八章47 精霊魔法師の卵たち9
―――アンドレア視点―――
「とうとうガレドが落ちたぞ――!」
「これで一気に王都にも攻め込める!」
「この戦争も、もうすぐ終わるぞ―――!」
テントの外から慌ただしい声が聞こえてくる。
「あぁあああ……… あぁあああああ―――……」
その声に、記憶を失い子供の様になってしまったレギーナさんが反応している。
もしかするとレギーナさんの心の奥底には、まだドワーフ族の戦士だった頃の記憶が眠っているのかもしれません。
私達が外の声に聞き耳を立てていると……
『どうやら鉱山都市ガレドが陥ちたようですね』
――とイ・シダール先生がテントに帰ってきた。
「なっ―――!」 「…………」 「…………」 「…………」
鉱山都市ガレドと言えば、先日ディケム先輩とディック先輩が居た町……
先輩達はご無事なのでしょうか?
「アンドレアさん心配ですか? 大丈夫ですよ。 ディケム君もディック君も生きています。 彼らは既に王都バーデンまで戻って来てますから」
ふぅ~ 良かったです。
ディケム先輩はバーデン王にドワーフ族の受け入れを伝える為だけに、この地に来ただけの筈なのに…… なぜか危ない場所に姿を現します。
捕らわれの身となっている自分達が言えた事では無いですが、本当に危ない事はやめて欲しいです。
ディケム先輩を失えば、人族はまた滅亡の危機へと逆戻るのですから。
そうなれば我がハリングナー伯爵家も……
「それでは皆さん、大局を見に行きましょう。 鬼神族とドワーフ族の決戦、種族の滅亡を賭けた戦いなんて、そう見られるモノでは無いですよ~ そして君たちの先輩がその中でどう立ち回るのか? 本当に楽しみですね~♪」
沢山の命が失われる戦争を、まるで娯楽の一つの様に話すイ・シダール先生に吐き気を覚えながらも、私達はまた戦場が良く見える高台に連れて来られました。
高台からは戦場の状況が良く見えました。
バーデン王都に押し寄せる鬼神族の軍勢、ドワーフ族も良く交戦していますが、もう時間の問題と言えるでしょう。
さらにはもう少ししたらガレド攻めに遠征していた鬼神族軍の大軍勢も合流してきます。
素人学生の私が見ても、もうドワーフ族の敗北は確定した様に思えます。
するとアーロンがイ・シダール先生にとんでもない事を言い出しました。
「先生、俺達も戦場に行かせては貰えないのでしょうか? このままではドワーフ族が……」
⦅はぁ? ウソでしょアーロン、バカなの!? あなたバカでしょ!⦆
「はぁ…… 行ってどうするのですか? あなたでは鬼神族兵一人にも勝つことは出来ませんよ、ディケム君の元へ行ったところで足手まといが増えるだけです」
『足手まとい』……イ・シダール先生の言葉は冷たいモノでした。
ですがアーロンは悔しそうに俯きましたが、正直私はホッとしました。
あの戦場にもし放り出されたらと思うと…… 私は震えが止まりません。
私ではとてもあそこで生きて居られる自信が有りません。
戦争は非情、安い正義感や勢いでどうにかなるものじゃない。
ましてやたかが学生の私達四人が行ったところで……
でも、ディケム先輩達はあの戦場に居るのでしょうか?
怖く無いのでしょうか?
本当は逃げ出したいのに瘦せ我慢しているだけでは無いのでしょうか?
先日ワイバーンに乗せて貰った時のディケム先輩の笑顔が忘れられません。
笑顔が可愛いかった、たった二個だけ歳上の同じ学校の先輩。
あんな普通の青年に見える先輩があそこに居る……
今、どんな気持ちであの戦場を見ているのでしょうか?
高台では、いつもの様にイ・シダール先生が作り出している大きなシャボンの様に張られた膜に、戦場の様子が映し出されています。
映し出される場面は時折変わり、そこにはどの場所でも命を懸けたドラマが有りました。
敵も味方も皆生きる為に必死に戦っているのです。
どちらが正義でどちらが悪などそこには有りません。
どちらの兵士も死ぬ間際みな、お母さん、恋人、妻、子など愛する人の名を叫び絶命していました。
ただただ必死に愛する者の元へ帰りたいと願い、生きようと皆足掻いていました。
映し出された場面が変わり、今度は一人の女性が中心に映っています。
「あ、あれは………」
「いつも私達に食事を運んでくれてレギーナさんを気遣ってくれていた人…… たしかルプシーって人じゃない?」
「ほんとだ、あの人も後方支援じゃ無くて前線に出てるんだな」
私達は基本ドワーフ族を味方、鬼神族を敵と見ていましたが…… このルプシーという女性には良くしてもらい好感を持っていました。
正直自分達の身の上は捕虜と言う事でしたが、鬼神族の陣営では比較的自由にさせて貰っていた為、幾人かの既知の鬼神族兵士ができ、好感を持てる鬼神も何人か居ました。
たとえ敵とはいえ、ルプシーさんには死んでほしくない。
私がそんな事を思い映像を見ていると――
「おいっ! なんかルプシーって人の様子おかしくないか!?」
とイグナーツが叫びました。
私達がイ・シダール先生を見ると、先生は笑って呟きました。
「どうやら次にフューリーに選ばれたのは彼女の様ですね」
フューリーって…… たしか怒りの精霊様?
今までイ・シダール先生が何かの方法で狂戦士を作り出していると思っていましたが、答えは怒りの精霊フューリーだったようです。
ですが、先生の言い方『フューリーに選ばれた』と言うのはどう言う事なのでしょうか?
私が少し考え込んでいると――
シャボンに映し出されていたルプシーさんの様子が激変してゆく……
「先生ッ――!!! ルプシーさんを狂戦士にするのは止めてください!」
「アンドレアさん。ルプシーが狂戦士化しているのは彼女の意思。今回は私が強引に変えた訳では無いですよ。 戦場には怒りの精霊が居て、彼女は安易にその精霊の手を取ってしまった。 彼女はその先に破滅が有る事を知っていてもなお狂戦士化する事を自分で選んだのですよ。 死を選ぶほど……悲しい出来事が戦場で有ったのかもしれませんね」
「そ、そんな……」
――その時。
絶望に打ちひしがれていた私の隣から、地の底から響いてくるような声が聞こえてきた。
ヤメロ―――ヤメテクレ………
ダメダ………ソンナ………ヤメデグレ――………
「「「えっ? ―――アーロン!!!?」」」
そこには血走った目で一点を見つめるアーロンが居ました。
明らかにアーロンの様子がおかしい!
そう言えば、アーロンがあのルプシーと言う鬼神と楽しそうに話している所を私は何度か見かけた。
もしかするとアーロンは………
アーロンの異常な様相を見て、私達が恐る恐るイ・シダール先生を見ると―――
興奮した様子でアーロンを見ている先生が居ました。
『ま、まさか!』と背筋に冷たいものが走る。
「なるほどなるほど…… やはり一番心に闇を抱えていたのは、一番優等生っぽい振舞いをしていたアーロン君だったようですね。 そう言えばあなた達が暴走して戦場に出たのもアーロン君が火付け役でしたね」
イ・シダール先生の目が、アーロンを実験動物でも見るかのように冷たく……
そしてじっくり観察する様に見ていました。




