第八章31 炭鉱都市ガレド
鉱山都市ガレドへ向かう事になった俺達に、ベルハルトは五日分の食料と道案内の者を一人付けてくれると言っていたが……
道が一本道と言う事だったのでガイドは断った。
だが、ガイドを断った本当の理由は一日でも早くガレドに着きたかったから。
俺の表の任務は巌窟将軍グスタフと会う事だが……
裏の任務は『土の精霊ノーム』と『ルーン工師ブルーノ』と会う事だ。
出来ればグスタフと会い、事が進む前にこの二人と会っておきたい。
ガレドまでの道のりはドワーフが普通に歩いて三~四日ほど、不慣れな俺達だと四日は必ずかかるだろうと言う。
途中の道のりに険しい難所が幾つかあり馬は使えないのだそうだ。
だが俺はその日の夜には出立し、夜闇の中フェンリルに乗り後ろにディックを乗せひた走っていた。
フェンリルで飛ばせば明朝までには鉱山都市ガレドまでたどり着けるだろう。
鉱山都市ガレドまでの道の途中、いく度か虫系の弱小モンスターに遭遇したようだが、フェンリルが通り過ぎざまに食らい尽くす。
離れた場所のモンスターもディックが魔法で掃討する。
崖を切り開いて人為的に作られた道ということもあり、大したモンスターは居ないのだが、戻る時には民衆も引き連れて帰らなければならない。ドワーフ族に人族の常識を当てはめる事は違うかもしれないが、か弱い女子供もいるし、少しでも時間ロスに繋がる事は今片付けておきた方が良いだろう。
夜闇が瑠璃色の世界へと変わり次第に空が白みだしたころ、俺達は崖の上に立っていた。
眼下に見える崖は人の手で削り取られたように見える。
そして崖には窓のような穴がいくつも開いていて、崖の中腹には神殿を模した柱が何本も立っている造形的な入り口が造られていた。
鉱山都市ガレドはあそこで間違い無いだろう。
その迫力に俺とディックは素直に『凄い……』と声が漏れていた。
流石は物作りを生業としているドワーフ族、岩を削る技術も目を見張るものが有る。
神殿調の入り口も各所に開いてある窓穴にも、崖一面の岩を削り細工が施されている。
その手の込んだ細かな細工に、俺達は自然と感嘆の声がこぼれていた。
「凄え……」
「あぁ……」
「これ本当に岩なのか? どう見てもあの細かい細工は木を削って作った様にしか見えないけど……」
「この街は…… ララとギーズにも見せてやりたかったな」
「あぁ」
俺達は圧倒され、ずっとガレドの街の入り口を見ていたい衝動に駆られたが――
状況的にそんな悠長なことは言っていられない。
崖の中腹に作られている神殿調の入り口には地表まで続く細く長い階段がある。
ガレドの街に入るにはこの長い階段を登らなければならないが、今はその階段が中腹から破壊されている。
そしてその下、谷底の狭い地表には、谷を埋め尽くさんばかりの鬼神族軍がひしめいている。
「なるほど…… この地形も相まって巌窟将軍グスタフは一人でこの街を守れていると言う事か」
今も鬼神族兵が破壊された階段を直す為、昼夜問わず岩や砂を運ぶ作業を続けているようだが、ガレドの街から放たれる魔法と弓で邪魔され中々作業が進まない様子だ。
そして必死に積みあげた岩も土魔法でまた崩されている。
取り敢えず俺達は鉱山都市ガレドへ入る為、俺達が立っている崖上にあるという『隠し階段』を探す事にした。
「おっ! あれじゃないか?」
ディックと俺はベルハルトに教えられた、崖上に三つ転がる大きな岩を見つけた。
その三つの大岩の中心から西に十歩ほど進んだ場所に、一見しただけではただ転がっている板状の岩を見つける。
「コレか……」
俺がその岩の砂を手で払うと、そこには『ᛟᛈᛖᚾ』と掘られたルーン文字が刻まれ丸い窪みが開いている。
そして俺はその窪みにベルハルトから渡されていた丸い石をはめ込んだ。
すると三つ転がっている大きな岩の一つが転がり、その下に階段が出現する。
「まるでダンジョンの隠し階段みたいだな……」
「あぁ、ドワーフ族も昔は今よりももっと魔法が発達していたんだろ」
「魔法が衰退したのは人族だけじゃ無いのか?」
と言うディックの呟きに俺が答える。
「戦争が続けば寿命も短くなる。 寿命が縮めば伝承していく知識も限られてくるだろ? 種族によって誤差は有るけど、強種族ほど寿命も長く多くの知識を伝承し、弱い種族ほど知識は失われて行くのは事実だろ」
「たしかに……」
隠し裏階段から侵入した俺達は、ガレドの街中に入った。
隠し階段を降りて行けば、流石に衛兵がいると思ったのだが…… まさかの誰も居なかった。
余程この隠し階段に自信が有るのか――
この隠し階段自体ごく一部の者しか知らないのか。
もしくは籠城戦中でここまで手を回せる余裕が無いのかもしれない。
まぁ何はともあれ俺が考えた色々な誤魔化しの方法も不要に終わり、俺達は無事早朝にもかかわらず慌ただしくドワーフ兵が走り回っている鉱山都市ガレドに入る事が出来た。
鉱山都市ガレドは、崖を切り開きくり抜き作られた入り口も見応えがあったが、街自体も目を見張るものが有った。
崖の中に作られているから地底とは言えないのだろうが、崖をくり抜き作られた大きなドーム状の空間に、石を削り出して作られた四角い家々が無数に並んでいる。
その規模には驚愕させられる。
いったいどれだけの年月をかけこれ程の地底都市が造られたのか……
そしてその街の各所に街路灯が立ち、やや暗いがそれが逆に街全体を雰囲気のあるものにしている。
だが、平常時にはその情緒があろう街も今は松明を持ったドワーフ兵が忙しげに走り回っている。
昼夜問わず仕掛けてくる鬼神族の攻撃に兵士たちの疲労は隠せない。
まず俺はブルーノと言う名のルーン工師を探す事にした。
子のクルトから買ったバングルを住人に見せ、ブルーノの名を出せば、ブルーノの居場所は比較的簡単に知る事ができた。
頑固者で偏屈、もう誰もが諦めた失われた太古の技術を長年探求し続ける変人。
今の戦争の主流はどの種族でもだいたい質より量。
一本の名刀より一〇〇本の普通の武器が重宝される。
不可能とされる事に貴重な時間を費やす事は、今の世では嘲られる事が多い。
ブルーノは、この鬼神族に攻め入られ種族滅亡寸前の非常時の今でも、『ドワーフ族の未来の為だ!』とルーンの研究の為、鉱石採掘坑道の最深部に籠る変わり者なのだと……
ブルーノの居場所はわかった。
だがあくまでもおおよその居場所を知る事が出来ただけだ。
この鉱山都市ガレドの最下層、採掘坑道の最深部は迷宮の様に掘り進められているのだと言う。




