第八章36 プリンシパリティ戦2
ディックがイフリートを顕現させる。
この地下坑道の中ならば、俺達が存分に精霊を使って戦っても問題無い筈だ。
この戦いを見ているのはアイツぐらい、鬼神族には知る由も無い筈だ。
ディックが顕現させたイフリートを見てプリンシパリティの顔が歪む。
そしてイフリートに対してプリンシパリティも何か対策を取るのだろう。
杖を地面に突き立て何か呪文を叫び出した。
「Άγγελε, εσύ που κατοικείς μέσα στο πρώτο πνεύμα, ο άγγελος―――………」
プリンシパリティの叫びが止まると静寂が訪れる。
俺もディックも次に何が起こるのか身構え、身動きが取れなくなる。
すると地面にいくつもの小さな盛り上がりが生じる。
『ッ―――!? ディケム!?』
『あぁ…… 嫌な予感しかしない!』
ディックが直ぐに飛び出し、その盛り上がりを剣で薙ごうとしたが………
それをプリンシパリティが杖を突き出し牽制する。
杖を突きだしたプリンシパリティ―――
ディックと俺は未知なる攻撃を恐れ突撃する事を躊躇してしまった。
だがその躊躇はミスだった、一瞬の迷いが手遅れとなる。
無数の小さな地面の盛り上がりから白百合の芽が次々と芽吹き、見る見る育ち、蕾を付け花が咲く――
そして花は霧散する様に輪郭がぼやけ、一度霧散した後子供の姿――エンジェルに輪郭が固定されていく。
一介天使召喚………!?
召喚された一介天使の数は一〇体。
プリンシパリティ一体でも手に余るのに…… さらに一介天使が一〇体も。
『やばいディック! 天使が動き出す前に殲滅しろ! 流れの主導権を握られたら厳しくなる』
『ッ――了解!』
俺は『精霊珠』を使いプリンシパリティの注意を引く。
その隙にディックがまだ動き出さない天使をイフリートの炎で焼き払う!
ゴオォォォォォォォオオオオオオオ―――――!!!!
イフリートの超高熱の業火が一介天使をのみ込む!
業火に焼かれた一介天使が苦悶の表情を浮かべている。
『よしディック、ダメージが通ってる。 一介天使相手なら精霊魔法で十分いけそうだ。一気に行け!』
『あぁ、このまま――…… あ―――』
ディックの動きが止まる。
目の前には、まだ幼い子供が業火に焼かれもがき苦み叫ぶ姿が……
一度躊躇してしまうと、とても直視できない。
「ギャァァア“ア”ア“ア”――――」
「ギュワァァア“ア”ア“ア” ――――」
「ゴギュワァア“ア”ア“ア” ――――」
・
・
・
もしこの光景を第三者が見たら…… どう見ても俺達が悪役だろう。
クリスタルの壁の向こうでブルーノらしきドワーフが縮こまって見ているが……
彼の目に俺達はどう映っているのやら……?
『あ――……ディック。 気持ちは分かるが…… 気を引き締めて一気に行かないと、あれは幼子の姿だがそんな優しい存在じゃない』
天使にとって、あの姿は仮初めだと言って良い。
今は幼子の姿だが、文献では一介天使の姿は女性や成人男性として描かれている事も有る。
幼子の姿は俺達を惑わす精神作用を狙ったと考えた方が良い。
俺達が躊躇している隙に、プリンシパリティが杖を振る。
すると一陣の風が巻き起こり一介天使を焼いていた業火が消し止められる。
巻き上げられた炎が消えると、そこには子供ではなく成人女性の姿まで成長した一介天使が居た。
さらにイフリートの業火で負ったダメージも既に無い。
『一瞬で治癒されたか?』
『あぁ……だがイフリートの業火がダメージを与えていた事は確かだ』
『でも、一瞬で治せる程度のダメージだったって事も確かだろう』
『………………』
ッ―――!?
プリンシパリティの杖から横一線に光線が射出される。
すぐさま俺とディックは地に伏せ光線をかわす。
その俺達に一介天使が上から一斉に飛び掛かって来る!
俺達は即座に横に飛び退き、一介天使の攻撃をかわす。
そこへ狙いを定めてプリンシパリティの光線が俺達二人に襲い掛かる。
俺の結界が光線を弾き、ディックに張った盾状の結界が光線の直撃で消滅した。
俺は直ぐにディックの側にまた結界の盾を再構築する。
どうしても遠隔で構築した結界は動かせて便利だが、強度に劣る。
多勢に無勢……
このままでは逃げるのに精一杯でジリ貧だ。
逆転の一手を打ちたいが…… 今はそのタイミングではない気がする。
アルキーラ・メンデスが用意したこの戦い。
奴の事は好きになれないが、俺はこの戦いが何か意味のある事に思えてならない。
正直、下位天使プリンシパリティとの力比べと考えれば、もし俺がフル装備で目一杯戦えば力でゴリ押しも無くは無いだろう。
しかし、もし……
今後これ以上の上位天使の降臨やプリンシパリティの軍勢が押し寄せれば手は無くなる。
今回アルキーラ・メンデスがご親切にプリンシパリティ一体だけ置いて行った事を考えると……
『ここで天使との戦い方を学べ』と言っている様に思えてならない。
⦅もう…… あいつ何なんだ!?⦆
俺がそんな事を考えている間も、猛烈な天使の攻撃は続いている。
ディックはいくつか天使の攻撃を食らい負傷したが、俺は瞬時にそのダメージを癒す。
防戦に徹しながらも、俺とディックは隙を付き天使に反撃を試みる。
だが……精霊属性を付与した攻撃でも、プリンシパリティに対してダメージが通常の一~二割程度しか通らない感覚だ。
一介天使へのダメージも、大人へと姿が成長した今となってはプリンシパリティと同じ。
一介天使の対処は、顕現して直ぐが一番ダメージを与えやすい事が分かった。
そして普通なら『聖属性』に対して『夢(死)属性』は有効の筈なのだが……
今のところ多少マシな程度で切り札とは言い難い感じだ。
⦅一介天使は顕現したてが…… 一番ダメージが通る?⦆
そこから考えれば……
顕現したての素の状態ならば精霊魔法でも十分ダメージを与えられる。
しかしその後、天使特有の結界か何かが発動すると、それが俺達の攻撃を妨げると考えるべきだろう。
ならばそのダメージを軽減する結界を剝がすしかない!
すると、『ディケム!』とディックが俺を呼び自分の顔の痣をトントンと指さす。
⦅あの痣はたしか……⦆
ディックがモンラッシェ共和国の戦いで『ゲヘナの炎』を取り込んだ時にできた痣。
あの時から俺のマナラインと『ゲヘナの炎』が繋がり、他の四人も俺を介して『ゲヘナの炎』とパスが繋がったとウンディーネが言いていた。
『あぁ!? ……そう言う事か』
『あぁ……そう言う事だろ』
天上の力には地獄の力、か……
ますます悪役っぽくなってきたな。
ウンディーネ曰く。
地獄の力=悪、天界の力=善 と人は考えてしまうが力とはそんな簡単に白黒つけられるモノではない。
人族の善は魔族からすれば悪とも言える。 ……と。
だがあの後、当時の俺達は『ゲヘナの炎』を一時的に封印する事を決めた。
ラトゥールだけは残念がっていたが、俺も人族に転生し、どうしても人族の考え方に引っ張られてしまう。
『地獄の炎』とか聞けば…… 危なっかしくて簡単には扱えない。
でも封印した理由はそれだけじゃ無い、正直あの時の俺達にはまだ過ぎた力だった。
だからラトゥールも賛同してくれた。
そして俺は誰も使えないように『ゲヘナの炎』とのパスを閉じた。
ディックはそのパスを『開けてくれ!』 ――と俺に言っている。
確かに今後天使と戦って行くには、地獄の力は必要不可欠とアルキーラ・メンデスは言っているのかもしれない。
『ゲヘナの炎』――
その未知なる力をこのぶっつけで使うのは不本意だが……
俺達の中でディックが一番この力に慣れているのも確かだ。
『よしディック…… 解禁だ。反撃の時間といこう』
俺はディックにそう告げ、『ゲヘナの炎』のパスを開けた。




