第八章38 プリンシパリティ戦3
『ゲヘナの炎』解禁の言葉を受け、ディックがすぐ動き出す!
ゲヘナの炎は直ぐに封印してしまった事も有り、俺達の中で最も扱いに慣れているのがディックだ。
ほんの刹那の時間―― ディックが目を瞑る。
すると、ディックの側で顕現しているイフリートの炎が赤から黒……いや漆黒へと変わっていく。
⦅流石だな…… あの一瞬でゲヘナの炎を引き出しイフリートに付与した⦆
漆黒の炎を見た天使たちの表情が明らかに変わる。
一介天使達は怯え、権天使は焦りの表情を見せていた。
天使たちが動揺を見せた隙に、漆黒の炎ゲヘナの化身と化したディックのイフリートが瞬時に一介天使へと襲い掛かる。
ドォゴオオオオオオオオオオオオオオ――――――ッ!!!!
イフリートの体当たりと共に地を揺さぶる爆発が起き、漆黒の炎が荒れ狂う。
虚を突かれ、一瞬のうちに業火の渦に巻き込まれた一介天使達の悲鳴が響き渡る。
先ほどまでとは違い、明らかに一介天使達に攻撃が通っている!
いや……むしろ通常よりダメージ量が多い弱点属性を突いたようにも見える。
燃え狂う漆黒の炎が消えると、そこには瀕死の状態の一介天使達が居た。
『一転脆くなったな』
『あぁ、どの属性をも妨げる絶対的な防御が有った分、その防御が破られてしまうと中身は逆にどの耐性も無い柔い本体みたいだな』
『俺達みたいに外に出て鼻水垂らして遊んでるくらいの方が強い子に育つのにな!』
ディックの例えに、サンソー村で鼻水垂らして走り回っていた頃の自分達四人の姿を思い返し笑みがこぼれる。
勝ち筋が少し見え、幾らか余裕も出てきた俺達だが、実際はそんなに甘くは無いと俺は思っている。
ゲヘナの炎により防御壁を破られた一介天使達は脆いようだが、それがそのまま権天使にも適用されるのか疑問だ。
それにもし権天使に通用したとして、今後さらに上位の天使が降臨した時……
それら上位の天使にゲヘナの炎がこれほど効くとはとても思えない。
なぜなら全ての天使が『地獄の力』に弱いのだとしたら、天使と悪魔の戦いにおいて今まで天使軍が悪魔軍に勝てている道理が無い。
防御壁を破って、やっと対等に戦える土俵に持ち込める程度、と考えた方が良いだろう。
だとしても天使が動揺している今はチャンスだ。
勝機を見出したディックが流れを掴み一気に畳みかけようとする――
……だが、権天使が杖を振りかざしその流れを断ち切る。
また杖から食らってはいけない光線が放たれ、俺達は一度後退させられる。
『チッ!』ディックの舌打ちが聞こえ、俺は臍を噛む。
さらに―― 俺達を後退させ十分間合いを取った権天使が杖を振う。
追撃の光線に身構えた俺達は、それを止めることが出来なかった。
今度は権天使の杖からは光線は放たれず、岩の天井が光り出しそこから差し込む光が一介天使達へと降り注いだ。
その光は癒しの光りなのだろう…… 俺達の見ている前で一介天使は見る見る回復してしまった。
『ッ――――!?』
『……………』
『クソッ! 振り出しか!』
『まぁ振り出しだが……、ゲヘナの炎が有るから開戦の時より全然マシだろ。 その証拠に権天使の顔だってほら、もう最初の頃の余裕がなくなっている』
最初は虫けらを見るように無表情だった権天使の顔が、今は天使とは思えない憎々しい顔で俺達を見ている。
『あれじゃ~ どっちが天使と悪魔だか分からない顔してるな』
『天使の清らかなイメージなんて人間の勝手な妄想だ。 本質的に言えば天使も悪魔もどちらも変わりはしない』
そんな事をディックと話していると、まさか聞こえた訳では無いのだろうが……
権天使の顔が見る見る怒気をみなぎらせてゆく。
『お……おいディケム、あれヤバくない?』
『う、うん…… あれは相当怒ってるね』
怒りに呑まれる事は冷静さを失い戦場ではあまり好ましくは無いが、狂戦士の様に普通以上の力を引き出す事も事実。
相手が怒りに呑まれた時、対戦する方はいかに冷静でいられるかがポイントだろう。
もし正面からまともにぶつかり同じ土俵に立ってしまうと、勝ったとしても消耗が激しい。
怒りの表情へと変わった権天使がさらにまた杖を振りかざす――!
『ディック!』
『あぁ!』
直ぐに身構えた俺達だったが…………… 権天使が叫ぶ!
「Αρχάγγελε, εσύ που κατοικείς μέσα στο πρώτο πνεύμα, ο Αρχάγγελος―――………」
『『なっ!?』』
権天使が怒りに任せてまた光線をぶっ放すと思っていた俺とディックは意表を突かれまた出遅れる。
『あの詠唱は―― 一介天使召喚した時と少し言葉が違うが何かを召喚したのは間違い!』
『あぁ―――!』
そうディックは叫び、地面に二ヶ所出来た『盛り上がり』に襲い掛かる。
一介天使と同じ召喚なら、また地面から蕾が芽生え花が咲き、それが天使へと変わった。
あれは演出的にはキレイで初めて見る者には戸惑いを与えるが、致命的に時間が掛かる召喚だ。
一度見た俺達がわざわざ待っている筋合いは無い、顕現する前に滅するのが道理だろう。
だが地面の盛り上がりを守る様に権天使が防御結界を構築する。
しかしゲヘナの炎を纏ったディックのイフリートは、結界を物ともせず破壊する。
そこへ一介天使が殺到し自滅覚悟で大ダメージ受けながらもイフリートを止める。
あれが天使だから冷静に見ていられるが、もし人間だったとしたら直視できない光景だ。
イフリートが止められたのを見てディックも魔法剣にゲヘナの炎を纏わせて参戦する。
俺も権天使がこれ以上邪魔しないよう、精霊珠にゲヘナの炎を付与し攻撃を仕掛けながら、一介天使達の中へ飛び込んだディックを結界の盾で遠隔防御する。
さらに隙を見ながら、精霊珠から魔法を放ち一介天使を撃ち落としていく。
坑道広場は辺り一面ゲヘナの炎が渦巻く天使と俺達の乱戦……
まさに地獄の業火が燃え盛る地獄絵図となっていた。
盾を持たず己の防御力に絶対的自信を持っていた一介天使は、ディックの攻撃を防ぐ術を持たず、今はバターの様に斬られている。
ダメージを負った一介天使は直ぐに権天使に回復させられているが、権天使も俺の攻撃を避ける事に必死で、十分な一介天使のサポートは出来ていない。
だが俺達も多勢に無勢、一介天使と権天使に注視して、新しく召喚されている何かを阻止することが出来ない。
乱戦の中――
権天使の回復以上のダメージを与え、俺達は一〇体の一介天使全てを滅した。
しかし……
新たに召喚された何かを阻むことも出来なかった。
仕切り直しに一度引いた両者。
俺達が対峙しするその先には、権天使を守る様に二体の大天使が顕現していた。




