第八章23 策士
レギーナに斬られた鬼神を横目に……
『やってしまった……』とベルハルトが呟く。
「まったくあなたは…… 皆に戦うなと言っておいて、なにやってるのよ!」
そう怒るレギーナだったが、子供を守る為に飛び出したベルハルトを本気で怒ってはいないようだった。
そしてベルハルトの部下達も、呆れ顔で岩陰から出てきて『仕方ない……』と腹を括り戦う準備を始めていた。
冷静に考えればベルハルトの行動はバカだったのだろうが……
この部隊はそんな隊長が好きでここまでついて来たのだろう。
誰も本気で怒っては居ないようだった。
しかし……
だからと言って現実は甘くない、このまま戦えば十人しか居ないベルハルト部隊は全滅を免れ無いだろう。
そして俺達も戦闘に参加する事は決定事項なのだが……
どう戦うのが正解なのだろうか?
幸い俺達はドワーフ族と行動を共にする為、ドワーフ族の好む装備に整えて来た。
もちろんドワーフ族から見れば全然違うのだろうが――
他の種族から見ればパッと見、少し背の高いドワーフ位に見えるかもしれない。
ならば後方支援としてなら一緒に戦っても問題無い!……だろ?
俺は、村の外の異変に気付き出て来た三人の鬼神に躊躇なく魔法を放つ!
≪―――ναπαγώσει(凍結)―――≫
基本的な氷の魔法だが、もちろん俺は氷の上位精霊フェンリルの力も使っている。
普通の『凍結』なら氷塊が敵にぶつかる物理攻撃に近い効果となるが――
俺が唱えた『凍結』は氷塊が鬼神にぶつかった瞬間、鬼神は冷気に浸食され氷柱に閉じ込められ、三つの氷の柱が出来上がった。
ベルハルトの部下達は俺が放った『凍結』魔法の威力に目を見張っていたが、彼らはよく訓練されていた―― 驚きはしても動きを止めない。
迅速に動いた彼らは躊躇することなく凍り漬けの鬼神三体を瞬殺した。
戦闘が始まってしまえば、数でも強さでも圧倒的不利の俺達には時間が無い。
⦅さぁどうする!?⦆などと俺が考えていると――
凍りついた鬼神三体を切り倒したドワーフ兵たちが勢いそのままに村へ突入しようとしている。
⦅おぃおぃおぃ! ちょっと待て!⦆
いくら何でも無謀過ぎるだろ!? 勢いだけで勝てる兵力差じゃない!
まだ決定的に気づかれていない今、先手を取り戦場の流れを支配したい気持ちは分かるが……
その時、先頭を切って飛び出したレギーナが一度チラリと俺を見た!
⦅なっ!? 『援護は頼んだよ!』って事か!!?⦆
な…なんて他人頼りな戦略!
もし俺が何も手伝わなかったら、確実にベルハルト部隊は全滅する。
もぅこれは『お願い』と言うよりも『脅迫』に近い確信犯だ!
俺はすぐさま氷の礫を村の上空へと飛ばす。
その氷の礫が村の真ん中上空で粉々に砕け散ると霧へと変わる。
ウンディーネ、フェンリル、イフリートの合わせ技だ。
礫の質量からすると明らかに発生した霧の量がおかしいが礫はきっかけでしかない。
一瞬にして村全体が霧に包まれたが、その霧は遠くから見ると不自然と鬼神の顔に濃くまとわりついている。
そして次は、村の地面に少ししか生えて居なかった草が、霧に隠れて一斉に芽吹き一瞬にして地面を覆
う。
この荒涼とした一帯の地に、青々と茂った下草は明らかに場違いな異物だろう。
そしてさらにその下草は生きている様に鬼神達の足にだけ絡みついた。
視界を奪われ歩く事もままならなくなった鬼神達をドワーフ兵が一方的に襲う。
俺はさらにシルフィードを使い空気を遮断、音の振動を無くした。
これにより鬼神達の声は聞こえなくなり、叫び声や斬られる音すらも響かなくなった。
自分でやって置いてなんだが…… とっても卑怯だ。
だが最初に武力でこの村を襲い理不尽を押し付けてきたのは鬼神達、因果応報とはこの事だ。
この村での戦いは、狂戦士が顕現するなどの緊急事態が発生する事も無く呆気なく終わりを告げた。
霧を解除すれば、ドワーフ達はゴーレムも使い数の不利も減らしていた。
案外人任せの作戦の様でとてもしたたかだったようだ。
⦅でも何故……今回は狂戦士が顕現しなかったのだろうか?⦆
⦅狂戦士が顕現していれば、いくら俺が対処したところでこれ程一方的な戦いにはならなかったはずだ⦆
この近くにフューリーが居なかった……?
フューリーを使役している術者が居なかったと言う事だろうか?
『人族』が来ている事を俺達は隠すように戦ったが、戦場を見張っている者はここには居なかった。
もしくはトロルリギエナでの戦いで既に俺達の存在に気づかれたのかもしれない。
⦅今回は見逃されたのか?⦆
俺はまた、誰かの手の上で転がされているような不気味さを感じていた。
この日のキャンプは戦闘の後始末も有り、この村で泊まる事にした。
後始末を終え、食事を済ませ、皆で焚火を囲んで寛いでいると、また仕事を終えたレギーナがやって来てベルハルトに寄り添うように座った。
「ディケム殿、今日の戦いは本当に助かった。礼を言う。 誰一人失う事無く鬼神に勝てたのはあんたのお陰だ」
ベルハルトもレギーナと一緒に俺達に頭を下げた。
そして堅苦しい礼が終わると、いつもの様に砕けた会話が始まる。
『今日の戦いは何も出来なかったな~』と項垂れるディックに、
『しょうがないじゃない、私達じゃ精霊をあんな風に使えないから』とララが宥める。
ディック達の力は今回の作戦において、言わば奥の手のようなものだ。
もし他種族同士の戦争に使わなくて済むのなら使わない方が良い。
だが、撤退行軍はそんな優しく無いだろう。
ゾロゾロと列を成し逃げていく敵種族を、何もせず逃がしてくれるはずが無い。
ディック達の力は必要になる時まで隠しておいた方が良い。
自分達の戦力を事前に教えるなど、お人好しにも程がある。
「しっかし~ラフィット将軍は豪快な剛の御仁だったが…… 今日の戦いを見るとディケム殿はどちらかと言うと策士、柔の人の様だな。 いや見事だったが敵ながら何も出来ずに死んでいく鬼神達を見て哀れに思ったぞ」
⦅おいおい! 貴女達が強引に突っ込んだからでしょ!⦆
⦅しかも『援護は頼んだよ!』とばかりに俺の顔を観ましたよね!?⦆
「だがもしディケムがラフィット将軍の剛を持ち、さらに今の柔を得たのならば――それは敵からするととても恐ろしい事だな。 一度ディケムの本気で戦う所を見てみたいものだ」
「そんな、本気で戦わなければならない事態に陥らない事を俺は願ってますよ」
「確かに、これはドワーフ族と鬼神族の戦い。 人族のディケム殿の力に頼ってはいられないな……」
そんな話をしていると、昼間の戦闘が始まるきっかけとなった女の子が両親に抱えられてお礼にやって来た。
どうやら両親も命を落とさず済んだようだ。
『もう離さない』とばかりに子供を抱きしめ、涙を浮かべ俺達に礼を言う彼らを見て、本当に助けられて良かったと皆笑顔がこぼれた。
ドワーフ族と人族、種族は違えど親子の愛情は何も変わりは無いと俺は思った。




