている惨状を鬼神兵達は理解できないでいた。
しかし次々と斬られて逝く味方を見、鬼神兵達もすぐに我を取り戻す。
そしてその現実に驚愕した。
鬼神族軍の真っただ中に、強大な力を持つ狂戦士が顕現した。
しかも最悪な事に味方の兵を襲っている。
この狂戦士が尋常ならざる力を持っている事も分かる。
なぜなら強靭な肉体を持つ鬼神兵を軽々と両断しているからだ。
そしてさらなる異変に鬼神兵達は気づき始める……
通常狂戦士とは、凄まじい力で敵に襲い掛かり暴れまわるものだ。
最悪、味方も巻き込むほど狂戦士は自我が薄い。
手に持つ武器も使ったとしても振り回す程度、そして我武者羅に突撃してゆく事が多い。
だから対処法として接近戦を避け、離れた場所から遠距離攻撃する事が最善とされているのだが………
今、目の前に居る狂戦士は武器を使いこなしさら攻撃も避けた。
さらにもう一体遠くから有り得ない大きさの巨石を投げ飛ばしてくる狂戦士が居る。
そして驚くべきはこの二体の狂戦士が連携を取っている様に見える事だった。
―――そう。
それはこの二体の狂戦士が明らかに自我を持っている事を証明していた!
『………それなのになぜ?』
この最終決戦でとうとう誕生した意思を持った狂戦士。
その究極の狂戦士がなぜか味方を襲っている!?
混乱がさらに鬼神兵達の対処を遅らせ被害は拡大していった。
そして鬼神達は身を以て知る事となった。
ただでさえ脅威だと思っていた狂戦士が、意思を持つとこれ程までに強いのかと……
究極の狂戦士は鬼神兵達を心胆寒からしめた。
アーロンは次々と刀で鬼神を両断してゆく、その力に刀は直ぐ刃こぼれするがアーロンはそのまま刀で殴るように斬り捨ててゆく。
刀が耐えきれず折れると、アーロンはすぐに倒した鬼神の刀を奪い、また死体の山を量産していった。
そしてプリシラはアーロンと連携し、外周から大岩を投擲する。
普通、この手の攻撃はカタバルトと言う置き式の巨大な機械で行う。
カタバルトは非常に強力な兵器だが巨大な為簡単に動かすことが出来ないデメリットを持つ。
その為白兵戦になれば真っ先に敵に破壊される事が多い。
だが今………、
カタバルトと同じ攻撃をプリシラが目を見張る速さで走りながら行ってくる。
その攻撃はカタバルトでも打ち出せない大岩や、引き抜かれた大木もそのまま投げ込まれてくる。
外から巨石が降り注ぎ、内には両手に刀を持った修羅が仲間をバターの様に切り裂いている。
この二人の働きは軍隊戦における損失に当てはめれば大した数では無かった筈だ。
もし冷静に対処されていれば直ぐに潰されていた筈である。
しかし度重なる理解を超えた現象を目の当たりにしてきた鬼神兵達を、パニックに陥れるには十分な働きだった。
鬼神軍後方部隊のパニックは収まるどころか広り行き大きな流れとなった。
―――ラトゥール視点―――
「ラトゥール様、鬼神軍後方部隊に動きが有ります」
「ほぅ、ようやく領土線を越えて攻めて来てくれる気にでもなったのか?」
「いえ、それが……… 諜報部のメリダ様からの報告では、どうやら後方で二体の狂戦士が暴れている様なのです」
「ふん。 とうとう力を暴走させ自滅でもしたか? 分をわきまえず過分な力に頼るからそのような事になるのだ」
「あの…いえ…それが………、どうやらその二体の狂戦士は人族ではないかと……… メリダ様の見立てでございます」
「はぁ!? 人族だと?」
「は、はい。 メリダ様の話ですと二体とも鬼神族の服を纏い布で顔を隠しているので確証は御座いませんが…… たぶんソーテルヌ閣下の『付き人』として就いていた者ではないかと……」
「なっ! ディケム様の後輩だと!? それが狂戦士化して暴れていると言うのか?」
「はい。しかもメリダ様の連絡では二人は明らかに連携を行い、自我を保っているとの報告でした」
「自我を保って狂戦士化しているだと? 二人共あの『怒りの精霊』をコントロール出来ていると言うのか? 面白い……だが、厄介だな」
「厄介と言いますと……? 二体の狂戦士のお陰で鬼神軍後方部隊はパニックに陥り前衛部隊を押しています。 このまま行けばなし崩しに鬼神軍はポートブレアの領土線を越えてくれるのではないでしょうか?」
「それは願ったりの展開だが…… 知ってしまった以上その二人も見殺しに出来ぬだろ? ディケム様の付き人なのだぞ。 もし死んでしまったら、あとで私が叱られてしまうではないか!」
「へ………?」
「まったく面倒な……… お前! この戦いに持って来たレジーナの新作武器をその二人に届けてやるようマディラに伝えておけ! あとはマディラが良い様に手配するだろう。 それからメリダにその二人のサポートをしろと伝えろ、もちろん鬼神共に気付かれずにな」
「はっ! ………し、しかしレジーナ様のせっかくの新作を、ディケム様の付き人とは言えまだ新米兵の二人に渡しても良いのでしょうか?」
「新米だが…… 『怒りの精霊』をコントロール出来ている時点でその二人は既に我が隊の貴重な精霊使いだ。 それ位の価値が有ると知れ」
「ッ――! はっ!」
「だが、ここまでしてやっても死ぬ様なら所詮その程度だと言う事だ。 二人共……その戦場から生き延びて見せよ」




