第八章32 採掘坑道
ブルーノが居ると予想される鉱石採掘坑道の最深部は、ミスリル鉱石の坑道だと言う。
ガレドの採掘坑道はいくつか入り口があり、胴・青銅・鉄・鋼・ミスリル鉱石と別れている。
その各採掘坑道が所々繋がっているから、ガレドを知らない部外者は迷宮の様に複雑と感じるらしい。
目指す坑道の入り口を間違えず、細い横道に迷い込まず、本道を真直ぐ進めれば――
目指す場所が最深部だとしたらそう迷う事は無い。
……と、親切なドワーフがミスリル鉱石坑道の入り口まで案内して教えてくれた。
なるほど。
ここを余計な横道に逸れずまっすぐ進めばブルーノの居る最深部に到達できるらしい。
ミスリル鉱石坑道の最深部には、ブルーノが勝手に作った広間が有り、泊り込めるように小さな小屋まで建てられていると言う。
親切に教えてくれたドワーフは別れ際に『ブルーノ親方をよろしくお願いします!』と、俺達に言ってきた。
『親方』と言う事は、前までブルーノの下で働いていたのだろう。
戦争が激化し、皆ブルーノの元を去ったのかもしれない。
しかし頑固者で偏屈、そして変人とまで言われるブルーノは弟子に慕われる人徳は持っていたようだ。
「なぁディケム、そのブルーノがミスリルの坑道に籠っているのはやはり意味が有るのか?」
「ディックが使っているその『ミスリルの魔法剣』、ミスリルが完成するより前にレジーナが造っていた『鋼の魔法剣』より、武器その物の強さも高いが込められている魔法の強さも格段に強くなっている。 まだ未完成だけどオリハルコン製の魔法武器はさらに強力な事は、この前ララがククルカンとの戦いで証明した。 素材の格が上がれば武器その物の強さだけじゃなく込められる魔法の威力も上がる。 『ルーン文字』も刻む装備の素材がより上質な方が、効果が上がるのだろう」
「じゃ~土の精霊ノームを信仰して採掘を生業としているドワーフ族なら、ミスリルより上のオリハルコン鉱石でも手に入れられるんじゃないのか? 流石にアダマンタイト鉱石は無理でも」
「ソーテルヌ総隊が希少なオリハルコン鉱石を手に入れているのは金属精霊アウラの力と地下都市ウォーレシアの存在が大きい。 それを考えるとたしかに土の精霊ノームの守護を得て採掘を生業としているドワーフ族がオリハルコン鉱石を手に入れている可能性は十分考えられるな。 だけどそれを加工できる力があるかどうかは別の話になる。 オリハルコン以上の素材は俺の持つ神器『ハスターの指輪』に格納できる程の素材だ、その素材を加工するとなると、努力だけではどうにもならないそれ相応のスペシャルスキルが必要となる。 そんな過ぎたる素材は手に余るだけだろ。 それにもし加工できたとしても…… ブルーノがミスリルを選んだって事は効率が悪いとか何か別の理由が有るんじゃないか? そこは憶測で話しても意味が無い、ブルーノに会って確認しよう」
「まぁ……そうだな」
そんな話をしながら俺とディックはミスリル鉱石の坑道を進む。
『横道に逸れずまっすぐ進めばブルーノの居る最深部に到達できる』
って言われたが……
どうやらそれはドワーフ族の常識だったらしい。
俺達には二手に別れた坑道のどちらが本道なのか見分けがつかない。
仕方なく俺はアウラを顕現させ、ミスリル鉱石の鉱脈を探り、その方向へと進む。
ドワーフ族がミスリル鉱脈をしっかり把握していれば、その鉱床となる場所にブルーノが居るはずだ。
心なしかウキウキしてるようなアウラの先導で俺達は迷う事無くミスリル坑道の最深部に向かっていた。
「アウラ、なんか嬉しそうだな?」
「うん、まぁね~ 僕は王祖バーデンとシャンポールの執念で『愚者の手』に宿った少し特殊な精霊だけど、基本は金属鉱石の精霊だからね。 四大元素、土の精霊ノームの系譜だと言っても良い。 この場所はノームの力に満ち溢れているから居心地が良いんだ」
……と言う事は。
ノームの居場所は手掛かりを掴めなかったから、先にブルーノを探しに来たのだが――
ノームの居場所もブルーノの近くかもしれない。
「なぁアウラ様。 アウラ様はノームの眷属って事か?」
俺が少し考え事に耽っているとディックがアウラに怖い事を聞いていた………
「う~ん 眷属の様に上下関係は無いけど…… 僕にとってノームは人間で言う所の親戚の伯叔父母って感じかな~ 少し気を使う親族的な――」
「なるほど」
「でも、もしディケムがノームと契約できたら、僕の精霊としての力は格段に上がる。そう言う意味ではやっぱりノームは僕達土の系譜の頂点と言って良い」
おぉ……!
四大元素が揃えば、神木の格は上がるだろう。
そうすれば俺の契約する精霊の力は格段に上がると思っていたが――
アウラはそれだけじゃ無く、土の系譜としても力が増すと言う。
ソーテルヌ総隊の武器は全てアウラの力を宿していると言っても良い。
ノームを手に入れる事は、総隊の戦力強化に計り知れない効果を与える。
そう考えると――
少し癪癪だがアルキーラ・メンデスに言われたノームを手に入れる事は俺にとって最重要事項だと言える。
アウラの導きで坑道を進む俺達の視界が突然開けた。
そこは俺の予想よりかなり広いドーム状の空間、そしてその広間には一軒だけポツンと家が建っている。
この空間は一人で掘れる規模じゃない、もとはミスリルの大きな鉱床で鉱石を掘りつくした後の空間なのかもしれない。
それまで先頭を歩いていたアウラが俺の肩に乗り、ディックが俺の前に出る。
俺達は警戒しながら家に近づき、ディックが扉をノックする。
返事が無い事を確認したディックは鍵が掛かっていない家の中へと入った。
「不用心な家だな~」
「こんな坑道の奥地に泥棒なんて居ないだろ?」
「まぁなぁ~」
こう見えてディックはちょっとした外出でも、家の戸締りをしっかりするタイプだ。
家の中は武器と防具がギッシリと並び、まさに鍛冶師の家と言った感じだ。
その装備には『ルーン文字(キアス文字)』が刻まれ、不出来だが微かなマナを帯びている。
「家主はこのバングルを作った工師ブルーノで間違いなさそうだな」
「あぁ」
俺とディックは自分達の腕にはめられているバングルと武器に刻まれているルーン文字を見比べ、同じ書体であることを確認した。




