第八章63 プリシラ・ロックウォーター
時間は少しさかのぼる。
アンドレア達は砂丘の上で戦場の惨状を成す統べなく見つめていた。
戦場ではドワーフ族の一般市民が次々と殺されていく。
もちろんドワーフ軍も必死に戦っている……
しかしこれまで対等な条件で戦っても勝てなかった鬼神軍に、足手まといとなる膨大な数の一般市民を庇いながら戦うなど不可能な事だ。
戦場では無慈悲に弱い者から命を奪われてゆく。
鬼神兵は最初、兵士ではなく脆弱な一般市民を標的に定め、ドワーフ兵が一般市民を庇いに来た所を倒した。
そして兵士が居なくなれば次に一般市民の命も奪われていった。
戦争時下において一般市民が犠牲になる事は珍しい事では無い、ましてや滅亡を賭けた種族戦争の最終局面ともなれば尚更の事だ。
………しかし、『ひどすぎる……』
アンドレア達四人は戦場の惨劇を見て言葉を失っていた。
弱い者から狙う鬼神族の無慈悲な戦い方。
なすすべなく命を奪われてゆく弱者。
それを阻止できる力を持ちながら、大人の都合で動かない人族軍。
戦争では当たり前の事が……
まだ心が純粋な四人には全てが許せなかった。
普通ならこの現状で彼女ら四人は、例え許せなかったとしても只傍観する事しか出来なかったはずだった。
しかし………
「―――俺が行く!」
「「ッ―――!? アーロン!!!」」
「俺なら狂戦士になって鬼神軍の背後を突ける」
先日狂戦士化の切っ掛けを掴んだアーロンが口火を切った。
「なにバカな事言ってやがる!?」
「い、いくら狂戦士だって…… 一人じゃあの軍勢の前では無力よ」
「そんな事は俺だってわかってるさ! でも……あんなの……」
「…………」 「…………」 「…………」
アーロンを諫める皆だったが、心情的には皆彼と同じ気持ちだった。
『もし自分に力が有ったのなら』……と
「今まで味方と信じ切っていた狂戦士に突然背後から襲われたら…… きっと鬼神族だって混乱すると思うんだ! もし混乱さえ招ければ奇跡が起こるかもしれないだろ?」
「奇跡って…… そんな運まかせな作戦なんて……」
「混乱が起こせなきゃ…… あんた確実に死ぬぞ!」
「それでも………奇跡だって動かなきゃ何も起こらないだろ?」
「………たしかに」
誰もが『この現状を何とかしたい』と思っていた。
故に………アーロンの話は危険すぎるけど、無い話しではないと思ってしまった。
アーロンは狂戦士になって敵を殲滅させようと言っている訳では無い。
混乱だけ起こし、鬼神族に領土線防衛ラインを越えさせたいだけ。
そうすれば後はラトゥール率いるソーテルヌ総隊竜騎士部隊が鬼神族を殲滅してくれる。
『なら………』アンドレアがそう言いかけたとき―――
「奇跡は良いですけど、先輩は狂戦士になって感情を制御できるんですか?」
その場にいた皆が目を見張った。
アーロンに投げかけられたその言葉が、今まで自分からは一切話に乗って来なかったプリシラから発せられたものだったからだ。
いつも興味なさげにその場に流されるだけ………と思っていたプリシラが口にした言葉。
言い淀むアーロンへと更にプリシラが口を開く。
「狂戦士化をコントロース出来なければ、奇跡を起こすどころか逆にドワーフ族にまで襲い掛かる可能性すらあるんですよ!?」
さらなるプリシラの指摘に皆言葉を失った。
イ・シダール先生が居る時にアーロンは狂戦士化から元に戻ることが出来た。
しかしそれは明確に『コントロール出来た』と言い切れるほど確かなものではなかった。
アーロン自身は自信を持っていたが………
しかしこの局面で『絶対?』と聞かれれば『大丈夫!』とは断言できなかった。
アーロンが反論の言葉を探している時、プリシラが驚く言葉を口にした。
「それなら……私も行きます。 私が一緒に行って先輩の怒りをコントロールしてあげますよ」
『『『………はぁ?』』』
プリシラが口にした言葉を三人は理解できなかった。
「プリシラさん……… 何を言ってるの?」
「そうだプリシラ、お前……頭でもおかしくなったのか?」
「プリシラ。 頼もしい話だけど君にどうにか出来る事じゃ無いだろ?」
―――すると!
プリシラの目が赤く染まる!
それは狂戦士化した時の特徴。
「「「ッ―――!? プ、プリシラ?!!」」」
「………私は。 人族救済の為、お祖父様によって人為的に精霊を強制憑依させられた精霊使いです」
「なっ!?」
「人為的に憑依って………!?」
「そんな事出来る筈がない!」
「皆さんも知っての通り精霊との契約とは命を賭けた契約です。 殆どの人は精霊に拒絶され命を失うと言われています」
「うん」
「もし成功する確率が一%しか無いのなら…… 一〇〇人に試し一人成功すればいい。 それでダメならさらに一〇〇人追加すれば良い。 それがお祖父様の行った実験でした」
「「「なっ……!?」」」
シャンポール王国に六家しかない侯爵家。
その貴族の頂点とも言って良いロックウォーター侯爵家が行った実験。
ロックウォーター家と言えば、ミュジニ王子の婚約者オリヴィエ嬢を排出したグリオット侯爵とは対照的に、ドロドロとした貴族社会において珍しくクリーンなイメージがあった。
しかし、そんなロックウォーター侯爵家が裏ではそんな悍ましい実験を行っていた事に皆言葉を失っていた。
「そんな話し有り得ない…… じゃあ精霊使いの才能を持った人を一〇〇人も集められたと言う事? ラローズ先生だって探し回って数人しか集められなかったのよ?」
「……いえ。 精霊魔術師とは元々魔法を極めた魔術師がさらなる上の力を得る為に精霊との契約するもの。 たとえ精霊使いの才能が薄すくとも魔法の才能が有れば契約できない事はないのですよ………数さえこなせれば」
「数さえこなせればって…… その一回一回に人の命が掛かっているのでしょ?!」
「はい。 しかも精霊使いの才能が薄ければそれだけ成功の確率が下がります。 一〇〇回が一〇〇〇回になるように………」
「そんなプリシラあなた………」
「アンドレア先輩。 人族が滅亡すればその犠牲は一〇〇〇人どころでは無いのですよ? 今、目の前で起きている惨状を見ても……先輩はお祖父様の行った実験を間違った事と言えるのですか? 私は納得して受け入れたのです」
「でも、ディケム先輩が何とかして―――………」
「―――その他人頼りの考え方は危険ですよ先輩! 私はディケム先輩にただ守ってもらうのではなく、隣で一緒に戦いたいと思っています」
「ッ―――!!!」
「話しを戻します。 実験に使う素体は少しでも確率を上げる為、少しでも心がピュアな子供達が集められました。 多くの失敗を重ね多くの尊い命が失われました。 そして実験も佳境に差し掛かったところで……流石にこれ以上秘密裏に子供を集める事が難しいと判断したお祖父様は、最後の望みを賭けて孫の私を使ったのです」
「「「なっ!?」
「人が一〇〇〇人集まれば好みも一〇〇〇通り、それは精霊も然り。 物好きな精霊が私を選んだのです。 私は……多くの子供達の犠牲の上に居るのです」
「「「…………」」」
「……でもディケム先輩を見て分かっちゃいました。 やはり無理やり作られた精霊使いの私はとても歪。 そして私を選んだ精霊も……やはり歪な精霊でした。 私を選んだ精霊は『怒りの精霊』、私は狂戦士になれます。 でも、才能の無い私がただでさえ制御が難しい『怒りの精霊』を制御する事は難しい…… これから体が成長し心と体のバランスが崩れればいつか暴走してしまう。 だからいつも暴走しないように私は感情を殺しているのです。 私の無感情な言動は皆さんを不快にさせたと思います、申し訳ありませんでした」
「でも………ならなぜプリシラはソーテルヌ総体に入る事を希望しているのですか? 今の話はロックウォーター家にとって決して公にしたくない話でしょ? 確かに総隊に入れば他の精霊使いの方々と学べますが、そんなリスクを冒さなくても既に精霊使いで侯爵家令嬢のプリシラなら他の選択肢もあったのではないですか?」
「お祖父様にとって私の力が期待外れだったからでしょうか? アーロン先輩にはきつい事を言いますが…… 本来精霊魔法師に期待する役割とは大規模魔法を行使する戦術的な存在です。しかしバーサーカーは簡単に言ってしまえばただ強い戦士と同義。さらに暴走の危険を持ち、使いづらいとなれば出来損ないと判断されても仕方ありません。 怒りの感情を制御できず暴れ回っていた頃の私はお祖父様にとって苦々しい存在だったのでは無いでしょうか? ならせめてソーテルヌ公爵様との繋ぎに使えないかと思われたのかもしれません。 事あるごとにお祖父様はソーテルヌ公爵様に私を娶ってくれと言われていますから……」
「「「…………」」」
「そんな作り物で出来損ないの私ですが―――、一応アーロン先輩より一日の長があります。 今の不安定なアーロン先輩よりよほど『怒りの精霊』をコントロールできます。 不良品のいらない私の使いどころはここだと思いませんか?」
「いらないなんて言わないでよプリシラ! 私達はもう仲間でしょ!」
「そうだプリシラ! ここで死ぬなんて許さねぇ」
「皆さん……ありがとうございます」
「……だがクソッ! 確かにこの状況を何とかできるのはお前とアーロン先輩だけかもしれない、鬼神族を混乱させてパパっと帰ってこい!」
イグナーツの言葉に頷いたプリシラがアーロンに説明を始めた。




