第八章28 精霊魔法師の卵たち8
アーロン達はイ・シダールの魔法によって戦場を俯瞰して見ているから分かっていた。
ドワーフ族の攻撃がディケム達をバーデン王都に入城させる為の陽動だった事を。
しかしイ・シダールが狂戦士を五体も顕現させたのは、あろう事かディケム達が一直線に駆け抜けているその進路。
『な、なんて事を……』アーロン達の絶望の呟きに……
イ・シダールはまたフフと笑みをこぼしアーロン達に問題を出す。
「さぁ……彼らはどうすると思いますかぁ? ここで彼の力を使うのか~? それとも……アハァ♪」
「ディケム先輩ならあんな狂戦士くらい簡単に倒せます!」
アンドレアがイ・シダールを睨みながら答えると……
その答えを聞きイ・シダールはまた楽しそうに質問を返す。
「フムフム。 ですが…この戦場で彼の力を使ってしまえば―― 人族が鬼神族に宣戦布告したと思われるかもしれませんよ?」
イ・シダールの質問を聞き、今度はイグナーツが答える。
「この戦場の片隅で起きた小さな戦いなんて誰も気づきませんよ!」
イグナーツの答えを聞いたイ・シダールは『それでは不正解です』とばかりにイグナーツに言葉を返す。
「アハァ! 何を言っているのですか、私達が今見ているじゃないですか? この映像が『記録の宝珠』に残されていないとでも?」
「なっ! イ…イ・シダール先生!」 「ヒ、ヒドイ……」 「なんて奴だ!」 「…………」
アーロン達が怒気を込め睨むと……
『噓ですよウソ♪』と――
イ・シダールがまた茶化しながら笑ったかと思うと、今度は真面目な顔をして語り出す。
「ですが―― あなた達はやっぱり勉強が足りませんね。 狂戦士があの配置で顕現した時点で、彼らは誰かに見張られている事に気づいたはずです。 その状況下で彼らはディケム君の力を使う事は選択できないのですよ」
「なっ……!」 「そんな……」 「クッ……!」 「…………」
アーロン、アンドレア、イグナーツ、プリシラの顔に絶望の色が浮かぶ。
そして俯瞰して戦場を見ていながら、自分達がイ・シダールに説明された事に気づけなかった不甲斐なさに落ち込んでいた。
しかし戦場はアーロン達が落ち込んでいる時間など与えてはくれない。
戦況は次々と目まぐるしく動いて行く。
そしてアーロン達がその後見たレギーナ隊が取った行動は……
騎士達が次々と狂戦士へ突撃して道を開けると言う凄惨な光景だった。
「や……止めてくれ――! レギーナさん止めてくれ―――!!!」
アーロン達は心の底から叫んでいた……
本当は一度も会った事もない見ず知らずのドワーフ騎士のはずなのに、この数日間でアーロン達はすっかりレギーナ達に感情移入してしまっていた。
今目の前で……
昨夜焚火の前で酔っ払いながら女性騎士に告白して振られていた、アヒムと言う若いドワーフ騎士が狂戦士へと突撃して玉砕していく。
そして次は……
王都に生まれたばかりの子供とカワイイ妻が居ると自慢していたヨーゼフ。
昨日まであんな楽しそうに笑っていた彼らが、目の前で死んでいく――
「あぁああ――やめてくれよ…… みんな死なないでくれよ!」
「いやぁ! やめて…… そんな事やめてよ―――!」
「クッソ! こんな戦い方あるかよ! 他に方法は無いのかよ!!!」
「……………………」
そして最後には、毎晩のように夫であり隊長のベルハルトとイチャつき、皆の目のやり場を困らせ笑っていたレギーナ自身も狂戦士へ突撃していった。
「「「「あぁああ…… あぁああああ“あ”あ“あ”あ“――――――!!!!」」」」
アーロン、アンドレア、イグナーツ、プリシラの叫び声が響き渡る。
アーロン達はこの時、本当の戦争の惨さを思い知らされた。
そして……強烈な悲しみは恐怖へと変わる。
恐怖に呑まれたアーロン達は感情のコントロールを失い嗚咽し、嘔吐した。
そして次に彼らは、自分の心を恐怖から守る為にそれを怒りへと変えて行った。
愛する人達の命を奪った敵、鬼神族を憎悪した。
『あいつ等が攻めて来なければ、こんな戦争は起きなかったのに!』と……
彼らの心の奥底に『怒りの炎』が灯る。
そんな彼らの背後でイ・シダールは『フフ』と冷たい笑顔を零す。
既に言葉を無くし、ただ茫然と映像を見ているアーロン達。
今、映し出された映像にはバーデン王都に無事入城したディケム達の姿が映っていた。
入城後、直ぐに馬から飛び降りベルハルト将軍の胸ぐらを掴むディケムの姿。
軍人らしからぬ大粒の涙を流すベルハルトの姿。
ディケムの行動も……上司への報告を怠るベルハルトの事も…… 怒らずただ一緒に悲しむドワーフの重鎮の姿。
その場には悲しみだけが広がっていた。
『ディケム先輩……』いつも自分達を導いてくれる頼もしい先輩の……
初めて見る弱弱しい姿にアンドレアが思わずつぶやく。
そのつぶやきを聞き……
『レギーナさん……』とアーロン達も目に焼き付いた彼女の最後の姿を思い返し、決壊した大粒の涙を止める事が出来なくなっていた。
「さて……今、貴方達はドワーフ族の悲劇に悲しみ、鬼神族を恨みましたね」
そのイ・シダールの感傷の無い言葉にアーロン達はまたイ・シダールを睨む!
⦅なにがドワーフ族の悲劇だ!⦆
⦅お前が何もしなければ誰も死ななかったんだ!!!⦆
……と心の中で叫んでいた。
「あなた達は今一方的にドワーフ族の悲劇を悲しんでいますが、それと同じ悲劇が鬼神族にも起こっている事をさっき見たばかりじゃないですか? もう忘れてしまったのですか? 一方的な感情でどちらかを悪だと決めつける事はあなた方のエゴと言うモノ。 あなた達がこの先対峙する敵にも命があり、その後ろにはその者を思う家族が居る。 それを理解し怒りをコントロールしたうえで戦いに挑まなければ…… いつかあなた達の心も壊れてしまいます」
⦅イ・シダール先生の言う事は正しいのかもしれない。 でも……⦆
今、目の前で起きたばかりの悲しみに、アーロン達はイ・シダールの教えを受け入れる事は出来なかった。
「……まぁ仕方が無いですね。 あなた方にはもっと強くなって貰わなければならないのですが…… 鞭だけでは厳しそうですね」
イ・シダールがそう言うと、なにか呪文を唱えだす。
≪———μετάσταση(転移)———≫
アーロン達の目の前に突然魔法陣現れ強烈な真っ白な光を発した。
そしてその光が収まった時…… そこには重傷を負った一人の女性が倒れていた。
「「「「レ…レギーナさん!!!」」」」
目を見張りアーロン達はイ・シダールを見た。
イ・シダールはポーションを取り出し、どう行動して良いか分からず硬直しているアンドレアにそれを手渡した。
「あなた達の大好きなディケム君が研究しているポーションです。 なかなかいい出来ですがもう少しって所ですかね…… ですが彼女の治療には十分でしょうから与えておきなさい」
イ・シダールの指示を聞き、やっと自分達のやる事を理解したアーロン達がレギーナの介抱に駆け寄った。




