第二章15 閑話 ディックの迷走
ディック視点になります。
俺はサンソー村にある武器屋の息子として、ごくありふれた家庭に生まれた。
男ならいつかこの小さな村から飛び出し、騎士団に入隊し英雄と呼ばれるような立派な大人になりたい。
そんな男なら誰でも思い描く夢を見て、毎日幼馴染と剣の練習をしていたが……
そんな事は叶いもしない夢だと言う事も、もちろん知っていた。
でもそんな夢物語が幼馴染のディケムと関わる事で、ただの夢じゃなくなって来た。
そして英雄に繋がる第一歩、夢にまで見た王都の学校に入学するため俺たちは王都にやって来た。
俺の能力は黒魔法。
剣士じゃなかったけど、むしろ魔法使いの方がレアな能力だ。
素直にうれしい。
だけど…… 俺は今ちょっとだけ行き詰まっている。
そんな訳で今日俺は悩みを相談をしに王国騎士団第一部隊の執務室、ラス・カーズ将軍の元を訪れていた。
「ラス・カーズ将軍。 私のためにお時間を頂きありがとうございます」
「ディック君。 王都での暮らしには慣れてきたかな?」
「はい、おかげさまで充実した毎日を送っています」
「そうか、それはなによりだ。 それで今日の相談とは?」
「はい、今少し行き詰っていまして………」
「ほぉ~ あのウンディーネ様がいらっしゃるパーティーメンバーが行き詰る? 相談相手は俺で良いのかい?」
「あの…… 自分の実家はサンソー村で武器屋をやっていまして、小さい頃から自分は戦士になるのだと思っていました」
「なるほど」
「それが…… 鑑定したら黒魔術師。 その時はうれしかったのですが…… 今の現状になってよく考えてみると、黒魔術師として自分の価値って低いのかなと」
「低いとは?」
「失礼な話なのですが…… 黒魔術師は沢山います。 もちろんメテオやフレアなどの高みにたどり着ければ貴重な戦力ですが…… 火炎球などのメジャーな攻撃魔法だけなら、いくらでも居ます。 ディケムは精霊魔法、ギーズの青魔法もかなりレア。 黒魔法と白魔法は使えなくなったらいくらでも交換可能。 おれは唯一無二の存在になりたいのです」
「…………。 君は、ある意味可哀相な子だな。 その悩みはこれから学校に行くような希望に満ち溢れた子供が持つ悩みではない。 ディケム君のような規格外がそばに居るからこそ、考えてしまう悩みなのだろう」
「はい。 上を知ってしまうと普通の事が物足りなくなります」
「それでいい、有能な人材の周りには有能な人材が集まるものだ。 大いに悩むと言い」
「それで相談なのですが…… 自分は昔、腕力に自信があったので戦士を目指そうと思っていました。 そして今は黒魔法の才能がある。 前のアルザスの戦いで、ディケムが剣に炎を纏わせて凄い威力の剣戟を放ちました! あれ俺にもできないでしょうか?」
「無理だと思う…… 多分だがね。 少なくとも俺には出来ない」
「え…… ラス・カーズ将軍でも出来ないのですか?」
「その挑戦は、昔から多くの魔術師と剣士が協力して研究しているのだが、成功した事例が無いんだ」
「ではなぜ、ディケムは出来たのでしょうか?」
「分からない。 だからあれを見た時は驚かされたよ。 ただ想像だが、ディケム君が精霊使いだから…… 剣にイフリートを憑依させたのではないか? と思う」
「そ、そうですか。 やっぱり精霊使いですか………」
「ディック君、これだけは覚えておくといい。 ディック君は精霊使いが特別な能力だと思っているかもしれないが…… 確かにレアな能力ではあるが、決して皆がなりたかった能力では無かったのだよ」
「えっ………?」
「普通は魔術師が高みを極めて、さらに強くなるために精霊様と契約する。 だから精霊使いは凄いように聞こえるけど、ディケム君のように最初から精霊使いとしての才能の人はたまにいるんだよ。 だけど普通は使い物にならない。 適性が有っても精霊と契約は出来ない。 そうすると、少しだけ微精霊を集めて力を借りて魔法を放つ。 こんなまどろっこしいことやらないで、普通に黒魔法二発撃った方が強い。 だから精霊使い単体では今まで使い物にならない能力だと蔑まれてきた。 精霊使いが少ないのは、そういう歴史も有るんだよ」
「っ――え!!」
「ディケム君を見ていると何でも万能な能力に感じてしまうが、彼が出てくるまでは一番ハズレの能力だったと言っても良い。 だから精霊使いが凄いのではなくディケム君が凄いんだよ。 能力とはそれを使う人次第! 黒魔法が普通で取り換えが効く職業なのではなく、その程度しか使えない者はどんな才能が有ってもその程度という事だよ」
俺は目を見開き動けなくなっていた。
そのアドバイスは胸にすとんと落ちてきた。
「ありがとうございます! ラス・カーズ将軍のアドバイスで目指す方向が見えました」
ソーテルヌ邸に戻ると、工房でディケムが木を削っている。
「何してるんだ?」
「うん。 やっぱ精霊使いも魔法使いだから杖欲しいかなと」
「おいっ! 鬼丸国綱がすねるぞ! あんな凄い剣が有るのに杖って………」
「いや、鬼丸国綱は大事だけど…… 凄すぎて日頃抜けないじゃないか。 摸擬で抜いたらみなドン引きでしょ?」
「うっ……確かに。 模擬で抜かれたら逃げるわ!」
「だからさ、鬼丸国綱はおれの切り札であって普通の時はさ杖かなって。 だから作ろうと思って」
「作るって、木の棒削るだけで杖なんか作れるのか?」
「少し試したいことが有るんだ。 この木はサンソー村の神珠杉の枝なんだ。 俺がウンディーネと契約した時にマナの嵐で折れちゃった枝なんだけど…… 俺、勿体無いから拾って持って帰ってきたんだよ。 それで作ろうかなと思う」
「へ~。 少し見ててもいいか?」
「おう」
杖の部分は器用に作ってだいたい完成しているようだ。
そしてさっき魔法陣の様なものをその枝に転写していた。
ウンディーネ様はクレープを食べて嬉しそうに見ているだけだ。
ウンディーネ様がこういう表情の時は、ディケムの考えは正解の方向に向いていると思って良い。
「魔法使いの杖と言えば…… やっぱり杖の上についてる水晶でしょ!」
ディケムはウンディーネ様とイフリート様の精霊珠を融合させて一つの珠にする。
そしてどんどんマナを注ぎ込んで結晶化させていった。
それはディケムが邸宅に結界を張った時に作った精霊結晶だ。
でも今回は二つの属性を融合させていることから、青色と赤色が螺旋にまじわるとても神秘的な精霊結晶になっている。
その精霊結晶を触媒水晶の代わりとして杖の頭の上に置くと、精霊結晶から火と水の蔓が伸び、神珠杉の杖に絡まっていく。
蔓が杖の全体に絡まったところで、一度大きく輝いて完成したようだった。
そのとても美しい杖は、何故かそのまま宙に浮いている………
「えっ…… お、おいディケム! 杖が浮いたまま落ちないけど……どういう原理だよ!?」
「浮いてるね…… 凄い凄い~! ディックどう? 初めて作った杖にしてはカッコよくないか?」
「うんうん。 やばい、凄くカッコイイ!」
「よし。 初めて自分で作った記念すべき杖だから名前を付けよう! そ〜だな……この杖は御神木にあやかって【神珠の杖】と名付ける」
ディケムがそう杖に名前を告げると――
『神珠の杖』はまた一度強く光りを放ち、ディケムに向かって飛んできて手の中に収まった。
「ほほぅ〜 杖が喜んでいるみたいじゃ。 ディケムよ良い杖を作ったのぅ、大切に使ってやるのじゃぞ」
「はいっ!」
やばい…… あの杖カッコイイ、あれほしい! 今度頼んでみよう。
その夜の夕食時は浮いている杖をみて、ギーズもララも大はしゃぎだった。
「ねぇ~ディケム~ 私にもその杖作ってよ~」
「僕もほし~」
「みんなずるいぞ! 最初に見てたの俺だって、俺が最初」
「皆ダメじゃ!」
「えぇ〜 ウンディーネ様何故ですか〜?」
「分不相応だと言っておるのだ。 まずは自分で作ってみよ! 多分、魔法学校の授業でも小さな杖作りを行うはずじゃぞ」
「は〜い…… でもディケムのあの浮いてる杖が欲しいです」
「まったく…… まず勘違いしないように精霊結晶について説明しておくとしよう」
「「「……はい」」」
「精霊結晶とはマナが多い場所に精霊が集まり、その残滓が数千年降り積もって一ミリくらいの結晶が稀にできる事がある、それの事じゃ。 一ミリでも国宝とか国の宝とか言われるものじゃ。 その精霊結晶で作った杖とか…… ばかげているにも程がある」
「い、一ミリで国宝って……」
「そ、それはヤバいですね………」
「そんなもの、皆で学校に持っていったら大変なことになるぞ」
「でもディケムは良いのですか?」
「自分で作れてしまったものは仕方が無かろう? それに妾の主たるものならば其れくらいの物持っていても良いじゃろう」
ウンディーネ様の話を聞いて、あの杖の凄さを思い知る。
だけど…… 俺もいつかは黒魔法極めて、あれくらいの杖を自分で作って見せる!
お立ち寄り頂きありがとうございます。
今回は幼馴染のディックのお話です。
才能ある幼馴染と自分とを比較してしまい、悩み葛藤しています。
物語を彩る彼らのお話も楽しんで頂けたら幸いです。




