第八章34 天上の百合
俺の前をディックが走る。
俺達はノームに頼まれたブルーノ救出の為、坑道の最深部に向かって走っていた。
ダンジョン化した坑道には魔物が湧き出してくる。
その魔物をディックは走りざまに斬り捨てていく。
俺は『灯り』の魔法とディックの足が止まらないように後ろから援護射撃で支援している。
「ディック! 狭い坑道内では強力な炎魔法は禁止だ、逃げ場のなくなった炎が暴れまわったり危険だ、酸欠になる恐れもある!」
「分かってる!」
さすがのディックも、この狭い坑道で『破壊の焔』とかヤバイ魔法をぶっ放す事は無いだろうが……
この先に何が居るかが問題だ。
今のところ、ダンジョンが生まれたばかりだからかは不明だが、この最深部でもまだ下級の魔物しか出てきていない。
だがこの程度の魔物で、屈強な鉱夫にして鍛冶師のブルーノが動けなくなっているとは思えない。
そして……もしこの坑道をダンジョン化させた元凶がアルキーラ・メンデスだったとすれば、俺が苦労する強敵を必ず置いて行くはずだ。
まったく…… 嫌な奴。
だが逆に言えば、俺達がブルーノと出会えるまでは簡単にブルーノを殺すとも思えない。
嫌な奴だが、何故かそこら辺の信頼は有る。
しばらく坑道を進むと、またかなり大きなドーム状の空間にでた。
しかしこの空間は鉱夫が地道に削って作った鉱床の跡地とかではない。
明らかに魔法によって作られた空間だろう、壁面が磨き上げられたようにキレイだ。
そしてその最奥には透明なクリスタルの壁に閉じ込められたドワーフが居る。
壁をドンドン叩き俺達に助けを求めている。
「怪我とかは無さそうだな」
「あぁ……」
しかし俺とディックの注視は閉じ込められているブルーノらしきドワーフではなく、この大きなドーム状の空間の中央にポツンと一輪だけ生える白い百合の蕾に向けられていた。
「なぁディケム…… あの百合おかしくないか?」
「こんな場所に一輪だけ生えているだけで…… あの百合が普通じゃない事だけは分かる」
しかもその百合の蕾には天井岩の裂け目から光が差し込み照らし出されている。
悪趣味な演出だ。
ここは地底奥深くの坑道の中だ、光が差し込むはずがない……
そして…… 光に照らされた百合の蕾はその光を内包し自ら輝きだす。
その異様な光景に、クリスタルの壁に閉じ込められたブルーノも目を見張り騒ぐ事を止めた。
自ら光り出した百合の蕾は目に見えて大きくなり、徐々にその蕾を開花させてゆく――
その内包するマナは膨大だ、ディックも言葉を失っている。
開花してゆく百合の花は徐々に輪郭がぼやけ、一度霧散した後、人の形を形成し輪郭が固定されていく。
「あっ……あれは…… 天使か?」
「あぁ…… それもプリンシパリティだろう」
この迷宮と化した地下の最深部で天使降臨とか冗談はやめて欲しい。
文献によれば。
プリンシパリティは下位天使だ。
下位天使と言っても種類が幾つか有り、役目も位も有る。
簡単に言えば………
一介天使<大天使<権天使
と位が上がってゆく感じだったはずだ。
権天使は下位天使の中でも下位天使達をまとめる強力な天使だと記憶している。
その昔、どこぞの王国の興亡時にプリンシパリティが降臨し、天使の軍勢を率い悪霊を払い王国を救った―― と文献を読んだ事が有る。
だがそれは人を守ったのではなく、悪霊を滅した結果でしか無いのだろう。
神も天使も秩序を守る者、わざわざ人だけを守ってくれるほどやさしい存在ではない。
逆を言えば秩序を乱した人族の王国が滅ぼされた記述の方が文献には多い。
⦅今回はどう見ても俺達を排除する為に降臨したのだろうなぁ……⦆
⦅俺達が秩序を乱したとは思えないのだが……⦆
一介天使や大天使までの天使の出現は、たびたびS級以上の高難易度ダンジョンでも報告されている。
なぜ秩序を守る為の神の兵士エンジェルがダンジョンに出現するかは分かっていない。
ダンジョンと言うダンジョンマスターが唯一支配する世界が神の摂理に反する為エンジェルが顕現したのか……?
または高難易度のダンジョンマスターがエンジェルすら召喚してみせたのか……?
分かっている事は、ダンジョンで遭遇したエンジェルは、時に魔物と同じ様に攻撃して来たり、時に冒険者にも見向きもせず素通りしていったと言う報告が有るだけだ。
だが今顕現しているエンジェルは――
今、作られたばかりの迷宮のダンジョンマスターに召喚され、俺達を排除する様に指示を受けているのだろう。
俺達に向けられる敵意からも、残念ながらそのまま素通りしてくれる事は無さそうだ。
俺が今まで対峙した天使は――
中位天使アザゼルと人との間に生まれた『ネフリム』。
そして人の中に閉じ込められた中位天使アザゼル自身。
だがアザゼルとは戦ったとは言えず、自身が欲した消滅を与えただけだ。
まともに戦ったのはネフリムだけ。
だがそのネフリム戦も、戦ったと言うよりも生まれたての赤子を封印しただけ。
……と言った方が良いだろう。
『下位天使』と『中位天使』では強さは格段に違うと言う。
しかし人と中位天使の間に生まれたネフリムと下位天使との間にどれほどの力の差が有るかわ分からない。
文献などの記述によれば、国を滅ぼした『御使いの天罰』は中位以上の天使が行った記録しか残っていない。
あの時ネフリムが使った攻撃が『御使いの天罰』なのだとしたら、あの時のネフリムの力は中位天使相当と考えても良いのではないだろうか。
ならば今顕現している権天使の強さはどれ程のものなのか……
高難易度ダンジョンで確認されている大天使は、そのダンジョンレベルと階層から推察してA級~S級と判断しても良いだろう。
するとその上の権天使の強さは少なくてもS級以上。
天使軍隊をまとめる指揮官が必ずしも強いとは限らないが、弱いと決めつけられるほど俺は楽観主義者ではない。
「なぁディケム! やっぱり強力な魔法は使っちゃダメだよな!?」
「………………。 いや、この場所なら大丈夫だと思う。 取り敢えず少しづつ試してみよう」
「えっ………!?」
『絶対ダメ!』と言われると思っていたらしく、ディックが少しキョトンとしている。
「もしこのダンジョンを作ったのがアルキーラ・メンデスだとしたら…… 奴はどこかで楽しんで俺達の戦いを見ているはずだ。 奴はボーヌ王国でも戦いを楽しむため壁を強力な結界で保護していた。 悔しいが今の俺達の力では奴の結界を破れない」
俺の言葉を聞いてディックは『ウソだろ?』と驚きを隠せないでいる。
九柱の精霊を従える俺でも破れない結界……
アルキーラ・メンデスとはどれ程の力を持つ者なのか。




