第八章57 エクスシア戦 2
『あれはララじゃない! ララの姿を模した天使だ!』
………と、自分にい聞かせても胸が締め付けられる。
大好きな女のあんなズタズタな姿は見たくない。
能天使は乞うような顔で遠く戦闘を見守る主天使ハシュマルを見る。
……しかし、ハシュマルの答えは無情にも『行け』だったようだ。
能天使が悲壮な顔をした後、俺を睨みつける。
あの顔で俺以外の者に助けを乞い、俺へと敵視を向ける…… 許せない。
俺を睨みつけた能天使は残る片腕を俺へと突き出す!
するとその片腕にホーリーアローが顕現する。
どうやら弓を引く構えなど本当は必要ないようだ………
能天使が威嚇する様に何発もホーリーアローを俺へと放ってくる。
だが、矢は俺へ届く前に全てイフリートの近くで蒸発してしまう。
時間が経つにつれ、イフリートの温度が上昇している。
イフリートとゲヘナの炎の融合深度が増しているのだろう。
それでも能天使は何発も何発も俺へとホーリーアローを射ってくるが無駄だ。
――すると突如、俺を球で囲むよう無数の鏡が顕現する!
これは……
ララが得意とする、無数の光の矢を球状の鏡の中で反射させ四方から敵を攻撃する大技だ。
だが俺を囲む鏡は、能天使が矢を放つ前にイフリートの纏う熱で溶けてしまった。
『―――ッ!?』
能天使の顔が驚きと恐怖に歪む。
時間が経つにつれ、イフリートがやばい事になっている。
あれはもう……
イフリートではなく黑を意味する炎の神スルトその者で良いのではないだろうか?
すると――
恐怖に支配された能天使が突如俺へ背を向けて逃げ出した!
そして俺は能天使がララの姿だったからだろうか……
そこで一瞬躊躇してしまった。
そしてすぐ俺は後悔する事になる。
能天使は天へ帰る為に逃げたのだと思ったが、一定以上駆け上がった所で留まり振り返り俺を見て笑う。
そして何か呪文を詠唱したかと思えば―――天が光る!?
『また御使いの天罰なのか!?』俺は少し警戒したが………
今の俺なら 能天使が放つ“御使いの天罰”なら問題無い。
―――しかし、光った空から別の何かが現れた!
それは天を覆う一介天使。
一介天使は最下級の天使だがその数がえげつない!
このドワーフ領全域を覆いつくさんばかりの数だ。
「ッ―――なっ!!?」
能天使の存在が薄れてゆく、天を埋め尽くさんばかりの一介天使を呼ぶためにほぼ全てのマナを使い切ったようだ。
そして空を覆う一介天使達も一時的な顕現でしかないようだ。
一斉に構えた矢に光が集まるとともに一介天使達の存在も薄れてゆく。
ただ一撃―― 今、全てのエンジェルが放とうとする最大火力の『天使の矢』を放つ為だけに。
一介天使が放とうとしている矢は、能天使が放ったホーリーアローの威力とは比べるまでもない。
しかし数が異常だ。
一本一本が脆弱でも天から雨の如く降り注げばそれは破滅的な攻撃となる。
そして脆弱と言っても、今の俺から見れば……だ。
一介のドワーフ族民からすれば、一本の『天使の矢』ですら避ける事の出来ない死を意味する。
もともと、天使たちの目的は俺ではなくドワーフ族と鬼神族を消滅させる事だった。
俺を滅する事を諦めた能天使は本来の目的を遂行する為最後の力で大技を発動したようだ。
『これは完全に俺のミスだな………』
隙を与えず躊躇なく能天使を滅していれば………
俺の呟きに、ゴクッと言霊越しの固唾を吞むララの声が聞こえる。
『だ、大丈夫なのディケム? あんなの………』
『手は無くはない……』
『無くはないって……』
『大丈夫安心しろ。 ぶっつけで少し心配なだけだ、何とかする』
『う、うん………』
これ以上ララを不安がらせるわけにもいかない。
俺はイフリートを見る。
俺の視線にイフリートも頷く。
すると――
イフリートを起点にドワーフ領の景色が暗転する。
今の神格化した俺とイフリートならもしかしてと思ったが、上手く出来たようだ。
イフリートの固有スキル『固有結界』の領域を無くし薄く広げたのだ。
その規模はドワーフ領全域、濃度は薄いがドワーフ領まるまる固有結界に閉じ込めた感じだ。
俺の目的はただ一つ、あの天を埋め尽くす一介天使が放つ『天使の矢』を滅せられればそれでいい。
今、この領域内はいわば俺の想像の世界。
ここで起きた出来事は夢に等しいが閉じ込められた者が俺の力を上回れなければ、領域を解除したとき現実は上書きされ定着する。
そして夢と言えばオネイロス、イフリートの固有結界はオネイロスによって強化されている。
よほどのことが無い限り『固有結界』を発動できた時点で、現実を上書きできない事は無い。
能天使の戦いを偉そうに遠くで見ていた主天使ハシュマルも、領域内に閉じ込められ目を見張っている。
⦅安心しろ、流石にこれだけ薄く広げた『固有結界』で、今の俺ではお前は滅せられない⦆
俺は背に装備していた、バーデン王家の紋章が刻まれた真白な鞘から剣を抜く。
ドワーフ族の宝剣『グラムドリング』。
グラムドリングを構えると、ドワーフ族から流れ込む信仰の力がさらに強まった事を感じる。
グラムドリングに膨大な神気を注ぎ込むと刀身が光り出す。
流石は神をも殺せるアーティファクト武器。
これ位の神気を注いだところでビクともしない。
残念だが、我がソーテルヌ総隊が作った今の魔法剣では耐えられないだろう。
そしてさらにグラムドリングに『ゲヘナの炎』をも注ぎ込む。
それでもグラムドリングはビクともしない、あたかも最初からこの使い方を想定して作られていたかのように……
天を埋め尽くす一介天使から『天使の矢』が放たれる。
それは空を埋め尽くす夜空の星全てが落ちて来たかのような美しくも絶望の光景。
降り注ぐ流星がドワーフ領全域に迫る。
俺は、刀身が光り漆黒の炎を纏ったグラムドリングを構え詠唱する!
「天・元・行・躰・神・変・神・通・力――……」
マナの本流からさらにマナを供給し、全身にも神気を巡らせる。
俺自身、そしてグラムドリングの内包する神気が臨界まで達したとき――
俺は奥儀を発動する!
≪————奥儀! 金翅鳥王剣!————≫
神気から練り出した、無数の気魄珠が打ち出される!
それと同時に刀身に臨界まで蓄積された神気が斬撃として打ち出される!
斬撃が空を切り裂く、その音は振動波としてドワーフ領遠方で空を見上げる者の耳にまでも轟く。
気魄珠と斬撃が天から降り注ぐ『天使の矢』に重なった時――― 共鳴破壊を引き起こす!
ドゴォオオオオオオオオオオオンンンンン—————…………!!
気魄珠一つ一つと斬撃が共鳴しあい、斬撃の威力は十倍、百倍、千倍とさらに脹れ上がっていく!
膨れ上がった衝撃波とゲヘナの炎はドワーフ領全域の空を覆い、空を埋め尽くした光の矢を呑み込み、さらに一介天使と能天使をも漆黒の炎によって焼き尽くした!
―――そして暗転した世界の時間が動き出す。
夢の中の出来事は現実に上書きされ定着した。




