第八章3 精霊魔法師の卵たち3
「え――…… と言う事でアーロン、アンドレア、イグナーツ、プリシラです。 しばらく俺の付き人として面倒見る事になりました。 皆よろしくね」
「ちょっとディケム! 何が『と言う事』よ、何も聞いてないんだけど?」
突然、総隊の早朝訓練に参加する事になった四人の下級生。
流石に皆が戸惑っていたので、彼らが精霊魔法師の才能だと言う事と、魔法学校からの依頼だと皆に説明しておいた。
俺が説明している間に……
『きゃ――♪』
とプリシラがやっと会えた子狐姿の玉藻に抱き着いている。
流石に今日体験入隊しに来た魔法学校一年生の彼女に目くじら立てる者は居なかったが、正式に入隊した後なら怒鳴られ案件だろう。
結局この四人をどう扱って良いものか悩んでいた俺は、取り敢えずラローズ先生の意を汲み取り、彼らを総隊員と同じ訓練に参加させ俺と生活を共にする事にした訳だ。
だがそれには、ソーテルヌ邸内訓練施設の軍の寮に入ってもらわなければいけない、と言う問題が有った訳だが……
彼らはみんな貴族家の子供。ダメ元で親に打診したところ――
アーロンのフェザートン子爵家もアンドレアのハリングナー伯爵家もイグナーツのアドルフ辺境伯爵家も…… そしてプリシラのロックウォーター侯爵家ですら二つ返事で了承してきた。
これにはプリシラがガックリと肩を落としていたが、元々ロックウォーター卿はマール宰相の派閥に属するフュエ王女派だ。
俺ともそれなりに親交が有り知らない仲ではない。
『なんならそのまま卿の四番目の妻として娶ってくれ』とまで言ってきた。
そう言えば今年の一年生はそんな輩が多いと聞いていたのを思い出した。
そう言う話はまた拗れるのできっぱりと断っておいた。
訓練場に来て意外だったのは、来る前には文句タラタラだったイグナーツが訓練となると誰よりも真面目だったことだ。
総隊の早朝訓練の準備運動にすらついて来られない四人の中で、辛うじて最後まで食いついていた。
あくまで準備運動だけだが……
マナ量を濃くしてあるこの訓練場で今まで訓練してきた総隊員と彼らとでは全く地力が違う。
その彼らにランニングだけでもついて行けたのは賞賛に値する。
多分だが……
この訓練場には王国騎士団第一部隊が常駐して訓練を受けている。
そして他の騎士団も王都警備と各担当砦要塞守備の報告の為、入れ替わりで王都に来る。
その期間にラトゥールの元、此処で訓練を受けている。
イグナーツはここで頑張っていれば、そのうちダドリー・グラハム将軍の第十二部隊とも会えると張り切っているのかもしれない。
朝の訓練を終えると、兵士食堂で朝食だ。
俺はいつもは気心の知れた四門守護者ことラトゥール、ララ、ディック、ギーズと一緒に、そしてその日によって将軍だの騎士だのと席を並べ、雑談をしながら食べるのが一時の楽しみだったのだが……
ここで彼ら四人だけ放置するのは酷だろう。
今日は俺を中心に一年生二年生が左右に別れ座り、前の席に四門守護者が座っている。
他の騎士達は場のピリついた空気を読み、今日は近づいて来ない……
俺にはあれだけ敵意を示したり、何も興味を示さなかったりと無礼の限りを尽くした彼らが、今は背筋を伸ばし無言で目の前の人物が食事に手を付けるのを待っている。
そしてその人物も機嫌悪そうに彼らを値踏みしている。
今この場の空気はラトゥールが支配しているのだ……
ラトゥールの機嫌が悪いのは、いつもは俺の左右隣の席はラトゥールとララの指定席だったからだろう。
それが今日は四人の学生達に占領されている。
そして今後もしばらくはこの配置は変わらないかもしれない。
更にラトゥールの機嫌を損ねている要因は……
ディックの隣にはグラン、ギーズの隣にはマディラが居て楽しそうに話している。
いつもなら気にもしないこの状況も、今日はイライラを加速させている要因のようだ。
食事の時間とはいつ戦場に出て命を落とすか分からない騎士にとって、最も大切にしている時間の一つだ。
いくら上官と言えど、食事の時間を恋人と共にする部下に文句を言うことは出来ない。
食事を終えた後、ソーテルヌ総隊では各自に与えられたワイバーンの世話をする。
一通りの世話が終わった後、学生はそのままワイバーンに乗って学校に行き、それ以外の者はワイバーンを使った訓練を行う。
普通ワイバーンは一人乗りなのだが、変異した俺と四門守護者のワイバーンは体が大きくなった。
二人ぐらいなら優に乗せられる。
俺達は二人乗りの鞍に付け替えて、ララの後ろにはプリシラ、ディックの後ろにはイグナーツ、ギーズの後ろにアーロン、そして俺の後ろにアンドレアを乗せて学校に向かう事にした。
気難しいイグナーツが何故か赤の王ことディックには憧れの眼差しを向けている。
俺には今まで見せた事のない爛々と輝いた眼でディックに話しかけている……解せぬ。
付き人四人はワイバーンを見て興奮を隠せないでいる。
もちろん空を飛ぶのも初めてだろう。
この世界では空を飛ぶ事は特別なことだ、だからこそ竜騎士はその圧倒的な優位性で一騎当千とまで謳われている。
王国騎士団にも隊長と副隊長にしかワイバーンは提供していない。
だからこれは学生にとっては非常に貴重な体験になるだろう。
俺達がワイバーンの鞍を乗せ換えている間。
カミュゼ、ポート、マディラ、トウニーの学生組が俺へ敬礼をした後、次々と学校へと飛び立って行く。
そして学生以外の隊員もワイバーンの世話と午前中の訓練を兼ねてワイバーンで飛び立っていく。
『わあ~~~~♪』と四人から一斉に声が上がる。
ワイバーンに乗った竜騎士が次々と空へと駆け上がっていく様は、近頃のシャンポール王都での朝の風物詩となっているが、間近で見られる事はそう無い。
俺達にはもう見慣れた光景だったが、初めて見る彼らには感動的な光景だったのだろう。
準備を終えた俺達も二人乗りでワイバーンに乗り込む。
俺が脚を使いワイバーンに指示を与える。
本当は魔術具の首輪と手綱で俺と意思が繋がっているワイバーンに動作指示など必要ないのだが、後ろに乗ったアンドレアに伝える意味合いが大きい。
貴族は幼少より乗馬を教えられている、アンドレアはその動作の意味を理解し身構えワイバーンの動きに注視している。
ワイバーンがひとっ飛びで上空に舞い上がる!
『きゃ―――!』と優等生キャラのアンドレアが俺にしがみ付いてくる。
「アンドレア大丈夫だ! 目を開けて景色を見てごらん」
上空から見下ろす、水と芸術の都と謳われるシャンポール王都はとても奇麗だ。
この光景を見られるのは、空を制した者だけの特権。
『わぁ………』
恐る恐る目を開けたアンドレアも、その美しい光景に目を奪われ言葉を失っている。
「空から見た王都とシャンポール城は素敵だろ? ここだけの話だが、この眺めは国王陛下ですら見られない俺達だけの特権だ!」
その言葉に『あはっ』とアンドレアがやっと年相応の少女の笑顔を見せてくれた。
学校では付人四人も各自授業に出て、授業が終わったらソーテルヌ邸に各自帰る予定だったのだが……
なぜか昼休憩の学食にアンドレアが俺のテーブルに来た。
そして次にアーロン、プリシラ……そしてイグナーツまで現れた。
『学校の昼食くらい、各自友人と食べればいいのに』
と俺が彼らに言うと、同じテーブルでディックの隣に座るグラン嬢も彼らに言う。
『あなた達貴族は学食で食べるの抵抗あるのじゃなくて?』……と。
今まで学校の学食で一度も見たことが無い彼らへグラン嬢の少し皮肉を交えた言葉だ。
その言葉にアーロンとアンドレアが『ムッ』っとして答える。
『わ、僕達はディケム先輩の付き人ですから……』
『それにディケム先輩をよく見て学べと先生に言われました。 昼食の卓に情報収集で有名なモンラッシェ共和国のグラン様までいらっしゃるとなれば、見過ごすわけにはまいりません!』と……。
アンドレア的に『この卓を囲むのは他国のグラン嬢ではなく私達が相応しい!』とグランに意趣返しをしたかったのだろうが……
そんな些細な事に動じるグランでは無い。
それよりも感情を揺さぶられた時の対応で、グランはアーロンとアンドレアの値踏みをしたのだろう。
モンラッシェ共和国の女性は恐ろしい……
そんな言葉の駆け引きが繰り広げられている横で、プリシラがフュエ王女と手を握り合い『わぁ~』と飛び跳ねていた。
あそこだけ空気感が違う…… 二人は昔からの知り合いのようだ。
ロックウォーター侯爵がフュエ王女を支持すると決めた時から、二人の仲も親密になったと聞く。
そんな何とも言えない場の空気をイグナーツの言葉が一掃する。
「ふん。 素直にディケム先輩の付き人になった事が知れ渡り、妬みが凄くて居場所が無いと言ったらどうだ」
その言葉に卓の空気が凍り付く。
正直『やっぱりそうなってしまったか』と言わざるを得なかった。
俺が今回ラローズ先生の提案を渋った理由だ。
流石に騎士達大人は簡単には顔に出さないが、それでも裏では分からない。
「ディケム先輩のワイバーンに乗って通学したの、凄い噂になっちゃってて…… 午前中クラスは大騒ぎだったから逃げて来ちゃいました」
「アンドレア先輩も気にしなけりゃいいのに。 どのみち私達が精霊魔法師を目指すなら、妬みは避けられないですよ。 今まで出来損ない魔法師として見下してた私達に、今度は見下されるかもしれないのですから」
「プ、プリシラさん……」
以外にも誰よりも状況を理解していたプリシラは、周りの風評など気にしなかったが、フュエ王女に会いたくてここに来たのだとか。
結局午後の授業が終わったあとも、アンドレア達は友人と帰るのではなく、登校時と同じ俺達のワイバーンに乗ってソーテルヌ邸へと帰る事になった。
『この件に関してはデリケートな問題なので、時間が解決するしかないですよ。 先輩方は余計なことはしないでくださいね』と……
何気にプリシラに諭されて、俺達も納得するほか無かった。




