第八章18 レジスタンス
旅は順調だった。
俺達には全く同じ砂漠の中を三日間歩き続けただけに思えたが、ベルハルトの選んだ道は正しかったのだろう。
魔物にも鬼神族にも会わずに此処まで来た。
今、俺達の前方には大きな崖がそびえ立ち、砂漠の中に一本続く街道がその崖の中央を割る裂け目へと続いている。
街道を避けて歩いてきた筈だったが、ここでまた街道まで戻ってきたようだ。
ここから先は崖に阻まれ、あの割れ目に続く街道を通らなければ先に進めない、と言う事だろう。
しかしやはりと言うか……
割れ目へと続く街道には鬼神族が砦を作っていた。
「チッ! 先日通った時はあんなもの無かったのに…… レギーナがしくじったか!?」
ベルハルトの舌打ちが聞こえたが、予想より鬼神族の侵略が進んでいるようだった。
「さぁここが最初の関門のようだ。 迂回すれば途方もない時間が掛かるし…… 後から来る支援物資輸送部隊の為にもここだけは通れるようにしておきたい」
「それはここで戦うと言う事か?」
「見ての通りここは、物資を送るにしても難民が通るにしても要所となる。 だから俺の副官がレジスタンスとしてここだけは死守していたはずなのだが……どこかに居るはずだ。 まずはレジスタンス部隊と合流しよう」
⦅もしかして全滅したのでは?⦆と少し頭をよぎったが……
ベルハルトは疑いも無くレジスタンス部隊を探している。
俺がラトゥールを信頼するように、よほど信頼のおける副官なのだろう。
ほどなくして、レジスタンス部隊はあっさりと見つかった。
俺達には砂丘に阻まれまったく分からなかったが、砂漠地帯でのドワーフ族の嗅覚には驚かされる。
レジスタンス部隊は結局、街道に築かれている鬼神族砦のすぐ近くで、牽制する様にテントを張っていた。
その数は一〇〇ほど、レジスタンスと言うには大所帯の中隊規模だ。
レジスタンスのキャンプ地に入るとベルハルトは直ぐに副官を呼びつけた。
「これはこれは隊長殿。 恥ずかしい所をお見せした」
そう言い出てきたのはロングの黒髪に褐色の肌を持つ女性の副官だった。
非常にエキゾチックで目を見張る美しさがあった。
「レギーナ、状況を報告しろ」
「はっ! 我が隊は『トロルリギエナ』を守備していましたが突如現れた鬼神族部隊と交戦、数度に渡り撃退するも鬼神族に一体の狂戦士出現、その異常な強さに撤退を余儀なくされ部隊を一時引いておりました。 狂戦士化した鬼神は戦闘後息絶えましたが、これまでの様にまた他の鬼神も狂戦士化する恐れを考慮して今も様子を見ている次第です」
聞きなれない言葉がいくつか聞こえたが……
『トロルリギエナ』とはあのそびえ立つ崖の事をドワーフ族は昔からそう呼んでいるそうだ。
リギエナ=背中、その大きさからこの崖を『トロルの背中』と例えたのだろう。
そして問題は『狂戦士』だ。
その存在は俺も古い書物でしか見た事が無かったが、狂戦士化した戦士は強さが数倍に膨れ上がり、敵味方見境無く戦いそして息絶えると聞く。
さっきレギーナは『これまでの様にまた』と言った。
鬼神族は強いが二年でドワーフ族が滅亡寸前まで追い込まれた事を俺は不思議に思っていたが……
その理由はこれかもしれない。
個々の兵が魔神族と同等の力を持つと云われる鬼神族、その鬼神族がもし狂戦士化したらそれは手が付けられない程の強さとなるに違いない。
「また狂戦士が出現したのか…… アレは伝説の類の者…… なぜ鬼神族はこうも狂戦士を顕現させられる!?」
レギーナの報告を一緒に聞いた俺は、ウンディーネに念話で聞いてみた。
⦅なぁウンディーネ?⦆
⦅なんじゃ?⦆
⦅昔本で読んだ知識だが、狂戦士は『怒りの精霊フューリー』に魅入られた戦士がなると読んだ⦆
⦅そうじゃ⦆
⦅精霊は個では無い事は知っているけど…… 普通契約者が死んだら精霊もマナに帰るのだろ? なら何体も狂戦士が出現していると言う事は『フューリー』が何柱もここに居ると言う事なのか?⦆
⦅………いや、『怒りの精霊フューリー』は特異な性質を持つ。 我々精霊は通常一人の人としか契約できないが、フューリーは違う。 仮契約として何人もの人と契約できるのじゃ⦆
⦅仮契約?⦆
⦅怒りとは現象では無く感情。 感情とは伝染する性質を持つ。 どこかに本体が居るのじゃろうが…… 戦場で狂戦士化して死んだ戦士は、十中八九使い捨ての仮契約者じゃろうな⦆
⦅と言う事は…… レギーナが恐れていたように狂戦士はまた出現すると?⦆
⦅その可能性は大じゃ⦆
レジスタンスのキャンプに合流した俺達は、今日はいつもよりマシな食事と寝床を確保する事が出来た。
食事を終えた後俺達はベルハルトと焚火を囲みこれからの事を話していた。
すると『邪魔して良いかい?』と仕事を終えたレギーナが来てベルハルトの隣に座る。
「改めて挨拶させてくれ、このレジスタンス部隊を預かるレギーナだ。 さっきは立て込んでいて挨拶できなかったからね」
先程俺達もベルハルトの後ろで黙って聞いているだけだったので、改めて一人一人挨拶を交わした。
「ほぉ~ アンタがあの有名な人族の英雄ディケム・ソーテルヌ卿かい」
「有名とか英雄かどうかは知りませんが…… そうですね」
「こぉ~見ると…… 普通だね。もっと恐ろしい男が来るかと思ってたよ」
『レギーナ!』とベルハルトが軽く叱っている。
「それで――アンタがラフィット将軍の生まれ変わりって本当かい?」
「ッ――! いや…… 前世の事は良く分かりません………」
ごまかす意味が有るか分からないが、一応肯定する言葉は避けておいた。
でも…… レギーナは怪しげに笑っていた。
「ベルハルトの奴、どうせポートブレアでアンタに突っかかったんだろ?」
⦅『ベルハルトの奴』って…… 呼び方がさっきよりザツ!??⦆
俺が驚いた顔をしているとベルハルトが口を開く。
「ディケム、コイツ副官だが俺の妻だ。 さっきは仕事上わきまえてくれたが…… 普段はこんな風に俺が尻に敷かれてる感じだな。 部隊の皆もよく知っている」
『じゃ~ディケムと同じだね!』とララがコロコロと笑うと、
『なんだ人族の英雄殿もヘタレかい』とレギーナも笑う。
そんな二人に俺とベルハルト、ディックもギーズも男共は苦笑いするしかなかった。
「私達は昔、ラフィット将軍とラトゥール将軍にこっぴどくやられたんだ」
「やられてなどいない! あの時は魔神族を追い返した我々の勝ちだ!」
「ベルハルトはこう言ってるけど、あれはラフィット将軍に我々は遊ばれただけだ。 なのに我々は『魔神族にも勝った』などと驕り、鬼神族が攻めて来た時に油断した。 その結果がコレだ」
『くっ………!』とベルハルトも悔しそうに歯を食い縛る。
「だからベルハルトは我々を驕らさせて油断を誘ったラフィット将軍が鬼神族とグルだったと思っているのさ。 そんな事で『今回も油断ならない』とアンタに突っかかって罠かどうか探っていたと言う訳さ」
「探っていたのなら…… なぜ今話したのですか?」
「アンタがドワーフ族の宝『グラムドリング』に認められた時点で答えは出たのさ。 それにアンタと数日旅をして、本気で我々ドワーフ族を救おうとしてくれてるとベルハルトも感じたようだね。 だから主人に変わって謝るよ、気分を害す行為をした」
レギーナが俺に頭を深く下げ、ベルハルトも渋々だったが頭を下げた。
もともとベルハルトとのあのやり取りは、俺は嫌いじゃ無かったから恨んでなど居ない。
だが……
俺の頭の中をレギーナが言った『我々を驕らさせて油断を誘ったラフィット将軍が鬼神族とグルだったのでは?』と言う言葉が離れない。
たしかあの時俺は、カステル皇帝の『ドワーフ族と遊んできてくれ』と言う戯れに付き合わされた。
当時は『また何時ものお遊びか……』と少しウンザリしながらもドワーフ族のゴーレムの強さに楽しくなってしまった記憶がある。
『遊んできてくれ』と言うだけに、兵糧をあまり持たなかった我々は、これからと言う時に引き返した。
あれがもし――、カステル皇帝が図って行った事だったとしたら……
俺は少し身震いをした。
魔神族だった俺達は『楽しければそれでいい』と、様々な無駄な戦いを行ってきた。
それがもし、魔神族の性質を利用して巧みにカステル皇帝が仕組んでいた事だったとすると……
そんな筈はない、カステルは幼少の時から俺と親友だった。
あいつの事は俺が一番良く知っている。
そんな狡猾な事を考えるような奴では無かった……
俺が思考の渦に巻き込まれていると――
俺の顔色を見てニマッと笑ったレギーナが『さあ過去の事は水に流して飲もう!飲も~う!』とエールを持ち出した。
『あ…あのぅ…… レギーナさん、私達まだ未成年ですから!』とオタオタするララに、
『戦場に出ればもう皆成人よ! エールでも飲まなきゃ怖くて逃げだしたくなっちゃうでしょ!?』とララに無理やり飲ませようとしている。
確かに戦場と酒は切っても切り離せない。
腐らない酒は遠征時の水分と栄養補給として大きな役割を果たす。
そしてやはり戦争のストレスを緩和させる意味合いも強い。
だがそれは……酒好きの理由付けだろ? と思わなくもない。
現に酒におぼれて負けた戦いも数多くあると聞く。
まぁ要は程々って事だろう。
俺はオネイロスの空間魔法を使い、エールの樽を取り出す。
この前マリアーネ王女にプレゼントしたワインと同じ様に、最高の環境で作り上げた自信作だ。
『おい! これどっから出してきた!』と目を見張りながらもエールの樽を見てドワーフ兵が続々と集まって来る…… やはり酒好きのドワーフ族だ。
『毒見だ!』と言いながら我先に一口飲んだレギーナが叫ぶ!
『なっ……なんだこのエールは! こんな美味いエール飲んだこと無いぞ!』と……
後はもうドワーフ達は俺達の事も忘れ、我先にとエールに夢中になっていた。
レギーナ達がエールに夢中の隙に、未成年の俺達はぶどうジュースで口を潤しておいた。




