第八章29 ドワーフ族の王
ドワーフ族の王都『首都バーデン』。
ここは王祖バーデン、そして代々王を担ってきたバーデン一族の名を冠する城塞都市。
堅牢な城壁と街全体は砂岩で出来ており、日が沈む頃には夕日に街が照らし出され、金色に輝くその様を人々は『黄金都市』と称している。
砂漠や岩肌が削られた荒涼としたキャニオン地帯が広がるドワーフ領は、作物の生産には適さない土地。
ドワーフ族もその気質から農耕を好まず、主に鉱石の採掘とそれを加工した装備品を作り出す事を好み、それを主産業としてきた。
その為食料などの調達は交易に頼る所が大きいという訳だ。
したがって城塞都市バーデンはその堅牢な城壁と土魔法を得意とするドワーフ族との相性で難攻不落の要塞とも呼ばれているのだが…… 兵糧攻めに弱い。
城壁外を鬼神族に完全に包囲され輸送手段を断たれた今、この城塞都市が落とされるのは時間の問題と言える。
一人一人が強力な力を持つ鬼神族には決して頭脳派と言うイメージは無い。
これまでの噂を聞く限りでは、その力に任せ難攻不落の要塞に強引な突撃を繰り返しそうに思えたが……
⦅どうやらしっかりした軍師が居る様だ⦆
普通、島国から遠征して攻めて来た鬼神族のウィークポイントは兵糧の確保だろう。
その為どうしても勝利を急ぎ強引な戦いになりがちになるものだが……
現状、鬼神族に勝ち急いでいる感じは見受けられない。
しっかり兵糧の確保は出来ており、むしろ逆に兵糧攻めを仕掛けているのが現状だ。
そして昼夜問わず一日に数度の攻撃を行い、ドワーフ族の緊張を誘い疲弊するのを待っている。
………これは予想以上に難しい戦いになりそうだ。
辛うじて入城を果たした俺達は、ドワーフ族の重鎮らしき人物に連れられて王城へと迎えられていた。
謁見の間にはドワーフ族の重鎮、騎士団長などがずらりと並び俺達を値踏みしている。
そして謁見の間の最奥には玉座が有り、玉座には鍛え抜かれた体に髭をたくわえた壮年の男が座っていた。
⦅あの人が…… ザクセン・バーデン王⦆
その威風堂々とした佇まいは重鎮たちの信頼を集め、内包するマナの質はバーデン王が名君である事を物語っている。
ドワーフ族領滅亡の汚名を着るには惜しい人物の様だが、優勝劣敗の種族戦争において名君が必ずしも覇者となれるとは限らない。
俺、ディック、ギーズ、ララはベルハルトに連れられゆっくりと謁見の間を歩き玉座の前まで進んだ。
バーデン王の前まで来ると俺はマリアーネ王女に言われた通りバーデン王に宝剣を見せる。
バーデン王国の紋章が掘られた真白な竜の牙で作られた鞘に入れられた『宝剣グラムドリング』。
謁見の間に『おぉおおお!!!』『ま、まさかあれは!』と、どよめきが起こる。
「信じられん…… まさか本当にあの『宝剣グラムドリング』なのか!?」
「な、なぜあの者がドワーフ族の宝を持っている!」
「『宝剣オルクリスト』と対の我らドワーフ族の宝剣が人族を認めたと言うのか……?」
「陛下はドワーフ族の誇り『宝剣グラムドリング』を差し出したのか……」
皆の反応は様々だったが……
一応に皆人族の俺が『宝剣グラムドリング』に認められた事に目を見張り戸惑っていた。
しかしバーデン王だけは、グラムドリングを渡された時のマリアーネ王女と同じく俺に向けた顔は笑っていた。
謁見の間のざわめきが収まるのを待たず俺は口を開く。
「お初にお目にかかりますバーデン王。 人族同盟盟主、シャンポール王配下ディケム・ソーテルヌと申します。 シャンポール陛下の名代として参上仕りました」
「ソーテルヌ卿、やっと会う事が叶ったな。 私がドワーフ族バーデン王国の王ザクセン・バーデンだ」
バーデン王は挨拶を交わした後――
『ソーテルヌ卿が我らドワーフ族の宝『グラムドリング』に認められた事―― 確かに見届けた! ここに居る皆もその事実を目にした。 貴殿ならば必ずやってくれると信じていたぞ』と、他の重鎮達を納得させるように言葉を繋いだ。
その一言で――
謁見の間に広がっていた俺達を値踏みする視線が変わった。
他種族に対する敵意すら混ざる疑心の眼差し、それが一転して信頼へと変わったのだ。
ドワーフ族の誇り『グラムドリング』に認められたと言う事は……そう言う事らしい。
人族にはあまり理解できないが、武器作りを生業とするドワーフ族にとって、自分で主を選ぶアーティファクト武器は神に近しい特別な存在らしい。
その為時代の王は、必ず王の証『宝剣オルクリスト』に認められなければならず、また唯一の主と認めらた者が王となる事は絶対だと言う。
だから王の証『オルクリスト』と対となるドワーフ族の誇り『グラムドリング』に認められた俺は、無条件でドワーフ族の信頼を勝ち取る事が出来たという訳らしい。
それにしても……
謁見の間に集まっている錚々たる重鎮達の戸惑いを一言で納得させたバーデン王から伝わってくる威厳は流石としか言いようがない。
一国の王ではなく種族を率いる王に相応しいモノだった。
もし俺がラフィット将軍の経験を持たないただの使者だったのなら、とても冷静に対峙していられず無意識に傅いていたかもしれない。
「ソーテル卿、会談の前に一つ。 入城時のベルハルトとの一件―― 聞き及んでいるぞ」
⦅ッ―――!!!⦆
俺は息を呑む……。
入城時俺は、出迎えのドワーフ族重鎮が居るにも関わらず彼に挨拶もせず、怒りに任せ真っ先にベルハルトの胸ぐらを掴みに行ってしまった。
あれは本来外交の場でもあるあの場では、あるまじき行為だ。
俺は謝罪の言葉を口にし、深く頭を下げようとした時――
……バーデン王が俺より先に口を開く。
「我々の非常な作戦を、我々に変わり怒ってくれた事……感謝する。 其方は信頼に足る御仁の様だ」
そう言ってバーデン王が俺より先に頭を下げた。
そしてそれに連なり、謁見の間の重鎮達も一斉に俺達に頭を下げた。
『ッ―――』思わぬバーデン王と重鎮達の謝罪に俺達は目を見張り、『この人が、レギーナ達が命を懸けて俺達に会わせたかった王なのだ』と理解した。
そして俺達の脳裏に、昨日まで毎晩楽しく笑い一緒に語り合ったレギーナ隊一人一人の顔が浮かぶ。
「私は昨夜レギーナ達から『ドワーフ族を頼んだぞ』と頼まれました。 微力ではありますがレギーナ達との約束を果すべく尽力することを約束いたします」
俺の言葉に『よろしく頼む』とバーデン王は笑顔で答えた。




