第八章24 対価
川のほとりの村を後にし、俺達は首都バーデンを目指し出発した。
出発する際、村の長老には極秘と称して今後ドワーフ族が人族領に移住する旨を伝え、
トロルリギエナ砦のレジスタンス部隊に保護を求めるか、可能ならばそのままポートブレアまで抜ける事を勧めた。
このまま此処で待ち、これから数日後俺達が誘導してくる難民の列に加わるのも良いが、難民の列は標的になりやすい。
今ならトロルリギエナ砦までの街道は俺達が敵を排除してきた事も有り比較的安全だ。
だがそれも確率でしかない、新しい敵が来ているかもしれないし来ていないかもしれない…… 戦争状態に陥った国に確実に安全な場所など無いのだ。
願わくば―― 今までの様にこのままこの村に残り続けると言う選択だけはしない事を願う。
ドワーフ族が人族領に移民した後は、もう誰も助けてくれる者はこの領土には居なくなるのだから。
それから数日間、毎日の様に鬼神の偵察部隊と遭遇戦を行い、襲われている村を救い、既に戦闘後の焼け跡となった村も見てきた。
レギーナさん曰く、首都バーデンまではもうすぐ。
明日にはこのキャニオン地帯を抜け、平野に出れば視認できるのだそうだ。
今日は、いつもお決まりのキャンプでの夕食後の焚火ミーティングには、珍しくベルハルトが居なくレギーナさんだけが居た。
「明日にはキャニオン地帯を抜ける。 これまでの鬼神族の侵攻具合を鑑みると、残念だが平野には既に鬼神族の部隊が展開し、首都バーデンは包囲されていると私達は予想している。 ベルハルトは今首都バーデンに居る駐留部隊と極秘に連絡を取り合い、今後の方針を話し合っている」
その話し合いに俺達が加わらせて貰えないのは少し不満だが……
確かに俺達はあくまでゲスト。
基本はバーデン陛下に『人族領への移民の承諾を直接伝える事』と『難民を誘導する事』が主な役割だ。
この頃毎日の様に戦っていたので、ドワーフ族領での戦闘が基本禁止であることを忘れていた。
その後はいつもの様に皆で少し砕けた会話をしたあと……
レギーナが突然真面目な顔になり俺に訊ねて来た。
「なぁディケム殿、一つ頼みがある。 私の目を見て真面目に答えてくれないか?」
いつもは場の空気を和ませているレギーナの突然の真面目顔に、俺は少し戸惑ったが素直に『はい』と答えた。
「この数日間アンタと共に行動して、アンタの人となりを見て私なりにはアンタを分かったつもりでいる…… だけどあえて訊ねさせて欲しい! アンタの従属に下ったエルフ族は、本当に嗜虐されず幸せに暮らしているのかい?」
レギーナはエルフ族の現状を聞いているが、本当に聞きたいのは従属下に入るドワーフ族の行く末だろう。
レギーナの質問に俺では無くララが口を挟む。
「レギーナさん、人族……我々はエルフ族を嗜虐なんてしていません! みんな幸せに――……」
「――ララ殿! まだ若いアンタにこんなこと言っても意味無いが、『他種族難民の受け入れ』なんて、この種族戦争の真っただ中で、そんな都合の良い話しを信じられるほど私は若くはない。 戦争は子供のお遊びじゃないんだ、今までもどんな酷い事でも見て来た……それが戦争と言うものだ。 今回の話はディケム殿に利が無さすぎる。ディケム殿の利が説明つかなきゃ納得できないのが大人って生き物だ」
『…………』レギーナの真剣な目にララが黙る。
俺は一本の『ポーション』を取り出す。
それを今日の戦いで負ったのだろうレギーナ腕の傷に一滴垂らすと、傷は瞬時に治る。
レギーナの傷は軽傷だったが、普通一滴のポーション程度で完治するものではない。
『こ、これは……』とレギーナが目を見張る。
「これはエルフ族と人族が共同で開発したポーションです。 通常のポーションよりも数倍効果が高いでしょ?」
俺は『ニッ』と笑い、今度はディックが帯剣している剣を俺が抜く。
そして剣にマナを送るとディックの剣は炎を纏った。
「なっ! ディック殿の剣はミスリルに見えたが……ま、まさかアーティファクトなのか!?」
「いえ、これはうちの軍装研究部隊が作った『ミスリルの魔法剣』です。 アーティファクトではありません」
「なっ……! い、今作ったと言ったのか!? ドワーフ族でも今はもう作れない魔法剣を人族が作ったと言ったのか!? ディケム殿!」
武器作りと言えばドワーフ族だ。
そのドワーフ族もルーンの技術を失ってから魔法武器を作れていない。
それを方法は違えど人族が作っている事にレギーナが驚愕している。
「もしあなた方を救う事にどうしても理由が欲しいのならば、あなた方にはこれの研究を手伝って貰いたい。 この剣をさらにアーティファクトに近い物に……そして量産出来るように。 私の利はこれと言う事にしておきましょう」
『…………』レギーナさんが言葉を失い固まっている。
アーティファクト武器を人の手で作る。
しかも量産までしようとしている。
その軍事的意味合いは計り知れない。
俺を睨むよう凝視していたレギーナさんが、やっといつもの様にニマッと笑った。
「…………。 本当は只のお人好しでは無いかと少し思っていたが…… ちゃんととんでもない打算も考えているのだな。 アーティファクトの製造、それならば我らドワーフ族の命と天秤にかけても遜色無い。 面白い! ドワーフ族の運命をアンタに預けよう」
真面目な話はそれで終わり。
レギーナさんはいつもの陽気な酔っぱらいへと戻った。
そろそろお開きと言う頃、俺は軽い気持ちでレギーナさんに言った。
『この作戦が終わったら一度一緒にエルフ領でも観に行きましょう』……と。
だがレギーナさんは一度目を瞑り、ゆっくり目を開くと『ディケム殿。ドワーフ族を頼みましたぞ』と微笑みベルハルトが待つテントへと帰って行った。
俺は……その言葉と微笑みの意味が心に引っかかり、考えながら眠りの途についた。
翌日、俺達は予定通りキャニオン地帯を抜け平野へと出た。
平野と言ってもその場所は、キャニオン地帯に出来た崖に囲まれた盆地の様な場所だった。
その広大な盆地平野の奥には高い崖を背に『王都バーデン』が見える。
背後を崖に守られた難攻不落の王都なのだそうだ。
だが本来ならば、今我々が立っている盆地平野の入り口を守って居た外堀と言える砦は陥落し、平野には無数の軍旗がはためき鬼神族の大部隊がいくつも布陣しているのが見える。
蟻の這い出る隙も無いとはこの事だ。
この状況を見てベルハルトもレギーナも『なっ! す、既にここまで……』と驚きを隠せない様子だった。
昨日事前に情報は得ていたのだろうが、にわかには信じられなかったのだろう。
今、現実に目視し愕然としている。
彼らが王都バーデンを出てポートブレアに向かった時は、鬼神族の侵攻はまだここまで来ていなかったと言う。
それが十数日でこんな状況に……
鬼神族の侵攻は予想以上に早いようだ。
もしこの有様を知っていれば、一か八かの支援物資輸送部隊など送る事はしなかっただろう。




