第八章55 世の決まり事を超え
主天使ハシュマルは俺を観察している。
何を考えているか分からないが……
『試し』とばかりに放った攻撃が俺の神気に阻まれ一切ダメージが通らなかった事を確認し、今度は同じ質量の光の球を両手、計一〇本の指に灯らせ俺へと放ってきた。
今度は手数で俺の神気を崩せるか試しているのだろうか?
だが――手数と簡単に言っていい程、ハシュマルの放つ光の球の質量は一つ一つが膨大だった。
⦅ふつうは手数が増えた分、一つ一つのエネルギーは減るだろ!?⦆
『ディケム!』
『あぁ分かってる。もう気は引き締めた! どこまで耐えられるか試してみたい気持ちも無くはないけど…… 流石にこれ全部受けようとは思わないよ!』
俺はハシュマルの攻撃をかわす為シルフィードを顕現させ手で払うように風を起こした。
『ッ―――!? ………へ?』
俺は軽く風を起こし攻撃の軌道を少しだけズラす予定だったのだが……
手を払うと巨大な竜巻が起こりハシュマルの光りの球を飲み込みそのまま天高くへ舞い上げて行った。
天高く舞い上げられた一〇個の光りの球が爆ぜる……
ドォオオオオオオオ――――――!
ズッガガガガガガガ――――――!
ドッゴォ――――オオオオンンン!
ッ―――ちょっ!
ハシュマルの攻撃は天を覆うほどの大規模な爆発を起こした。
『………ヤ、ヤバかった』
『うむ。 アレをもし逸らすだけで地に落としていたら、ドワーフ族どころか鬼神族も今頃この世から消滅していたかもしれぬな』
『怖ッ! あ、ありがとうシルフィー……… えっ!?』
お礼を言う為シルフィードを見た俺は目を見張った。
シルフィードもまたウンディーネと同じ様に姿が変わっていたからだ。
ウンディーネの変わり様は幼女から少女って感じだったが………
シルフィードは少女から青年期の女性と言ったところだろうか?
『ディケム様。 我ら精霊もディケム様のお陰で昇格することが出来ました。 ありがとうございます』
⦅ん? 最上位の精霊がさらに昇格?⦆
???と首をかしげる俺へシルフィードが説明してくれる。
『ディケム様。 ディケム様を頂点としイグドラシルも我々精霊もマナで繋がった同列の眷属なのです。 同列眷属の神木がイグドラシルへと昇格した為『理』は我々を定義できなくなりました…… そのバグを修正する為『理』は『世の決まり事』を超え我々精霊が決して至る事の出来なかった高みへと昇格させたのです』
『なっ!? ……と言う事はウンディーネ!?』
『うむ、そう言う事じゃディケム。 まだまだ下位とは言え妾もついに自然神じゃぞ!』
『おぉおおおおお―――! おめでとうございます』
『……フン、何がおめでとうじゃ! その自然神の主がオヌシだというのに』
『ま、まぁそうなんですけどね…… 正直興奮は抑えられないんだけどまだ実感湧かなくって』
『まぁ……お前の言う事も分かるがの』
シルフィードは自分が神の位へと昇格した事に驚きを隠せないようだが……
ウンディーネは明らかにこれを狙っていたのだと思う。
そう。初めて俺とサンソー村の神木の下で会ったあの時から。
『さてディケム腑抜けるのも終いじゃ。 羽虫が動き出したぞ! アヤツもそろそろ試しは終いじゃろうて。 天使は神より格は下じゃが戦闘において話は別じゃ。戦う為に神により作られし者、単純な強さでは天使は神より上と言っても過言では無い。 気合を入れねばお前とて危ういぞ』
『了解!』
俺が神格化して直ぐ、ハシュマルは驚きの表情を見せていた。
次にハシュマルは『そんな事は許さぬ!』と怒りを露わにし俺へ攻撃を仕掛けてきた。
そして今はさっきまでの激情が嘘の様に無表情のまま見定めようと俺を見ている。
中位天使の中でも上位に位置する主天使ともあろう者が実に表情豊かな事だ。
ハシュマルがなにか呪文を唱える!
『Άγγελος δύναμης, εσύ που κατοικείς μέσα στο πρώτο πνεύμα, ο άγγελος ―――………』
ハシュマルの前に光が収束し集まって行く――
だがこの呪文は攻撃の為じゃない。
集まった光は徐々に人の形を成してゆく。
⦅こ、これは――⦆
ハシュマルは何かを召喚……いや、天使を召喚したようだ。
天使召喚。
それは炭鉱都市ガレドの坑道で戦った権天使戦が記憶に新しいが、今はあの時の様に百合の蕾が生えてくるような無駄な演出は無い。
しかし、視覚的にはシンプルだがその召喚されてくる天使のマナ量がえげつない……
流石に同じ主天使とまではいかないが、明らかに下位ではない中位級の天使が顕現しようとしている。
『アレは…… 能天使!』
『えっ!? ウンディーネ、能天使って悪魔との戦いにおいて最前線に立って戦うと云われている脳筋天使のことか?』
『そうじゃ。 中位天使の中では位は一番低いが、個々の能力だけ見れば最も戦闘力が高い厄介な天使とも言える。 まったく面倒な奴を呼びおった……流石は天使のまとめ役主天使と言ったところじゃな』
そして――
光が徐々に収束し形を見せ始めた時、天使は俺の見覚えのある姿を現し始めた。
『ッ――!? ララ……か?』
『ディケムよ、あれはお前が思い描くもっとも戦いにくい相手を能天使が読み取り転写した姿に過ぎぬ。 外見に惑わされるではないぞ!』
能天使の輝く姿が完全に収束した時、リアルなララの姿へと至った。
その姿は輝いたままならまったく別ものと思えたのに、今の能天使の姿はララの隣に並べば俺には見分けが付かないほど同じに見える。
それはそうだろう。
能天使は俺の中のララを読み取って顕現したのだから。
顕現した能天使がララの顔で俺を睨みつける。
⦅まったく悪趣味な……⦆




