八章46 決裂
「兄上ッ―――決断を! 今切り札を使えば、まだドワーフ族を勝利に導けます!!!」
鉱山都市ガレド陥落の報。
首都バーデンを取り囲む鬼神族軍勢が動き出した報。
この二つの報を受けゲレオルク王弟殿下がバーデン陛下に決断を迫る。
『………………』
だがバーデン陛下はギリッっと歯を食い縛ったまま首を縦には振らない。
「兄上――……なぜ……何故分かってくれぬのだ! もう良い! ドワーフ族は俺が導く!」
バーデン陛下に背を向けたゲレオルク王弟殿下がドワーフ騎士団将軍達に檄を飛ばした。
「賛同する者は俺について来い! 弱気の虫に憑りつかれた陛下にドワーフ族の未来を託す事など出来ない! 俺が皆を導いてやる―――!!!」
ゲレオルク王弟殿下の気魄が謁見の間を支配した。
弟とは言え流石は王祖バーデンの血を引く者、その血統は確かなものだ。
その声には白の物でも黒と信じさせる力が有った。
謁見の間から出ていくゲレオルク王弟殿下の後ろには六人の将軍が続いた。
ドワーフ族軍の半数がゲレオルク王弟殿下に従った事になる。
だがそれはバーデン陛下の策が既に失策した事も意味していた。
バーデン陛下の策は住民を含めた物量で押し切る強引な作戦だ。
作戦の柱は圧倒的数の住民と言えるのだが……
実際の肝は戦力の大半を占める鍛え抜かれた兵士達だ。
従う将軍が半数となったと言う事は、それに従う兵士も半数になった事を意味する。
軍が二分してしまった今、バーデン陛下に従う半数の戦力だけでは、鬼神族軍の包囲網に穴を開け抜けられるだけの力は無い。
ゲレオルク王弟殿下と六人の将軍が去った謁見の間は静寂に沈み込んだ。
少し意外だったのは残った将軍の中に陛下の策に反意的だったグスタフ将軍が残っていた事だ。
ベルハルトはもちろん残っている。
暫くの沈黙の後――
バーデン陛下が残った将軍の顔を一人一人見た後、俺に向き直り口を開けた。
「ソーテルヌ卿…… 恥ずかしい失態をお見せした。 そして卿がわざわざここまで出向いてくれたと言うのに申し訳ない、我の策は失敗に終わったようだ。 これでドワーフ族は滅ぶだろう……」
「………バーデン陛下。 しかしながらゲレオルク王弟殿下の策が失敗するとは限らないのではないですか?」
「いや……実際に天使と戦った卿なら解っているだろ? アレは手を出してはいけない力、我々に制御できる力じゃない。そして人々が崇める神とは決して人の味方では無い事を。 神とはただ秩序を守る者。 その秩序を守る法の守護者天使を縛る所業は神の意に反する行為だ、必ず神罰が下る。 種族戦争とは神から下されたこの世界で生きる者の使命だ、その戦いに調停者側の天使を使うなど…… 秩序を乱す所業に他ならぬ」
たしかに。
もしゲレオルク王弟殿下が天使を縛る事に成功したとしても……
神の秩序を破ったドワーフ族には神罰が下る恐れがある。
⦅この狂った世界ではその秩序の規範すら怪しいものだが……⦆
バーデン陛下は軍が二分してしまった事で自分の策は遂行不可能だと判断した。
そして俺達にすぐ自分達だけで転移魔法を使いドワーフ領から退避するよう告げ、落胆の色を隠せないまま謁見の間から退出していった。
去り際に『できればマリアーネだけは保護してほしい……』と絞り出すように一言だけ言葉を残して。
残った他の将軍も一人、また一人と退出していく。
そんな中『ディケム……』とベルハルト将軍が俺の名を口にし……すぐに言葉をつぐんだ。
「ベルハルト将軍、取り敢えず俺達は直ぐにドワーフ領から出で行くつもりは無いですよ」
俺の言葉を聞き、ベルハルトは少しだけ安心したように固い表情を緩めた。
バーデン陛下にはああ言われたが……
俺はこの地で他にもやらなければならない事が有る。
最後の四大元素、地の上位精霊ノームとの契約。
そして名匠鍛冶師のブルーノを人族領に連れて行く事だ。
だが残念な事にこの二つの任務もドワーフ族が全滅すれば失敗となるだろう。
俺もララ、ディック、ギーズを連れて謁見の間を後にする。
そしてあてがわれた客間のソファーに『ふぅ~』と四人で沈み込み、これからの事について話し合った。
最初に口を開いたのはララだった。
「ねぇディケム、ゲレオルク王弟殿下が天使を召喚するまでもう時間無いでしょ?」
「だろうな。 ガレドが陥落して鬼神族軍が動き出した今、ドワーフ族に余裕無いからな」
「っで? どうするの?」
「言霊でも伝えたが俺の目的、地の精霊ノームとルーン工師のブルーノには会えた。 だけど両者とも仲間にする条件がドワーフ族を救う事だと言っても良い」
『っえ”……』とララが絶望的な顔をする。
「もちろん私も顔見知りになったドワーフの人もたくさん居るし…… 助けたいのは山々だけど、あの王弟殿下の暴走っぷりじゃどうにもならないわよ」
ララはゲレオルク王弟殿下が苦手のようだ。
俺とディックが到着する前から謁見の間に居たララとギーズは王弟殿下に嫌味を言われていたようだ。
半分さじを投げたララに変わり今度はディックが口を開く。
「なぁディケム。 顕現した天使を討つって手しか無いんじゃ無いのか?」
「……だろうな、俺も同じ事考えてた」
俺がディックの意見に賛同した事で、
『グヘッ…… やっぱり?』とララが凄く嫌そうな顔をする。
天使と戦った経験がある者で、再度アレと戦いたいと思う者はいないだろう。
「だがタイミングを間違えたらドワーフ族からも敵と認定されるぞ」
ドワーフ民が救いを求め呼んだ天使を、もし俺達が滅したとしたら……
俺達はドワーフ族の敵と即認定だろう。
だがタイミングを見誤り手遅れになれば、ドワーフ民に大きな犠牲が出かねない。
その時点でノームの依頼は失敗と言える。
「だけどやるしか無いだろ!」
「だな……」
既に二度、天使と戦ったディックが『天使を討つ』と言う。
ガレド坑道での天使戦では、ディックは何度か死にかけたと言うのに……
『次はもっとうまくやる!』と息巻いている。
ディックの強くなる事への探求心には頭が下がる。
俺達の為すべき方向は決まった。




