第八章35 プリンシパリティ戦1
完全に顕現したプリンシパリティは無表情で俺とディックを見ている。
向けられている敵意はそのままだが、俺達に興味無さそうなその無表情の顔は、まるで虫けらでも観察するかのような余裕を漂わせている。
俺は少しカチンときていたが……
まだ何もしてこない神の御使いに自分達から攻撃を仕掛けて良いのか躊躇していた。
するとディックが『無理だと思うが………』とプリンシパリティに話しかけた。
『あ――、あのぉ……』とディックが言葉を発した時!
プリンシパリティが右手を突き出し、突き出された手に杖が出現する。
『ッ――ディック!』と俺が叫んだとき、既に危険を感じ取ったディックは横に飛んでいた。
プリンシパリティが持つ杖から光線が放たれ―― 地を焼く!
魔法なのか分からないその光は、もしまともに食らえば一瞬でディックを蒸発させてしまうだけの熱量を持っている。
光線の破壊力にも少し驚いたが……
その光線で焼かれた地面は、やはり一瞬赤くなっただけで溶けたり削れたりする事は無かった。
「ディック、やはりこの広間には強力な結界が張られている。 多少の無茶なら大丈夫なはずだ!」
「了解!」
クリスタルの壁に閉じ込められているブルーノに目をやれば、今の状況を把握し、もう壁を叩き騒ぐ事をやめ、むしろ後ろに下がり頭を抱えて小さくなっていた。
このまま目立たずプリンシパリティの注意を引かない事を願うばかりだ。
俺は『言霊』を飛ばしディックとの会話ラインを構築する。
次に九属性分の『精霊の加護』をディックと自分に重ね掛けし、各種属性の耐性を上げる。
それと同時に自分の周りに『精霊珠』を展開し『精霊結界』を構築し、さらに精霊珠をディックの側に四つ飛ばし結界の板状の盾を作り出す。
最初の陣形はディックが前衛、俺が後衛。
戦闘に合わせてスイッチする。
ディックはイフリートと契約を果たしてからは、俺と二人で組む場合は必ず自分が先に前に出て俺を下がらせる。
俺にじっくり戦場を観察させ、攻略の糸口を見つける時間を作ってくれているのだ。
俺は言霊の会話ラインでディックにはなす。
『ディック、精霊結界を応用した盾を作った。 出来るだけサポートはするけど過信はするなよ。プリンシパリティの力が未知数過ぎる。 基本、攻撃は必ずかわしてくれ』
『了解!』
ディックがゆっくりと炎の魔法剣を抜く。
それに合わせて俺は背中に装備しているグラムドリングをハスターの指輪に格納し神珠の杖を出す。
『神器ハスターの指輪』の真価は収納された装備をイメージで瞬時に交換できる事だ。
オリハルコン以上の素材じゃ無ければハスターの指輪の神気に耐えきれず、格納しても壊れてしまう制限が有るが……
アーティファクトのグラムドリングなら問題無い。
俺は魔法を唱え、自分とディックに『加速、防御、力』のバフを重ね掛けする。
そして同時に――『沈黙、麻痺、遅い』の魔法をプリンシパリティに放つが、全て抵抗されてしまった。
天使へのデバフは難しい事を確認したディックが、すぐさまプリンシパリティに斬りかかる!
そのディックへ、勢いを殺す為かプリンシパリティが先ほどの光線を放つ!
ディックは紙一重で光線をかわす―― だが!
プリンシパリティの光線は一瞬の射出に留まらず、今度はまだ射出続けられている!
『ッ――ディック!』 俺が叫んだ瞬間!
プリンシパリティが杖を薙ぐ――
杖から射出続けられている光線は、杖の軌道に合わせて、まるで剣の様に横からディックに襲い掛かる!
その刹那、俺はディックの側に展開した精霊結界の盾を動かしギリギリ光線を防ぐ。
盾は数秒光線を防ぎ砕け散ったが、ディックはその隙に退避することが出来た。
俺はすぐさままたディックの側にまた精霊結界の盾を再構築する。
『………………』 『………………』
『悪いディケム、フォロー無けりゃ死んでた』
『問題無い、その為の後衛だ』
俺は『精霊珠』を二つ追加して、今度はプリンシパリティの近くに飛ばす。
『精霊珠』はマナを凝縮して作った珠、実体化したウンディーネやイフリートをただ凝縮して丸くしただけのイメージだが、今飛ばしている珠には九属性を持たせている。
プリンシパリティは俺が飛ばした精霊珠を怪訝そうに横目でチラッと見たが――
撃ち落とすにはそれ相応の労力が必要と諦めたか、それとも自分には大した脅威では無いと判断したのか……
特別対処しようと動く気配はない。
先程と同じ様にディックがプリンシパリティに斬りかかる。
プリンシパリティも同じ様に杖をかかげる――!
その瞬間、俺はプリンシパリティの後方斜めの位置から、精霊珠を使い同時に二つの魔法『火炎球』と『雷撃』を放った。
杖を掲げたプリンシパリティの動きが一瞬止まり、攻撃から回避・防御の体勢へと変わる。
プリンシパリティはディックの剣の攻撃より、俺が放った魔法を防ぐのを優先したようだ。
プリンシパリティはディックに背を向け、杖を振り自分の周りに結界を構築した。
『火炎球』と『雷撃』が結界にぶつかり爆風を巻き起こす!
『火炎球』と『雷撃』は結界に防がれた……
それを見たプリンシパリティが『ニィ~』といやらしい笑みをこぼす。
だが……
俺も『ニィ』といやらしい笑みをプリンシパリティへ笑い返す。
――――ピシッ――――!!!
『!?』 プリンシパリティが目を見張る!
次の瞬間、結界にヒビが入り――そして砕け散った。
俺の精霊魔法の力が、プリンシパリティの結界の防御力を上回ったのだ。
その刹那、ほんの一瞬今起きた事を理解出来ず無防備に動きを止めたプリンシパリティの背中をディックの魔法剣が斬るッ!
「!?」 「ッ――なっ!?」
今度は俺とディックが目を見張る!
まったく無防備な背中を、渾身の力で斬りつけたはずのディックの剣は、プリンシパリティに一切ダメージを与える事ができなかった……
『ウソだろ? まさか絶対物理攻撃防御とか無いよな!?』
『それは無いだろう! いや……無いと願いたい』
『………………』
まったく無防備の背中を斬りつけられ、全くの無傷などあり得ない。
どれだけ力の差があったとしても、不意を突かれれば多少のダメージは入るものだ。
しかもディックの剣は魔法剣、物理攻撃にめっぽう強いミスト系の魔物や実態を持たない悪霊系の魔物にもダメージを与えられる武器だ。
だが、今の状況を見ればディックの炎の魔法剣がプリンシパリティに届いていないのは明らか……
『ディック、一応奴は俺の精霊魔法を嫌がった。ネフリム戦の時もそうだったが、精霊属性を乗せた攻撃は天使にも有効なはずだ。 今のは……ただ単にミスリルの魔法剣の炎ではプリンシパリティを傷つけられるだけの威力が無いと言う事だと思う。 剣が耐えられないかもしれないがイフリートの炎をさらに上乗せしてみてくれ!』
『了解!』




