第八章2 精霊魔法師の卵たち2
自己紹介が終わったところで、一年生のプリシラが手を上げた。
「あの~ ララ先輩はいらっしゃらないのですか? わたし玉藻ちゃんを一度モフモフするのが夢なのですが……」
⦅玉藻ちゃんをモフモフって………⦆
「え~ ララは基本白魔法師なので今日は連れて来ていません。 それと玉藻はああ見えて神獣九尾様ですので、粗相をすると大変なことになるので止めた方が良いと思います」
プリシラのテンションが駄々下がった…… この子自由過ぎるだろ。
だが興味本位でやっていい事とダメな事が有る。
玉藻はああ見えて徳が高いのだ。
すると次にイグナーツが手を上げた。
「ディケム先輩。 俺は別に精霊魔法師に興味が無い。 ラローズ先生が取り敢えず行けと言ったから来ただけだ。 これから精霊使いの講義でもやるつもりなら俺は帰っても良いか?」
⦅おぉおおお! こっちも凄いな…… 久々にこんな扱いをされた気がする⦆
「なっ……お、お前! 折角来て下さったディケム先輩になんて失礼なことを! お前だってF組で苦労しているんじゃないのか!? これは僕達中途半端な魔法師が精霊魔法を教われる貴重なチャンスなんだぞ!」
「フン! それでアーロン先輩は精霊魔法師にでもなって、皆に一目置かれて、あわよくばソーテルヌ総隊に裏口内定でも貰いたいんじゃないんですか? やり方がダサいって話しですよ」
「ッ――なっ! ……べ、別にそれは否定しない。 僕みたいな下級魔法師は普通にやってたら花形のソーテルヌ総隊に入れる可能性なんて無いんだ! 僕なんて……入れて騎士団最下位の十二部隊が精々だ」
その言葉を聞いたイグナーツがアーロンの胸ぐらをつかんで烈火のごとく怒る。
「いくら先輩と言えど今の言葉は聞き捨てならない! 騎士団十二部隊を貶す事は俺が許さない! 訂正しろっ!!!」
⦅ほぉ…… イグナーツは騎士団十二部隊に思い入れがあるようだ⦆
このやり取りに二年生のアンドレア嬢が止めに入り、プリシラ嬢はあくびして退屈そうにしている。
「騎士団の所属や魔法師の種類で優劣気にするアンタがダサいって言ってんだよ!」
「なんだと! キレイ事ばかり言ったって死んだら終わりなんだ! 死んでしまったら終わりなんだよ! お前みたいな上級貴族は大切な人が死んだ気持ちなんて分からないだろ! 戦場で真っ先に最前線に出され使い捨てられる下級貴族、中級貴族の俺達の気持ちがお前に分かるのか! 特権階級で育ったお前なんかに分かるのかよ!!!」
「なっ! なんだと………」
アーロンの胸ぐらを掴んでいたイグナーツの手が緩む。
その隙を付いてアーロンがイグナーツの手を振り払う。
この言い争いは答えが無い。
だがイグナーツの言う事も分かるが……
アーロンは大切な人が戦場で死んだのだろう。
死は最悪な結末だ、どれ程みっともなくても生き残った者の勝ち。
醜くても生にしがみ付こうとする者を俺は軽蔑しない。
それにしても……
アーロンとイグナーツは自己紹介の時のイメージと、喧嘩でさらけ出した本音では真逆だったな。
面白い。
「はい、は――い。 そこまで!」
パンパンと手を叩きラローズ先生の声が教室に響いた。
皆が振り向くといつの間にかこの教室に皆を集めた張本人、ラローズ先生が後ろに立っていた。
「はぁぁ…… 上級生のディケム君はなぜ喧嘩を止めずに見ていたのかな?」
「あ…いや…… こういう時にこそ本音が聞けるじゃないですか。 皆が皆俺に教わりたいと思っている訳じゃ無さそうですからね」
『もぅ……』とラローズ先生が呆れて、下級生四人に向き直った。
「『アルザスの奇跡』から五年。 この様子だと……平和ボケした人族はまた自らの怠惰で滅びの道を歩むのかしら?」
アーロンが戸惑いアンドレアは不快そうにし、イグナーツは怒りを顔に出しプリシラは興味が無さそうだ。
「勘違いしないで頂戴。 此処では貴族階級など関係無いのよ。いえ……此処でなくても元々あなた達は只の子供。 貴族階級の親の庇護下、威を借っているだけで何の権力も無いと言うのに」
興味が無さそうだったプリシラが嫌そうな顔をする。
「そしてこの先あなた達が所属する軍の中でもそれは同じ事。 時には上級貴族が平民の上官の指示に従う事も有るわ。 戦場では貴族位では無く軍の階級が優先されます。 現に騎士団を統率する将軍は中級貴族が多いのですから」
「…………」 「…………」 「…………」 「…………」
「あなた達は人族五大国同盟の盟主を務めるシャンポール王国に、表に出していない隠された決まり事が有るのは皆知っていますか? これは貴族位を襲爵(爵位を引き継ぐ)時に必ず教わる事です。 その中の一つに『軍の中で起きた揉め事を貴族社会に持ち込んだ場合、貴族位を剥奪する厳罰も有る』と言う王命が有るのです。 我々が最も優先しなければならない事は人族が生き残る事。 この国だって軍国主義なのですよ、貴族位などその後の話です。 五大国同盟の盟主を務める国と言う事は、人族の命運を預かっている。それ程大きな重責が有ると知りなさい」
「…………」 「…………」 「…………」 「…………」
四人は言葉を失っている。
グリュオ伯爵家の御息女にして元王国騎士団第一部隊所属、そして今は産休に入っているが元ソーテルヌ総隊精霊部隊隊長だったラローズ先生の言葉は重い。
「――と言う事で、ここでは軍と同じ様にあなた達は平等に只の生徒です。 なので先生の私があなた達に命じます。 アーロン、アンドレア、イグナーツ、プリシラは本日よりディケム君の『付き人』ね。 彼に付いて歩き彼から学びなさい。 その任務において授業に出られない時は公欠扱いにしてあげますから励みなさい」
「ちょっ! ……ラローズ先生?」
「あらディケム君。 ここでは先生が上官と言ったはずです。 命令拒否など認めませんよ! あっ……それから彼らの勉強が遅れないように勉強も教えてね」
⦅ちょっ! 勉強を教えるのは教師の義務だろ?⦆
『ん? 何か言った?』とラローズ先生はこれ見よがしにお腹を撫でる。
『ストレスってお腹の子供に悪影響なのよね~』とか聞こえてくる……
「い、いえ…… 何でもありません」
俺を言いくるめた先生は満足そうに笑い下級生四人に向き直る。
「イグナーツ君。 あなたが元々戦士職になりたかった事は聞いていますが、これは命令です。 軍では自分の行きたい部署に配属される事など皆無と覚えておきなさい」
「クッ……」
学校では先生が上官。
『一切の反論は認めません!』と満足げにラローズ先生は微笑んだ。
『それでは以上です。 みんな仲良くやりなさいよ~』と手をヒラヒラさせて先生は去って行った。
「「「「「「………………」」」」」」
嵐の様にラローズ先生が去った後、俺達六人は言葉も無く呆然としていた。
取り敢えず確かな事は……
とても面倒な事になってしまった。




