第八章56 エクスシア戦
ララの姿をした能天使が弓を構える姿勢で左の拳を突き出す。
すると左の拳に光の弓が顕現する。
そして矢も持たず素引きで弓を引くと――
そこに光り輝く弓が顕現する。
その弓を引く構えはララの悪い癖、右手首がたぐる癖までそっくり模写されている。
⦅クソ…… 姿形だけじゃなく、使う武器や癖までも模写されているのか!⦆
俺は能天使に注視しながらもう一つの脅威主天使を目の端で追う。
だが主天使ハシュマルは腕を組んだまま自分は動くつもりが無い事を示していた。
主天使は能天使を捨て駒に使い、さらに俺の力を見定めようとしているのかもしれない。
そうなるとララの姿をしているだけに能天使が可愛そうに見えてくる。
⦅いやいや、いかん……いかん! 危ない危ない⦆
これも俺の弱い心を突く能天使の戦略だ。
でもどうしても頭で『あれはララじゃない!』と分かっている筈なのに、無意識に意識してしまう。
⦅クソ……⦆
それはラフィット将軍だった頃には無かった弱い心。
人族に転生し手に入れた力も大きいが、同時に弱くなった部分も確かに有る。
俺は対策としてララ、ディック、ギーズと『言霊』を繋ぎ会話グループを作る事にした。
『ん!? どうしたのディケム? まさか私の姿を模したあの天使を意識しちゃってるんじゃ無いでしょうね!?』
『うっ………』
『もお―――!』
『ララ……それはディケムが可愛そうだよ。 僕だっていくら模写だと分かっていても大好きな人の姿をした敵は攻撃するのに躊躇する』
『俺も同意だな。 あの天使、ご大層にララの弓を引く時の悪い癖まで模写してやがる』
『ディックまで…… って言うか私あんな顔してる? 私を模写してるとか言ってるけど全然似てないと思うんだけど! 雰囲気だってほら……私もっと可憐じゃない!?』
『………』 『………』 『………』
『っ―――ちょっと! なんで三人とも黙っちゃうのよ!』
どうやら俺とディックとギーズのララのイメージは一致しているけど、ララの自分に対するイメージはもっと可憐らしい……
緊迫している戦闘中にも関わらず、こんなバカなやり取りをしてもウンディーネは怒らない。
今大事なのは俺があのララの姿を模した能天使を頭だけではなく無意識下でもララじゃ無いと刷り込む事が必要だからだ。
本物ララのイメージが強ければ強いほど、偽物のイメージは薄くなる。
「ホーリーアロ―――!!!」
俺達がおどけ合っていると、ララの透き通った声が辺り一帯に響き渡る!
⦅ちょっ……ホーリーアローって!⦆
ホーリーは聖属性の最上位攻撃魔法だ。
どうやら偽物ララは容赦なく最初から全力で俺を殺しに来るようだ。
『あぁあああ―――!? ちょっとそれ私が今練習してる技。 私まだ神聖使えないんだけど!!!』
本物ララのギャーギャー騒ぐ声が聞こえてくる。
⦅そうそうコレコレ! ララはこうじゃ無きゃ!⦆
⦅本物はもっと人間臭さを持っている⦆
初手からホーリーアローは驚かされたが、
これなら俺は冷静に偽物ララと対峙する事が出来そうだ。
俺は放たれたホーリーアローに備え、ゲヘナの炎を付与したイフリートを顕現させる。
だが顕現したイフリートもウンディーネ、シルフィードと同じく今までの姿では無かった。
その姿はつい先ほどまで精霊だったとは思えない迫力、炎の自然神へと至ったイフリートは伝承に伝え聞く『炎の神スルト』と言った様相だ。
しかも今イフリートが纏う炎は漆黒!
もう……自然神顕現と言うより大悪魔召喚と例えた方が良いだろう。
そして俺がここでイフリートを選び顕現させたのにも意味が有る。
情けない話だが……
今までゲヘナの炎を『過ぎた力』と封印してきたからだ。
ぶっつけで使わざるを得ない現状で、ゲヘナの炎はやはり炎属性のイフリートと一番相性が良い。
混ざった炎も無く漆黒の炎だけを纏ったイフリートの姿を見れば、ゲヘナの炎と精霊(自然神)との融合は成功したと言って良いだろう。
⦅ディックが既に何度も成功させている手前、俺が失敗なんて出来ません!⦆
厳密に言えばディックのイフリートはまだ、完全にゲヘナの炎だけを纏う事は出来ていないのだが。
顕現したイフリートがゲヘナの炎を纏った腕でホーリーアローを薙ぎ払う。
すると―― イフリートの腕に触れた矢が一瞬で消滅した!
それはまるで高熱に熱せられた鉄に一滴の水が触れたときの様に……
⦅………………!!?⦆
その結果に能天使も主天使ハシュマルも目を見張っている。
そして俺自身もこの結果には驚かされていた。
⦅おいおい……最上位の神聖魔法ホーリーで作られた矢だぞ!⦆
嬉しい誤算だが、いくら神聖の力に有効な『ゲヘナの炎』を纏わせていると言っても、力の差が圧倒的過ぎる気がする。
予想に過ぎないがイフリート自身も自然神へと昇格し格段に力を増した事も有るが、ソレとは別に俺へと注がれている信仰の力も今イフリートにも流れ込んでいるのかもしれない。
ホーリーアローを一瞬で消滅させたイフリートはその勢いのまま能天使へと突進してゆく!
イフリーの力を恐れた能天使はすぐさま後ろに後退し、さらにホーリーアローでイフリートを迎撃しようと矢を連射する―――
しかし放たれたホーリーアローは全てイフリートの炎に焼き尽くされ消滅した。
今度のイフリートは矢を腕で払う事もせずその身にそのまま受けていたが、ホーリーアローがダメージを与える事は無かった。
そしてイフリートの勢いを殺せない能天使はイフリートの突進攻撃をまともに受ける事になった。
黒い炎を纏った悪魔が華奢なララの姿をした天使を殴り飛ばす。
ドォゴゴゴオゴオオオオオオ―――――――――ン!!!!
その攻撃は膨大な爆発を巻き起こし、爆炎と爆風が爆心地を中心に広がり煙霧が空を覆う。
煙霧の中では拡散しきれなかった力が粒子の摩擦を起こし帯電現象が起こっている。
⦅凄まじい威力だな………⦆
その光景は正に火山の噴火のそれ……
神の戦いとはこんな感じ、自然災害と同等なのかもしれない。
そしてこの時俺は、息を呑みこの戦いの行方を見守っているドワーフ族、鬼神族から俺へと流れ込んでくる信仰の力がさらに強まった事を感じていた。
上空戦場に一陣の風が吹き抜け煙霧を押し流す。
煙が晴れたその場所には、俺の命令を待ち待機する漆黒のイフリートと――
片腕が消し飛び全身ボロボロのララの姿をした能天使が立っていた。




