第八章12 ドワーフ族の使者
ガレドの街で情報収集を終えた俺達は人族大使館に戻った。
俺達が街を見ている間にラトゥール率いるソーテルヌ総隊本隊が到着して、既にせわしなく働いていた。
「ディケム様。 お帰りなさいま――……なっ! なんですか……その羨ましい四人お揃いのバングルは!?」
あ…… ラトゥールが拗ねた顔をしてる。
魔神族五将と謳われるラトゥールも女性だ、アクセなどの身に着ける物には一早く目が行く。
だが俺は、真面目な顔で自分のはめているバングルを外し、ラトゥールに見るように渡す。
「…………えっ??? んっ!? こ、これはディケム様!」
「流石はラトゥール!」
俺とラトゥールが目で語り合っていると『このバングルがどうしたの?』とララが聞いてくる。
「ララ。 このバングルに刻まれたルーン文字。正確にはキアス文字だが――まだ微かだが力を持っている。 もしこれを本当に『ブルーノ』という職人が自分で作ったのだとしたら…… 非常に興味深い事だ」
「失われたルーン文字(キアス文字)の技術を復活させられるかもしれないと言う事ですね? ディケム様」
「そうだ」
武器や防具に文字として魔力を刻み込むルーンの技術。
アーティファクトなどの上位装備にはルーン文字(キアス文字)が刻まれている事が多い。
現時点で我が総隊、軍装研究部のレジーナは失敗作だがオリハルコンの武器を打つことが出来た。
いずれはアダマンタイト、さらにはヒヒイロカネ素材まで打てるのかは分からないが……
いずれにしろレジーナが作る武器には、アーティファクトと云われる武器と比べ圧倒的に足りないものが有る。
それは『マナの内包量』だ。
俺の作った『神珠の杖』がアーティファクトに近い物に至ったのは、『神木の枝』と『精霊結晶』という特級品の素材を使った事も有るが、作成時に俺が流し込んだ膨大なマナも要因の一つだ。
だがもしレジーナが作る武器にルーン文字を刻むことが出来れば――
レジーナが作る武器の『マナの内包量』を増やす事ができるかもしれない!
そうすればレジーナが作る武器また一段階アーティファクトに近づく事が出来るだろう。
これが成せれば総隊員の装備はさらに進化する。
俺達がそんな話をしていると……
『お待たせいたしました』とアルバリサ女王が部屋に入って来た。
俺達は『ルーン文字(キアス文字)』の事は取り敢えず置いておいて、ドワーフ族難民撤退戦について集中する事にした。
大方の打ち合わせを済ませた俺達は、アルバリサ女王に付き従いドワーフ族大使館へと向かった。
これからドワーフ族の使者と会談となるのだが……
使者と会うだけにしては大使館の護衛が過剰過ぎる気がする。
まぁ人族側がアルバリサ王女直々に使者殿と会うと告げたからかもしれないが……
何か嫌な予感を抱えつつ、俺達は会談場所の部屋へと入室した。
部屋に入るとドワーフ族大使館の大使らしき人物が居る。
その権力を示す身なりを見れば誰がその人かはすぐにわかる。
しかし……
身なりは粗野だが、明らかにその大使自らが気遣っている人物が二人程部屋の中に居る。
俺達の入室を確認し、厳重に扉が閉められたことを確認するとドワーフ族大使らしき人物が挨拶を始めた。
「ようこそおいで下さいましたボーヌ王国アルバリサ陛下。 私がこの城塞港湾都市ポートブレア、ドワーフ族大使を務めるブルク・ベルリングと申します」
やはり俺達の予想通り、その人物はドワーフ族ポートブレア大使その人だった。
大使はアルバリサ女王に一度礼を示し、その後紹介を続けた。
「そして続けてご紹介させて頂きます。 こちらにおわすのがドワーフ族バーデン王国王女マリアーネ様でいらっしゃいます」
『なっ!』と俺達が目を見張り固まっていると……
マリアーネ王女がアルバリサ女王に挨拶をする。
「ドワーフ族、ザクセン・バーデン国王の娘マリアーネ・バーデンと申します。 以後お見知りおきを」
どうりで警備が厳重だと思ったが……
まさかドワーフ族バーデン王国の王女が直々に大使として訪れるとは。
此度の交渉にドワーフ族の滅亡が掛かっていると考えれば不思議な事では無いが……
だが難しい交渉事になる本件に必ずしも王女が適任かと言えばそうでもない。
下手をすればデメリットにもなりかねない。
「続いてこちらがバーデン王国騎士団長のベルハルト・レーンバッハ将軍でございます」
ベルハルト・レーンバッハ将軍と言えば……
俺の記憶が正しければ、バーデン王国騎士団筆頭の名だったはずだ。
ドワーフ族では最も国民に信頼されている英雄の一人。
人族で言えばラス・カーズ将軍の様な立場の人物だろう。
そして……
俺が魔神族のラフィットだった時、ゴーレムを使い俺達を苦しめた将軍の名だ。
ラトゥールも気づいたらしい。
ドワーフ族はエルフ族までとはいかないが、魔神族と同じ程に長寿の種族。
ベルハルト将軍は俺の前世で戦った相手とは思えない程、若々しい将軍だった。
ドワーフ族の方々の挨拶が終わったところで、人族側の自己紹介をした。
俺の名とラトゥールの名を聞いた所で、マリアーネ殿下が少しホッとした表情を見せ俺達と挨拶を交わした。
「あぁ……ボーヌ王国のアルバリサ女王陛下が直々に来て下さっただけでなく、シャンポール王国のあのエルフ族を庇護下に収めたソーテルヌ様まで来ていただけたのですね。 そのお名前はドワーフ族国内にも轟いております。 さらにあの魔神族五将のラトゥール様まで」
マリアーネ殿下の言葉の後……
何故かラトゥールの名を聞いて、信じられないモノを見た様に固まっていたベルハルト将軍が口を開く。
「人族のソーテルヌ卿にあの魔神族五将のラトゥール殿が付き従っている――と、にわかに信じ難い噂を耳にしておりましたが…… 噂は本当だったのですね」
話を詳しく聞くと――
魔神族ラトゥールの名はドワーフ族の間では、災害と例えられるほど恐れられているらしい。
戦場で敵軍にラトゥールの姿を見たドワーフ族は戦意を喪失して逃げ出す者すら現れる程。
対峙した者は死を覚悟せざるを得ない相手、人の力で立ち向かってはいけない災害だと……
確かに魔神族の記憶を思い返せば――
ラトゥールが嬉々としてドワーフ族の大軍に飛び込み蹴散らしていた事を思い出す。
あの笑顔で、次々と味方を狩っていくラトゥールの姿は敵からしたら災害と例えたくもなるのだろう。
「あのラトゥール殿が付き従うと言う事は…… やはりソーテルヌ卿が―――」
『ベルハルト将軍!』とマリアーネ殿下の声がベルハルト将軍の言葉を遮る!
「失礼いたしました。 どうにも長年将軍などやっていると邪推してしまう悪い癖があります。 ご容赦願いたい」
『俺がラフィット将軍の生まれ変わりでは?』とでも言いたかったのだろう。
それはもう多くの者が気づいている事。
今更隠し立てする必要も無い気もするが…… あえて話す必要も無い。
情報は武器にもなるが弱点にもなりうる。
相手が『ほんとに???』と疑っている程度が丁度いい。
今はあえてこの件に触れる事は止めておこう。
お互いの自己紹介が終わったところで――
俺達は本題の話し合いに入る。




