第八章14 人族・ドワーフ族 会談1
ドワーフ族バーデン国王の御息女マリアーネ王女との会談は、ドワーフ族の現状を聞く事から始まった。
俺達の心は既にドワーフ族民の救済に固まってはいたが、まだそれを伝える事はしない。
マリアーネ王女には申し訳ないが、国民の命を背負って相手を説得すると言う危機感があった方が、必死に多くの事を相手に伝えようとするからだ。
これは対話だが…… 駆け引きの場でもある。
ここで決まるお互いの作戦に対する姿勢が、今後この難しい作戦が成功するか否かの大きな決め手になるのだから。
もちろん良い事ばかりを伝えようとするデメリットも発生するが……
それよりも俺達がマリアーネ王女から引き出したいのは――
ドワーフ族が感情を抑え込み、他種族の人族を信頼し、軍属も民も皆一丸となって撤退行軍を行うという覚悟を示して欲しいのだ。
そしてそれを証明するだけの信念を見せて欲し。
今回の難民を引き連れての撤退行軍は非常に難しい。
犠牲者を出さず避難させる事など出来はしない。
その犠牲を出来るだけ減らすことが出来るかどうかは、迅速にまとまって、感情を殺しゴーレムの様に動けるかが肝となる。
反発する者が混じれば行軍は止り犠牲者が増えてしまう。
一般市民は訓練された軍隊の兵士とは違う。
近くで戦いが起きれば、恐怖のあまりバラバラと逃げ出したくなるものだ。
そうなってしまえばもう収拾がつかない、退避行軍は崩れ停止し、最悪全滅となる。
最悪の事態を避ける為には、長く連なる避難民を誘導しまとめ上げ、規律正しく行動させられるドワーフ族のカリスマ的な指導者が何人も必要だ。
そしてその指導者が我々に協力的な事はもちろん、避難民自らも自分達で協力的に動いてくれる事が最重要となる。
小魚の群れがまとまって泳ぐ様に行動出来れば、長く連なった無防備な難民は捕食者の襲撃を察知できるようになり、捕食者からも個々を正確に捕捉して襲撃する事が難しくなる。
さらに難民が統率された集団となれば、日常生活に消費されるエネルギーを最小限に減らすことも出来、単独で行動するよりもストレスが減る。
命の危険に晒されながらの数日間にも及ぶ避難行軍は、難民のストレス軽減も重要なカギとなって来る。
⦅まぁこの小魚の群れ理論も――⦆
⦅クジラのような規格外が来なければの話となるのだが……⦆
マリアーネ王女の話しは、まずこの戦争の始まりから始まった。
「私達ドワーフ族は、この種族戦争の世でもあまり他種族に憎しみを持つ事が有りませんでした。 ですからこのポートブレアで人族と細い繋がりを残していたように、鬼神族とも細く繋がっていたのです」
確かにドワーフ族は魔神族に攻められる事は有っても、自分達から他国へ攻めたという話はあまり聞かない。
拳闘を好み、体を鍛え、酒が好き…… 決して穏やかな種族では無いと思うが不思議な事だ。
「しかしその細い繋がりが…… 一方的な鬼神族からの別離という形で十六年まえに途切れたのです」
十六年前……
偶然だとは思うが、ラフィットが死んだ年と重なる。
「それから十四年間、鬼神族は他国との交流を一切断ち、鎖国状態で内情を窺う事がまったく出来なかったのです。 しかし二年前突如その静寂が破られました。鬼神族からの宣戦布告という形で我々ドワーフ族との戦争が始まったのです」
二年前と言えば――
人族がエルフ族から宣戦布告された年……
そう言えば、あれからエルフ戦役を調べた事があったが、結局ダークエルフ族のブロンダがなぜ暴走したかは確かな事は分からずじまいだった。
ブロンダの性格から私利私欲に走ったのだろうと結論付けられたのだが……
ブロンダの身近な人物からは、元々ブロンダは思慮深くそのような浅はかな事を起こす性格では無かったと証言もあった。
「神によって種族戦争を強いられたこの世界で、『なぜ?』という言葉は適切では無いのかもしれませんが…… 我々には鬼神族がドワーフ族に攻めてきたことが理解できませんでした。 貴方様方の前で言う事では有りませんが―― あの当時の人族はドワーフ族よりも明らかに弱小でした。 そして十四年前までは少なからずドワーフ族と鬼神族は親交があったのです、ですから『攻めるならドワーフ族では無いだろう?』と……」
まぁそうだろうな。
戦争となればより弱い方を攻めるのが必定。
あえて強者と戦う理由は、余程の私的理由か――
他の何か大きな力が動いたか?……だろう。
「鬼神族との初戦、ドワーフ族軍は大敗を喫しました。 鬼神族はジャイサール国王の第二王子ハワーマハル殿下を総大将に、参謀はジャイサール国王の弟バラバック王弟殿下。さらに総司令官には武勇で名をはせたダードラー将軍が部隊を率いるという本気の布陣で攻めて来たのに対し、我々ドワーフ族軍は明らかに慢心していたのです。地の利が我らにあり兵数で圧倒的に勝っていた事。 我々がかつて最強と謳われた魔神族を退けたと言う自信。 そして心のどこかでは『あの鬼神族が本気で攻めてくるはずが無い』と思っていたのかもしれません……」
鬼神族は海の向こうの小さな島国に住む種族だ。
初めは小さな島国の中、鬼神族同士で壮絶な覇権争いをしていた修羅の種族だった。
その鬼神族同士の覇権を制したのがヤマト・アスラと言う英雄王だった。
だがそのヤマト王は種族を平定した後、腹心だったジャイサールに国を任せ歴史から姿を消した。
それから代々ジャイサール一族がヤマト・アスラから預かった国を治めていると云う。
現国王の名はメヘランガル・ジャイサールだったはずだ。
鬼神は魔神とほぼ同等の力を持つ剛の者。
武器は刀を好み、甲冑と言う独特な鎧を着る。
刀を好むのは王祖ヤマトが愛用していたのが刀だったからと伝わっている。
そう……ラフィット将軍が好んで使った刀『鬼丸国綱』は元々この国の宝、ヤマト王が愛用していた刀だったと聞く。
鬼神族がドワーフ族と交流を持ったのは、ドワーフ族が得意とする鍛冶技術が鬼神族の愛用する武器『刀』を作るのに最適だったからだろう。
その剛の者鬼神族は、治める国が小さな島国と言う立地の悪さと、魔神族と比べ圧倒的に数が少なかった事から、歴史上あまり表舞台に出て来る事が無かった。
だが―――
その鬼神族がとうとう種族戦争に乗り出したのだ。
兵士一人一人が魔神族と同等の力を持つと云う……
人族としては決して戦いたくない相手だ。




