第八章61 精霊魔法師の卵たち11
アーロン、アンドレア、イグナーツ、プリシラの四人は記憶喪失のレギーナを連れ見渡す限りの砂漠の中を歩いていた。
ディケムと天使との戦いに満足したイ・シダールは彼らを砂漠の真ん中で開放したのだ。
砂漠歩きに不慣れな四人。
皆、疲れ切り言葉すら出ない状態だったが、比較的体力のあるイグナーツが愚痴をこぼした。
「クソっ! なにが『さぁ~楽しい遠征旅行はこれでお終いです。 最後の授業としてこの砂漠から無事に帰還してください』だ! あの野郎、結局俺達を生かして帰すつもりなんて無いだろう!」
開放された時、四方見渡す限りの砂丘に四人は呆然と立ち尽くすしか無かったが、生きる為に歩き出した。
しかし…… 歩けど歩けど変わらない砂だけの風景。
疲れ切った四人の頭に『死』の文字が浮かんだ時、記憶喪失で赤子同然のレギーナが、四人が向く方向とは別の方向にトボトボと歩き出した。
『ちょっ、レギーナさん!』
四人は最初レギーナを止めたが、『あぅ、あぅううう―――ッ!』と何度も同じ方向に歩き出すレギーナを見て『どうせ俺達じゃどうにもならない』と諦めレギーナの後に着いて歩く事に決めた。
そして歩き出してものの一〇分、目の前の大きな砂山の頂上に登った時、四人は直ぐ目前にそびえ立つ巨大なポートブレアの城壁を見た。
「なっ………!」 「嘘だろ!?」 「ちょっ……!」 「…………」
その瞬間ガラスが割れたような音が鳴り、四人の耳に目の前で繰り広げられている戦闘の轟音が響き渡った。
目の前の城塞港湾都市ポートブレアでドワーフ族と鬼神族の戦闘が繰り広げられていたのだ。
「おぃおぃおぃ―――なんだよこれ!?」
「俺達こんな戦場のすぐ近くで迷子になってたのかよ………」
「多分音とか遮断する魔法が掛けられてたんじゃないかな」
「さっきまで煙も見えなかったしね……」
「あの野郎……」
四人は、ポートブレアのすぐ近くに転送させたにもかかわらず、音を遮断し方位を狂わせたイ・シダールの性格の悪さにウンザリしていた。
砂丘の上に立ち、アーロン達は戦場を見つめていた。
それはとても壮絶な光景だった。
ドワーフ軍は民を守る為必至に戦っていたが、鬼神族の戦い方はあえてドワーフ族の一般市民を狙い助けに入った兵を討ち取ると言う卑劣極まりない戦法だった。
一人また一人とドワーフ兵は倒れていた。
そして兵が少なくなった戦場では老いたドワーフ市民が男女問わず人の盾となり若い女と子供を逃がす為死んでいった。
ポートブレアで待ち構える軍隊は、城壁から数百メートルの場所に掘られた堀を越えず、堀を越えてきた敵兵だけを討ち取っていた。
堀の直前で止まってった敵兵には一切手を出していない。
中立都市ポートブレアに在中している兵はあくまで中立都市を守る為に存在している。
例えドワーフ族の兵士だったとしてもここでは中立の立場。
仲間が堀の向こうで倒れていてもあの堀から出て戦う事は許されない。
「あの堀がドワーフ族亡命の境界線なのか!?」
堀の向こうにはドワーフ族のゴーレムが立ち並び、その後ろには人族ボーヌ王国の旗、さらにシャンポール王国騎士団の旗も見える。
イグナーツはその中に騎士団十二部隊ダドリー・グラハム将軍の旗を見つけて目を輝かせていた。
そして城壁の上にも旗がはためいている。
「あの城壁の旗!」
その旗には盾が描かれ四分割に水・火・風・土そして両脇をドラゴンが支え上には王冠が描かれていた。
「あれはソーテルヌ公爵の紋章、ソーテルヌ総隊だ!」
城壁に陣取るソーテルヌ総隊の軍団は遠くから見ても明らかに異質だった。
騎士達が身に着けている貴族軍服からは禍々しいほどのマナが立ち昇り、その騎士の隣に待機するワイバーンも小型の飛竜種とは思えない大きさと凶悪な容姿をしていた。
まるで異界からでも召喚された魔神の軍勢のように見えた。
『総隊の竜騎士ってあんなにおっかなかったっけ………?』
一緒に訓練を受け、竜騎士を見慣れていた筈のアーロン達だったが、戦場で気魄を纏う竜騎士の姿にたじろいでいた。
鬼神族からも『ひっ……』と悲鳴と動揺の色が窺える。
竜騎士、その脅威は鬼神族も知っているのだろう。
一騎でも現れれば戦況を左右する程の力を持つ竜騎士。
そして地上白兵戦を得意とする鬼神族にとっては空からの攻撃は天敵だとも言える。
その竜騎士が百騎以上もポートブレア城壁の上で待ち構えている。
しかもあのワイバーンらしき竜は色も形も大きさもとても小型の飛竜種ワイバーンとは似ても似つかない。
その圧倒的プレッシャーが鬼神族を堀の手前で尻込みさせ、ドワーフ族には『堀さえ超えれば助かる』と信じ込ませていた。
「凄いプレッシャーだな」
「うん、流石はラトゥール様ね………」
「あぁ、鬼神族もビビッて堀を超えられない!」
しかし初めはこの戦場の迫力とソーテルヌ総隊の威圧感に只々驚くばかりのアーロン達だったが、次第に冷静に状況を見られるようになるとドワーフ族側の厳しい現状が見えてくる。
「でも…… ラトゥール様もあの堀は超えられない。 いま惨状が起こっているのは堀のこっち側よ!」
「うっ………」 「…………」 「…………」
冷静に人族軍の立場から見れば、現状は好ましい状況だと言える。
鬼神族は城壁に並ぶ竜騎士に畏怖し人族との戦いを避け、堀の手前で戦ってくれている。
しかし……
ドワーフ族に思い入れが出来てしまった者には現状は歯がゆいものだ。
鬼神族軍が一気にあの堀、防衛ラインを超えさえしてくれれば、ソーテルヌ総隊の竜騎士部隊が一気に鬼神族を殲滅してくれるのに。
しかし現状は、たまに勢い余った鬼神兵が堀を超え討ち取られているだけだった。
鬼神族側も堀を超えてしまった味方を助ける動きが無い事から、軍に堀を超えない事が徹底されているのだろう。
そしてそれは命令を守れるほど………
鬼神軍はまだ冷静に余裕をもって戦っていると言う事に他ならない。




