第八章40 鍛冶師ブルーノ
天使との戦いを終えた俺達が剣をしまうと、それが合図だったかのようにブルーノらしきドワーフを閉じ込めていたクリスタルの壁が消えた。
正直、あの戦いの中でも傷一つつかなかったこの壁をどうやって壊せば良いのか悩んでいたので助かった。
俺達がドワーフに近づくと……
明らかに怯えた表情で尻を付き後ずさる。
『……ん?』
『なんか俺達にビビって無いか? 助けに来たと言うのに……』
まぁ……
たしかに俺達は神の使いとされる天使と戦い地獄の炎で滅したのだ。
あの時の彼の怯え切った表情が思い出される。
子供の姿だったエンジェルを焼いた時のディックは悪魔と勘違いされても仕方ない有様だっただろう。
そんな俺の言葉に『ひどい……』と落ち込むディックは置いておいて、俺はドワーフに話しかける。
「ブルーノさんですか?」
……ドワーフから返事は無い。
突然名を呼ばれて戸惑いを見せたが、相当俺達を警戒しているようだ。
「我々はあなたを助けに来ました。 土の精霊ノームにあなたの救出を頼まれたのです」
ノームの名を出すとブルーノは反応するが、それでもまだ疑いの目を緩めない。
そんなブルーノに俺は手にはめたバングルを見せさらに言葉を続ける。
「俺達はポートブレアであなたのお子さんクルトにあなたの保護を頼まれたのです」
クルトの名を聞くとブルーノは大きく目を見開き立ち上がる。
「ほ…本当にアンタ達は味方なのか?」
「はい」
「た、確かにアンタはグラムドリングを持っていた…… だがなぜドワーフの宝を人族のアンタが……」
俺はハスターの指輪に収めたグラムドリングをもう一度手に装備し、ブルーノに見せるように掲げた。
何も無かった俺の手に、突然グラムドリングが顕現した様子を目の当たりにし、ブルーノがまた少し後退る。
「俺は人族のディケム・ソーテルヌと言います。 この剣はマリアーネ王女から授かりました。 このグラムドリングが本物かどうか確かめますか?」
「い、いや…… 腐っても俺は鍛冶師だ、その剣が本物かどうかぐらいは見たら直ぐわかる。 それにドワーフなら種族の宝グラムドリングを見分ける事ぐらい子供でもできる」
「俺達はバーデン陛下からの依頼、ドワーフ族の人族領への亡命を手助けする為にここに来ました。 グスタフ将軍に会いに来たのですが――その前にアナタと会っておこうと思って来たのです。 ですが……アナタが窮地に陥っているとノームから聞き救出を依頼されたと言う訳です」
「ノーム様がわざわざ俺なんかを…… それにしてもあんた達もいくらクルトに頼まれたからと言って、グスタフ将軍を差し置いて先に俺なんかに会いに来るなんて……」
「グスタフ将軍に会えば、すぐに住民の首都バーデンへの移動が始まると聞きました」
「………あの作戦をすぐに決行すると言う事だな」
ブルーノの表情が曇る。
ベルハルトから聞かされた作戦とも言えない凄惨な計画をブルーノも知っているようだ。
「ですが正直言えば、俺がここに来た理由はクルトに頼まれたからだけじゃありません」
「……というと?」
「一つは土の精霊ノームに会いに。 そしてもう一つはブルーノさん、アナタが復活させようとしているルーン文字に興味があります」
「ッ―――なっ!!?」
俺はディックが持つミスリルの魔法剣を受け取り、マナを流し炎を纏わせブルーノに差し出した。
「こ、これは……魔法剣!? だがアーティファクトの筈なのに……ミスリル…だと? …………ま、まさかこれは―――!!?」
俺は頷く。
「バ、バカな! 我々鍛冶を生業にするドワーフ族でも魔法剣をまだ作れないのだぞ! それを人族が作ったと言うのか!? だ…だがこれは紛れもなくミスリル素材なのに炎の属性を持っている。 ………なるほど、突然人族が強種族と呼ばれるようになった筈だな」
ブルーノが少し落ち込んでいる。
鉱山都市ガレドの住人の話では、ブルーノは『ドワーフ族の未来の為だ!』とこの戦争時の有事でも坑道に籠って研究を続けている。
彼もルーン文字と言う方法で魔法剣を生み出そうとしたに違いない。
各種族が独自の知識や伝承、技術を用いてアーティファクト武器の再現を試みている。
それほど現存する数少ないアーティファクト武器の力が絶大だと言う事だ。
「ブルーノさん。 我々は武器に属性を付与し魔法剣を作る事は出来ました。 しかしこれだけではアーティファクト武器と比べ内包するマナ量が圧倒的に足りない。 作れる素材がまだミスリルまでと言う事も有るでしょうが―― 現存するアーティファクト武器を見てもルーン文字がアーティファクトを再現するピースの一つであることは確か。 我々に力を貸して頂けませんか?」
「ッ―――!!!」
『俺のもとに来て一緒に研究してほしい』と提案する俺の言葉に、少しだけ考え込んだブルーノだったが、すぐに俺の手を取った。
それは、俺がこの後グスタフ将軍と会えば、この鉱山都市ガレドは破棄される。
そうなれば例えブルーノだけがここに残ったとしてもすぐに鬼神族の手に落ち、捕虜となれば研究など難しくなり消耗品として使い潰されるのが関の山だ。
それにブルーノの研究はドワーフ族の未来の為と聞いた、ドワーフ族が人族の下に来ると決めた時点で、ブルーノに選択肢は初めから無いのだ。
だがブルーノが一つだけ条件を出してきた。
「これから行われるドワーフ族の最終決戦は全滅覚悟の悲惨なものだ。 俺は今まで俺の我がままを許してくれた仲間の為にも出来るだけの事をしたい。 だからこの戦いで生き延びられ人族領に無事にたどり着けたらと言う事にしてほしい」
「それは…… あなたも最前線に立ち鬼神族と戦うと言う事ですか?」
「あぁ。 決戦では戦える男は壁となり女子供達を逃がさなければならない。 俺だってドワーフ族の男だ、誇りだって持っている。 俺だけ逃げることなんて出来るはずがない」
⦅………………⦆
「本当は最終決戦までにどうにか魔法剣を完成させて、勇者様のように颯爽と皆の前に立って戦いたかったんだがな~ ……俺には無理だったようだ。 それでも……最後くらいは仲間と共に戦場に立ちたいんだよ」
うん、困った……
あの作戦に戦士として参加するとなると、確実にブルーノを守る事は非常に難しい。
かと言ってブルーノの側で俺達がずっと護衛するのも、ブルーノの本意では無いだろう。
「ブルーノさん、一つだけ言いますが…… ポートブレアであなたを待つ家族は、どんな卑怯な方法を取ったとしても、あなたに生きていて欲しいと願う筈ですよ」
俺は少しズルい言い方で説得を試みてみたが……
「………………あぁ分かっている。 だがこれは俺の我がままだ、すまない許して欲しい」
この決意はどれだけ説得しても揺らぐ事は無いようだ……
ノームからも契約条件として『多くのドワーフの命を守る事』と言われている。
そしてさらにブルーノも必ず守らなければならない。
達成困難な任務だらけで俺は頭を抱えた……




