第二章16 閑話 ラローズの家族会議
ラローズ視点になります。
近所にディケム君が引っ越してきたその日の夜、父より、夕食に弟のカミュゼと一緒に来るように呼ばれた。
「カミュゼ久しぶりね」
「姉上ご無沙汰しております」
「姉上も父上に呼ばれたのですね?」
「そう」
「やはりソーテルヌ卿の事でしょうか?」
「でしょうね…… お父様が私を呼び出す時は、仕事のこと以外には考えられないから」
「姉上そのような言い方は…… それに、もとはと言えば姉上が家を飛び出して行かれたからです。 普通なら――」
「――カミュゼ! その話はやめましょう。 家を出たことに私は後悔していないし、今更どうこうなる事じゃ無いでしょ」
「………はい」
カミュゼは私の年の離れた弟。
正直、私がこの家を飛び出してから生まれた弟なだけに、一緒に遊んだ事は殆どない。
カミュゼも、私を形式上の姉としか思っていないのかもしれない……
まぁ貴族には珍しい事ではない。 家名を残すために、血の繋がらない優秀な子を養子にして継がせる家もある。
貴族にとって、血より家名なのだ。
「それで姉上、実際はどうなのですか? ソーテルヌ卿は?」
「どう?……… とは?」
「現実、伝え聞く話は大げさすぎると思うのです。 一人でカヴァ将軍を倒したとか。 魔法省が長年研究しても実現できない、固有結界や剣に炎を纏わせたとか…… たしかに今の人族には新たな英雄が必要ですが、軍事的人心操作の為に私と同じ年の子供が犠牲になるのはどうかと思うのです」
「………カミュゼ。 あなたはグリュオ伯爵家を継ぐ者として、ディケム君に会わなければなりませんね。 まぁ普通に考えれば、その結論になるでしょうが…… それを、真実を確かめる前に口にすることは、グリュオ伯爵家を継ぐ者として浅慮だと思うわよ」
「………では、姐上がそのように言うと言う事は、すべて事実だと?」
「カミュゼ、私は家を出た身。 あなたには姉らしいことは何一つしてやれなかったけど、その分どこの貴族令嬢よりも戦場を見てきました。 そして貴族の見栄など、戦場ではマイナスにこそなれ何のプラスにもならないことを知っています。 私は私の目で見た物しか信じない! その私が断言します! ソーテルヌ卿は本物よ!」
「……………………。」
「カミュゼ! 貴族としての常識も大切だけど……… 今の時流を読み、家の舵取りをすることは貴族にとってもっとも大切な能力。 常識と言う余計な目隠しは外しなさい、そして今の流れをよく見なさい。 すべての貴族、いや王ですらソーテルヌ伯爵に気を遣っている。 王都の一等地、そこに大公、公爵、侯爵、辺境伯、ソーテルヌ卿よりも上位の身分の方々を押しのけ、あの広大な土地を王は用意しました。 そしてそれを皆が良しとしている事を」
⦅ソーテルヌ卿の最も近い場所に居る姉上が、ここまで言うのか………⦆
「……あの、姉上。 良しとしない人も少なからずいるのですか? たとえば……… 父上とか………」
「………父上とは今日話してみなければ分かりません。 確かに良しとしない者が居るとすれば……… 最有力は父上でしょうね、今まで王都の軍事面を支えてきた誇りと自負を持っているでしょうから」
「もし、父上がそうおっしゃって来たらどうするのですか?」
「私にには選択肢は無い。 私はソーテルヌ卿側よ。 ごめんねカミュゼ」
「……………………。」
「カミュゼ。 残念ながら此度のアルザス戦に、お父様は体調不良として兵だけは出したけどご自分は出陣なさらなかった。 名目上は私が名大として出陣しているから良いのだけれど………」
「はい」
「でもね、此度の戦場に参加しなかったことが、その目で戦場を見なかったことが、お父様にとって今最大の弱みになっているの」
「見なかった事が……… ですか?」
「そう。 貴族はみな戦場に行く義務があります。 それは大公も公爵であってもみな同じです。そしてあの戦場で戦って、死を覚悟して、そしてソーテルヌ卿に助けられたのです。 みな実際に見て知っているのです。 しかし父上は今のあなたと同じ、見ていないから信じられないのですよ」
「だから……… 姉上は実際にソーテルヌ卿にお会いしろと」
「そう。 百聞は一見に如かずと言うでしょ。 カミュゼ、私は今まであなたに何もしてやれなかった分、これから誰よりもあなたの力になれるはず。 私はウォーターエレメントと契約した身、それはさらに上位のウンディーネ様の眷属になったと同義」
「あ、姉上…………」
「お姉さんに任せなさい! コネを最大限に使うのも貴族として大切な技術よ! 問題はお父様ね、必ず説得して、絶対にソーテルヌ卿の敵にまわってはいけません、グリュオ家の存続のために!」
「はい!」
そしてカミュゼと話した後、父との食事会に赴く。
「ラローズ、カミュゼ、忙しい所悪いな」
「お父様、ご無沙汰しております。 体の具合もよくなったようで、喜ばしい事です」
「父上、食事のお誘いありがとうございます。 私もこの機会に姉上よりソーテルヌ卿の話し聞けると楽しみにしていました」
「カミュゼはソーテルヌ卿と同じ年、魔法学校と戦士学校で学び場は違いますが、私が取り持ちましょう」
「はい。 姉さまとラス将軍のお話は、とても信じられる内容ではなかったですが…… 昼間の結界騒動、あれがソーテルヌ卿一人の力だとすると……… その力は計り知れません」
「ラローズ、ソーテルヌ卿はどうであったか?」
「はいお父様、アルザス戦より2年、とっても立派に成長されていましたよ」
「では、カミュゼも言っていた昼間のあの大呪文は、どうじゃった?」
「結界の事ですね。 ウンディーネ様が古の大魔術、二柱精霊結界とおっしゃられていました。 正直どれ程の結界なのかは、私如きでははかり知れませんが……… ですが城の魔法省から問い合わせがあり、王より直々に『城にも結界を張れないか?』と問い合わせがありましたので、その強度は想像できます」
「そして、城にもあの結界をかけるのか?」
「いえ……… あの結界は悪意を全て退けてしまうので、王城には難しいとウンディーネ様がお断りになり、有事の際には王自ら屋敷に来いとおっしゃっていました」
「っ――なっ! ………だが、まぁたしかに悪意を全て退けては、行政にかかわるな」
「お父様が浅慮な、ただの権力の傀儡でない事、うれしく思います」
「あ、姉上! その言い方は!」
「カミュゼ! 食事の場だからこそ歯に衣着せぬ物言いが出来るのです。 親族だからこそ出来る意見を大事になさい」
「ラローズ、あらためて聞くが、ソーテルヌ伯爵をどう思う」
「何度聞かれても同じことです。 そして、大公、公爵、侯爵などすべての上級貴族が異を唱えないことが、自明の理です。 みな自らの目で見て知っているのです」
「うむ………」
「そしてさらに申しますと、ソーテルヌ伯爵は私の命の恩人、私はこの命に代えて、彼と敵対は致しません」
⦅ギアスで縛られているから、死んじゃうからね⦆
「そして魔神族との同盟、彼を害せば魔神族をも敵に回します。 お父様はその事を知っていてなお、ソーテルヌ伯爵の後塵を拝すことが許せないのですか?」
「いや…… ラローズよ。 私はそのような度量の狭い事を言いたいのではない。 人族が滅亡の危機の今、現れてくれた希望。 もちろんラス将軍も居るが…… この度のソーテルヌ伯爵の功績は類を見ない大偉業だ。 名ばかりのワシなどにはとてもできない事、軍事の中枢を担ってきたこのグリュオ家がどのようにしたらソーテルヌ伯爵の力になれるか、それを考えている」
(あら? 読み違えた、お父様なかなか優秀!)
「さすがですお父様、今はソーテルヌ伯爵も力を蓄える時。 あまり過度の期待は重圧になってしまうかもしれません。 まずはご近所同士で仲良く親睦を深めることが一歩かと」
「そうだな。 そういう事は女のお前が適任だな。 カミュゼ、お前は戦士学校だが同じ年だ、親睦を深めソーテルヌ伯爵の力になりなさい」
「はッ! 承りました」
「ラローズ。 お前は私に似ず本当に心優しく優秀な子だな」
「……………………。」
「ラローズ。 カミュゼは優秀だが柔軟性に欠ける。 この愚鈍な父に代わり、この子を導いてはくれまいか………」
「父上! 承りました。 勝手に家を飛び出した不詳の娘。 いままで姉らしいことを弟にしてやれなかった分、今後は姉弟の親睦を深めようと思います」
「あぁ頼む。 このように未来の話を家族で出来るのも、彼のおかげだな」
あと2回ほど、閑話が続きます。
お付き合いくださいましたら幸いです。




