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寂滅のニルバーナ ~神に定められた『戦いの輪廻』からの解放~  作者: Shirasu
第8章 マグリブの地 ドワーフ王朝の落日哀歌
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第八章42 巌窟将軍グスタフ

 

 俺達はブルーノの案内のお陰で、行きよりも数段速くガレドの街に戻ることが出来た。


「それでディケム。 グスタフ将軍にはどうやって取り次ぐつもりだ? 将軍には魔法通信とかで既に俺達の到着予定が知らされているんじゃないのか? ノームを捜索しなくて良くなった分、まだ日数的にかなり早いだろ?」


 ……そう。

 俺達がガレドの街に着く予定は出発から四日後。

 その道のりをフェンリルを使い一日で踏破した俺達は、ブルーノ捜索に一日を費やしたが、結局のところ首都バーデンを出てからまだ二日も立っていなかった。


「天使戦とか有ったから…… たった二日とは思えないけどな」

「あぁ」


 この二日間、俺達は寝ずに走り続けた。

 正直少し仮眠を取りたいところだが……

 どのみちガレド住民を移動させるのに準備は必要となるだろう。

 休息はその時にゆっくり取らせてもらえばいい。


「だがすぐにグスタフ将軍に会おう。 早く着いた事とブルーノと一緒に居る事は、どうとでも言い訳はつく」 


『それなら俺がグスタフの所へ連れてってやる』とブルーノが橋渡し役を買って出てくれた。

 話しを聞けば、グスタフ将軍とブルーノは知った仲なのだという。




 石を削り出して作られた四角い家々が無数に並んだガレドの街に、一際大きな建物が有る。

『ここがガレドの総督府。 グスタフが居るのもここだ』とブルーノに連れて来られた。

 ガレドの家々は大小有るものの、全て四角く石を削り出し作られた同じ形をしている。

 この総督府と同じ大きさの建物も幾つか見ることが出来た。

 正直ブルーノに案内されなければ、俺達だけで総督府を探し出すのは時間が掛かったかもしれない。



 ブルーノに連れられ建物の中に入る。

 鉱山都市ガレドの総督府は外観に色付けされたところも無く、簡素な石の質感そのものだったが……

 建物内部に入ると壁・天井に一面細かな彫刻が施されていた。

 その石を掘ったとは思えない『木では無いのか?』と思うほどの細かな彫刻模様は目を見張るばかりだった。

 正直、王宮ならいざ知らず、軍の中枢の総督府にこれ程の彫刻細工が必要なのか?

 ……と思ってしまうが。どうしても細工を施したくなるのがドワーフ族の矜持なのだろう。



 総督府をブルーノの後に着いて歩く。

 衛兵が居る毎に俺とディックは少し危惧したが、俺達の事を少し見はするものの皆ブルーノに敬礼をして通してくれた。


『ブルーノは偉いのか?』とディックが尋ねると、

『いや、グスタフの友だから皆顔見知りなだけだ。 俺は軍所属でもない、ただの鍛冶師だからな』とブルーノは言う。


 衛兵達の反応を見ると、そんな感じはしないが……

 鍛冶師はドワーフ族の中では尊敬されるべき職種なのだろう。

 しかもブルーノは十人しか居ないと言われる『名匠鍛冶師』。

 人族ではいくら高尚な職種だとしても、軍の中ではその権威を示すことは出来ないが、鍛冶職を生業とするドワーフ族では少し違うのかもしれない。



 総督府の中でも何の問題も起きず奥へと進むことが出来た。

 そしてブルーノがひときわ細工が細かく大きな扉の前にたどり着き、そこの衛兵に話しかける。

 衛兵が扉越しに部屋の中の護衛兵にブルーノの来訪を告げる。


 大きな扉が開かれると――

 簡素な部屋にテーブルが置いてあり、屈強な体つきの髭を蓄えた強面な男が座っていた。

 男は机の上の書類に目を通しており、顔も上げずにブルーノに話しかける。


「ブルーノ、お前が坑道から出て来るとは珍しいな、大地震の前触れか?」


 そんな堅苦しい挨拶は無しにした親友との冗談交じりの会話から始まったが……

 『それでなんの――…… ん?』

 グスタフ将軍はブルーノ以外にも部屋に入ってきた俺達の気配に気づき顔を上げる。


「一緒にいるのは誰だ?」


「お初にお目にかかりますグスタフ将軍。 私は人族シャンポール王国のディケム・ソーテルヌと申します。 ベルハルト将軍の依頼を受けガレドの街に参りました」


『…………』グスタフ将軍が目を見張り言葉無く口上を述べた俺を凝視している。

 冷静に考えれば、このガレドの街に人族が居ること自体が不自然な筈だ。

 そこから考えれば、魔法通信で俺が来る事を知らされていたであろうグスタフ将軍が、俺とディケム・ソーテルヌの名を結びつける事は簡単だろう。

 だが、予定より二日も早い事。

 さらには坑道奥に立て籠もり出てこないブルーノと一緒に居る事がグスタフ将軍の混乱を招いたようだ。


『ほ……本当にソーテルヌ卿で間違いないのか!?』とグスタフ将軍は俺ではなくブルーノを見て尋ねる。

 だがブルーノも俺が本当にディケム・ソーテルヌだと証明する事は出来ない。



 俺は背に装備していた『グラムドリング』を抜く。

 護衛兵がすぐ身構え剣に手をかけたが、俺が抜いた剣がグラムドリングである事に気づき――― 目を見張り剣の柄から手を離した。


 執務室が静寂に包まれる―――

 グスタフ将軍も護衛兵も少しの間言葉を失っている。


「グラムドリング…… た、確かに我らドワーフ族の宝グラムドリングで間違いない。 本当に人族が…… そうか。バーデン王のおっしゃられていた事は正しかったのだな」


 呆然としていたグスタフ将軍に変化が起きる。

 拳を握り震え、見るからに力を(たぎ)らせてゆく――!


 ベルハルトからは俺は会うだけでグスタフ将軍は動くと言っていたが……

 嘘では無かったようだ。

 目を見開いたグスタフ将軍からは只ならぬ決意を感じた。



 なにか心の中で決断をしたグスタフ将軍は、部下を次々と呼び指示を与えてゆく。

 俺達からはグスタフ将軍へ話す事はこれ以上無かったが、ブルーノは何者かによって坑道がダンジョン化された事を伝えていた。

 グスタフ将軍は少しだけ目を見張っていたが、既にガレドの街を捨てる準備に取り掛かった彼らにはそれほど問題では無かったようだ。

 ただ全くの無警戒とはいかない、まだ低級とは言え背後からモンスターに襲われれば被害は出てしまう。

 グスタフ将軍は細かな事もテキパキと部下に指示を与えてゆく。


 俺達の到着が二日早まった事でグスタフ将軍も部下達もだいぶ予定が変わってしまっただろうが、そこに動揺も時間の余裕が出来た事への怠慢も見られない。

 無駄の無い行動で皆動いている。


「凄く訓練された良い部隊だな」

「あぁ」


 俺とディックは統率の取れたグスタフ将軍の部隊に素直に感嘆させられていた。




 グスタフ将軍の部下への指示が粗方終わった後、将軍は改めて俺達に丁寧に挨拶し歓迎してくれた。

 そしてブルーノに向かって言う。

「ブルーノ。 お前が既にソーテルヌ卿と居ると言う事は、お前は別枠だと考えた方が良いのだな? お前が前線に出てくれれば、兵の士気も上がるのだがな……」


 グスタフ将軍の表情から『士気が上がる』と言いつつも友として、そして名匠鍛冶師としてのブルーノへの気遣いも感じる。


「いやグスタフ…… 今まで散々迷惑をかけた。 今後の戦いは俺もちゃんと参加させて貰う」


『……だが、良いのか?』とグスタフ将軍は俺達をちらりと見る。


 正直……良くないが、ここでブルーノを強制的に戦いから遠ざければ、ブルーノの心にしこりを残してしまう。

 この戦いで是が非でも俺達はブルーノを守り、以後はソーテルヌ総隊の鍛冶師として専念してもらわなければならない。




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