第八章30 凄惨な計画
バーデン王との謁見を済ませた俺達は、シャンポール王の意向『ドワーフ族民保護の承諾』を伝え、移住先もバーデン王が望む精霊アウラが作った世界『ウォーレシア』であることを説明した。
その後俺達はドワーフ族軍の将軍達が集まり話し合っている会議室に通された。
この場を仕切っているのはベルハルトだったが、十一人居る将軍達は皆対等な立場で激論を交わしている。
この会議のお題は『どうやってポートブレアまで国民を連れて行くか?』だ。
残念だが俺達はこの場では基本聞き手に徹し、決まった方針を頭に入れるしかない。
俺達の仕事はドワーフ族がポートブレアに到着した後だからだ。
ドワーフ族が人族領との国境を自力で越え、保護を求めた体を示さなければこの亡命は成立しない。
もしここから強引にドワーフ民を転移させてしまえば、後に鬼神族からドワーフ族の引き渡しを要求をされた場合、断る事ができなくなる。
鬼神族に人族との戦争理由を与えてはいけない。
……とはいえ、どんな大義を得ようとも戦争は起きる。
だがその時筋を通していなければ、鬼神族が人族領に攻め込んできたとき、人族は魔神族やエルフ族と言った同盟国の力を借りる事が出来なくなる。
強種族の仲間入りを果たしたと言われている人族だが、その実は魔神族の庇護下、同盟ありきの虎の威を借る狐その者なのだ。
魔神族の様な本当の強種族ならば…… この様な相手の顔色を伺うような必要も無く、傍若無人に振舞ったとしても相手が引いてくれるのだろう。
会議は非常に難航していた。
このまま籠城を続けても破滅の道しかない。
しかし城外にうって出たとしても勝てる見込みも無い。
この八方塞がりの状況で、足手まといと言っても良い民衆をどうにかしてポートブレアまで避難させなければいけない。
―――と言う無理難題。
普通に考えれば詰んでいる案件だ。
会議が難航する中、休憩時間となり、俺達はベルハルトに別室へと呼ばれた。
「ディケム、皆、呼び出して済まない。 見て貰った通り会議は難航しているが…… まぁあれは最初から分かっていた事なんだ。 俺達は本当にもう他に別の策が無いのか苦し紛れの模索をしていると思ってくれ」
「『別の策が無いか模索してる』って事は…… 既にこれからとる行動は決まっていると言う事ですか?」
『あぁ……』と俯いたベルハルトが話した策は、策とも言えない凄惨なモノだった。
ベルハルト達が出していた答えは――
領民と言う物量で押し進み、大量の犠牲者のもと、幾人かの民衆をポートブレアまで送り届ける…… と言う玉砕戦法だった。
軍関係者と戦える大人の男共は全滅覚悟、年老いた者は次代の子の為に盾となり。
若い女と子供を中心に逃がす…… と言う凄惨な計画だった。
「ディケム。 悪いがお使いを一つ頼まれてくれないか?」
悲痛な表情の俺にベルハルトが頼み事をしてくる。
「俺に出来る事でしたら」
「すまない。 俺達は現状から鑑みて時間が経てば経つほど鬼神族軍の包囲は固くなると推測している。 だからこの作戦決行までもう時間があまり無い。 俺は作戦の最終調整を行わなければならない。非情な作戦だが…… それでも一人でも多くの者を死なせたくないからな」
「はい。 それで俺に頼みたいお使いと言うのは?」
「あぁ、ディケムには手間をかけるが鉱山都市ガレドまで行って、住民を首都バーデンまで誘導してほしい。 ガレドは『グスタフ』と言う巌窟将軍と呼ばれる屈強な将軍が守っている。 ディケムが行けば奴は全てを理解し、手はず通り行動してくれるはずだ」
⦅俺が行けば?⦆
俺が怪訝な顔をすると……
「あぁ……察しの通り巌窟将軍グスタフは、屈強なのは確かだが……頑固でな。 本当に『グラムドリング』に認められた人族を自分の目で確かめなければ、こんな民衆を死に導く策には手を貸さんと、鉱山都市ガレドから動かないんだ。 まぁそのおかげで鬼神族の軍も『鉱山都市ガレド』と『王都バーデン』の二つに分散出来ているから今までは良かったのだが……」
巌窟将軍グスタフ…… 頑固な性格に多少不安を感じるが凄くないか!?
敵の規模にもよるが、首都バーデンは十一人の将軍が守っているのに、鉱山都市ガレドはグスタフ将軍一人で鬼神族を退けているって事だろ?
ベルハルト達はガレドの民衆を見捨てられないのも確かだろうが、
巌窟将軍グスタフの力も最終決戦には必ず必要と考えているのだろう。
鉱山都市ガレド――
俺はラトゥールから地の精霊ノームの所在がドワーフ領のガレドと言う街だと聞いていた。
さらにポートブレアで会ったルーン文字が刻印されたバングルを売っていたクルトと言う少年。
その父親『ブルーノ』が鉱山都市ガレドに居ると聞いている。
ベルハルトには少し申し訳無いが、俺は個人的な用件で鉱山都市ガレドにどうにかして行けないかと考えていた。
だからベルハルトからの依頼は俺にとって渡りに船と言うモノだった。
「用件は分かりました、そのお使い引き受けましょう。 でも……この包囲された状況下でどうやって鉱山都市ガレドまで行くのですか?」
「それは問題無い。 王都バーデンを難攻不落の要塞と化している背にそびえ立つ崖。 この崖には極秘だがトロルリギエナの様に道が有る。 その道は長い年月をかけ我々のご先祖様が作った物だが、遥か鉱山都市ガレドまで続いている。 これにより我々は今までどちらの都市が戦渦に巻き込まれたとしても、この道を使い退避する事も敵の後方を付く事も出来た…… だが今回はもう両方の都市が包囲され手遅れとなってしまったがな」
「……分かりました。 それでは私と……ディック。 この二人で鉱山都市ガレドまで向かいましょう」
「恩に着る!」
「ララはここに残りドワーフ軍医療部隊の支援、ケガ人の治療を手伝ってくれ。 あとウンディーネを使い水の供給もしてくれ。 首都バーデンの井戸は生きているが難民が押し寄せている現状で水不足は深刻だろう」
「はい!」
「ギーズは将軍達の会議に参加し内容を把握しておいてくれ。 他にも出来るだけ情報収集して、それを夜にでも『言霊』で俺に報告してくれ」
「はっ!」
「二人共、精霊を使う指示を出したが…… あまり派手には行うなよ。 我々の痕跡を出来るだけ残さないよう注意してほしい」
「はっ!」「はい!」
俺達は早急に各自の仕事に取り掛かった。




