第八章58 王祖の力
私は鬼神族軍ダードラー将軍のもと副官の重責を預かるパルメールと申します。
内勤こそ天職と思っていた女の私が…… 何故こうなったのか?
ある日突然、あろう事か軍でも特に強硬派で有名な猛将ダードラー将軍の副官に任命されたのです。
そしてさらには現在戦争中のドワーフ族領バーデン王都攻め最前線への任を言い渡された時は、あまりの事で気を失い倒れてしまいました。
ですが今はさらなる重要な役目を賜り、気を引き締めて頑張っております。
そのさらなる重要な役目とは―― ドワーフ族領へ進行した鬼神族軍の監視。
それは侵攻軍を直接指揮するダードラー将軍を監視すると言う事だけでは無く、その更に上の戦争強硬派のハワーマハル第二王子とバラバック王弟殿下、この王族二人の監視をも意味するのです。
私ごときが王族の方を監視するなどおこがましい限りですが……
これはメヘランガル・ジャイサール国王陛下の勅命として、王女シークリー・ジャイサール様から密命を賜りました。
シークリー王女とはジャイサール国王陛下の三人のお子様の中で三番目の末妹。
アンベール第一王子と同じ穏健派として有名で、その整った容姿から穏健派の象徴の役割をされています。
ドワーフ族領侵攻。
私は最初の開戦からこの戦争を見てきました。
この侵略戦争が正しいのか正しく無いのかは私には分かりません。
それを考えるのは王族の方々、軍族に属す私は与えられた命令に従事するしか有りません。
しかし軍属と言っても自分達にも感情が有ります。
正直、ドワーフ族と言えば十六年前迄はずっと交流を続けてきた親交のある種族。
ドワーフ族への情が無いと言えばウソになります。
鬼神族の中でも私と同じ感情を抱いている者は少なくありません。
なのに…… なぜそのドワーフ族を突然侵略する事になったのか?
きっとあの突然鬼神国に現れ、すぐに軍師にまで抜擢されたあの男が原因なのでしょう。
私は、ここまでこの戦争を将軍の側という絶好の立場で俯瞰して見る事ができました。
ですが、俯瞰して見なくても誰でも気づいたでしょう……
この異常な戦場を。
確かに私は内勤が得意で元々戦場にはあまり詳しくは有りません。
ですが……
鬼神族軍の窮地に何度も顕現する狂戦士。
こんな事が有り得るはずが有りません。
私達鬼神族には古くからの言い伝えが有ります。
それは――
『戦場で窮地に陥った時、武を極めた鬼神の英雄だけが精霊フューリー様の力を借り狂戦士へと至る』
と言った伝承です。
これは鬼神族なら誰しも子供の頃から言い聞かされるおとぎ話。
『狂戦士となった英雄は自分の命を燃やし尽くし戦い、仲間を救いそして絶命する』と云った悲劇の英雄譚なのです。
ですが…… 本当のところこの戦場に来るまでは誰も狂戦士など現実に見た者など居らず、夢物語の産物だと思われて来ました。
なのに、今回の戦争だけでその伝説の狂戦士が何回顕現したのでしょうか?
しかも今戦場で狂戦士と化した兵士達は決して『武を極めた英雄』とは言い難い者達でした。
短絡的な者達はこれが聖戦の御業、奇跡などと自分達の良い様に解釈していますが、こんな事は有り得ません。
異常事態です!
もしかするとあの怪しい男が軍師にまで上りつめられた理由がそこに有るのかもしれません。
有ってはならない力を使う。
しかも何度も何度も………
そんな事をしていたら神罰が下るのではないでしょうか?
そんな私の不安が的中する事になりました。
【天使降臨】――………
神の世の秩序を乱したとき、天より現れ神罰を下すという滅亡不可避の存在。
その絶対的存在が天に降臨してしまいました。
しかもダンジョンなどで稀に出現する一介天使などでは有りません。
あれはたぶん降臨すれば必ず国が亡ぶと伝わる天災級の中位以上の天使様でしょう。
そう言えば。 人族の英雄が、記録が残る歴史の中で唯一『天使様の神罰』から国を守ったと最近聞きましたが……只の噂話でしょう。
今私が見ているあの天使様と対峙できる人間が居るとは思えません。
天に途方もない光りのエネルギーが集まっています。
あれが世に聞く神の御使いが下す『神罰』なのでしょう。
そのエネルギーが天に満ち臨界を超えたとき――
雲一つなかった空に亀裂が入り恐ろしい質量の光が零れ落ちて来ました。
光芒が一本また一本と差し込むように漏れ出る。
光芒が差した丘に居た、鬼神軍の中隊が一瞬にして消滅したのが見えました。
天使様の力からすれば我らなど道端の蟻に等しい存在なのかもしれません。
あの光が全て落ちて来れば全てが無に帰す事でしょう。
あぁぁ………あれが我々の終わり。
圧倒的な天使様の力の前に、皆逃げることも出来ずただ茫然と佇んでいます。
ここで我々鬼神族の軍はドワーフ族と共に【天罰】によって消滅するのでしょう。
なぜこんな事になってしまったのか………
⦅ジャイサール陛下……… シークリー王女殿下………⦆
⦅このような結末になった事をお詫びいたします⦆
私は目前に迫る死が怖くて目を閉じその時を待っていました。
ですが
………一向に訪れぬ終わり。
………辺りに騒めく声。
『ッ――主よ!』 誰かが呟いたその言葉に私は目を開けました。
あれは……新たな神様の降臨!?
光り輝く新たな姿がそこに有りました。
降臨したナニかに呼応して大地のマナが活性化し見渡す限り黄金に輝いている。
私などには今何が降臨したのかなど理解できません。
もぅこの戦いはどうなっているのでしょう?
狂戦士、中位天使、神………?
おとぎ話の存在が次々と現れます!
………でも、確かなのは今降臨された存在が天使様より我々を守ってくれている事。
あぁあああ………
奇跡が起こりました。
神の奇蹟が我々を守ってくれたのです。
それからの戦いは言葉にする事すら出来ないものでした。
さらなる中位天使の降臨、空を埋め尽くす一介天使………
神々の戦いを前に我々人は何もする事が出来ず、ただ祈る事しか出来ませんでした。
―――そして最後の時、私はアレを見たのです。
≪————奥儀! 金翅鳥王剣!————≫
膨れ上がった衝撃波と漆黒の炎が、ドワーフ領全域の空を埋め尽くした光の矢と共に一介天使と中位天使を焼き尽くしてしまいました。
ッ―――あぁあああ。 あれは―――!!!!
鬼神国王祖ヤマト・アスラ様しか使えなかったとされる奥義『金翅鳥王剣』!
近年では故魔神族ラフィット将軍が使い、ジャイサール陛下が王祖ヤマト・アスラ様より預かった鬼神族の宝『鬼丸国綱』を差し出した……… と、まことしやかな噂とされていますが真実は分かりません。
国の宝を失った国民は陛下に少なからずの不信感を抱きましたが、陛下はその時の事を頑なに話して下さりませんでした。
今の強硬派と穏健派が分かれたのもこの事が原因だとされています。
―――でも!
今、我々を守護して下さった存在が『金翅鳥王剣』を使った。
⦅王祖様……!?⦆
それはあの方が、我々鬼神族が長年待ち望んだ王祖ヤマト・アスラ様の帰還を意味するのではないのでしょうか?
空を埋め尽くした一介天使と後から召喚された中位天使が消滅すると、それを確認した最初に降臨した中位天使は天へと帰って行きました。
我々はあの方に救われたのです。




