第七章87 閑話 師匠と弟子
ボーヌ王国事変から約一カ月。
アルバリサとクレアスはまだ魔法学校には戻って来ていない。
もちろん学校側も此度の件は知っているので、落第や退学措置になる事は無い。
学生が軍関係の任務で授業に出られない時に、特別授業として対応してくれるのと似たような対応なのだろう。
それに学校としても現国王となったアルバリサには是非とも復学してほしいと言うのが本音だと思う。
学校に通う年齢で王位を即位する事は非常に稀だ。
学生達にとっても女王と関われることは貴重な経験でありチャンスでもある。
学校側も学生達にあらゆる経験をさせてくれるよう、教育機関として最善を尽くしてくれている。
そんな訳なのだが……
俺はよく『あなたが来てから魔法学校も異例尽くし、もう大変よ!』とラローズ先生からボヤかれる。
『俺が悪いのか?』とも思ったが……
滅亡寸前だった人族も、ボヤけるくらいには余裕が出来たのだと言葉を飲み込んだ。
まぁ俺みたいな生徒が居たら確かに先生も大変だろうとは思う。
そんな折、急遽『人族五大国同盟会合』を開催すると通達を受け取った。
ボーヌ王国の大国同盟復帰により、各国の現状を改めて確認し合いたいとの事だった。
現状と言うのは、軍事、内政、外交全ての事だ。
少し人々に余裕が出て来たと言っても…… 種族戦争が終わった訳では無い。
油断をすれば、人族など一瞬にして滅亡させられてしまうのだから。
今回の『人族五大国同盟会合』はシャンポール王都で開かれる。
本当は、開催地は各国持ち回りなのだが、今は復興中の国も多い事から現状最も国力が盤石なシャンポール王都に決まった。
立地が各国の中心に位置すると言う利便性も要因の一つだろう。
ちなみにアルバリサとクレアスは同盟会合に出席後、そのままここに残り魔法学校に通うと言う事だ。
新国王が立ち新しい政権になってすぐ、国王が国を離れるのは心配ではあるが、マリア達『時勢の十貴族』も居るのだから大丈夫だろう。
何かあったらまたブランを使って様子を見に行っても良い。
今日は『人族五大国同盟会合』の前に王都入りしたアルバリサ女王とクレアス王子を夜に招き、フュエ王女、シャルマ嬢、フローラ皇女と共に久しぶりの会食を開く事になっている。
そしてさらにその前の日中にクレアスが俺を訊ねて来る事になっていた。
ソーテルヌ総隊各部署の隊長副隊長を集めて行う会議を終えた後、俺は側近のマディラを連れて薬草園へと向かった。
マディラと『人族五大国同盟会合』で報告する内容の細かな話を打ち合わせしながら歩いていると、側近のトウニーに邸内施設の説明を受けているクレアス一行が見えてくる。
一行にはクレアスを始めとしてアルバリサ女王も来ているようだ。
側近のゴードルフとボノスの姿も見える。
そしてフュエ王女も側使いのエメリーを伴い付き添っているようだ。
アルバリサの側近として今側に居るボノスは、俺の所で捕虜として掴まっていた時に全ての記憶を取り戻した。
そして自分がマランジュ女王の願いを叶えられなかった事、それどころか洗脳を受けたとしても自分が守らなければいけなかったアルバリサを傷つけてしまった事への自責の念に苛まれ、自ら命を断とうとしていた。
しかしアルバリサ女王はボノスのその忠誠心の高さと、自分の母マランジュが絶対の信頼を置いていた事を鑑みて、ボノスを側近に戻したいと申し出たのだ。
俺はアルバリサ女王の申し出を受け入れ、ボノスのルカ教のマインドコントロールが解けた事を確認し、念のため俺からも制約を掛けボーヌ王国へ戻したのだ。
「ボーヌ女王陛下お久しぶりです。この度の御即位お祝い申し上げます」
「ソーテルヌ卿、そんな他人行儀な…… 前みたいにアルバリサとお呼びください。ボーヌ女王なんて呼ばれると、少し距離を置かれたみたいで寂しいです」
ゴードルフをチラッと見ると頷いていたのでお言葉に甘える事にする。
「ではアルバリサ様。 今後ともよろしくお願いいたします」
「はい。 こちらこそ今後とも懇意にして頂けると嬉しいです」
「クレアス殿下お初にお目にかかります。 私がシャンポール王国ソーテルヌ総隊元帥ディケム・ソーテルヌと申します」
『ッ――!!!』俺を見たクレアスが目を見張り固まっている。
そんな固まっているクレアスにゴードルフが『クレアス殿下!』と叱っている。
「ソーテルヌ卿申し訳ない。 クレアス殿下は……その生い立ちからまだ貴族としての教育が出来ていないのです。 どうかご容赦願いたい」
ゴードルフの叱りを受けてクレアスは我に返ったようだ。
「あ……クレアス・ボーヌです。 今日はよろしくお願いします」
「はい。 こちらこそよろしくお願い致します」
だが、挨拶を済ませたクレアスはまだ俺から目を離さず、何故か憧憬の眼差しのような視線を向けてくる。
「殿下…… 何か?」
「あ、あのソーテルヌ卿。 アナタがソーテルヌ卿だったのですね。 この度は大変お世話になりました。 この御恩は一生忘れません」
「…………。 クレアス殿下は良い目をお持ちのようですね」
クレアスの言葉に皆が『???』となっていた。
どうやらクレアスが俺を見て固まっていたのは、緊張していたからでは無いようだ。
俺の中のブランを見たのだろう。
一通り挨拶も済ませ、一行はポーション研究所の見学を終えた後、薬草園にはクレアス王子、フュエ王女、俺だけを残し、他の人達はポートの案内で別の施設の見学に行ってもらった。
大事な話と言う事で、今回は特別に側近たちにも席を外して貰った。
薬草園の中に有るこの広場には、今三人だけが居る。
そしてクレアス王子がフュエ王女を見つめている――
……いや、フュエ王女の肩に乗っている白猫を見つめている。
「さてクレアス、僕はヒュギエイアと言う薬学を司る者だ」
「はい。 お会いできて光栄です」
「この度のボーヌ王国での働きは見事だった。 君の父の呪いを子の君の薬学の力が上回ったのだ。 誇っていいよ」
「いえ、結局私の力だけでは薬は完成できませんでした。 皆さんの協力が有ってこその成果です」
「うむ、その謙虚さ潔し。 今後も驕る事無く精進すると良い」
「はい」
「アザゼルは元々医療の天使だった。 だがこの度の事変を見れば、君が求める人を助ける為の医療の力も、使い方を間違えれば毒となる事が良くわかっただろ?」
「はい」
「そこでだクレアス…… 君はたしか……薬学の勉強をしたかったのだな?」
言い淀むヒュギエイアに――
クレアスが元気に『はい!』と答える。
「………た、確かに……アザゼルは元々僕の系譜の天使だ…… ならば……僕にも少しは今回の事変の責任が有ると言っても良いかもしれない……」
ヒュギエイアが俺を睨んでいるようだが、俺は気にしない。
「フン、分かったよ! だから僕は君の望みを聞くとしよう。 君を弟子とし薬学の師事をする事を約束するよ」
「ッ――! あ、ありがとうございます!!!」
「だがこれだけは言っておく。 僕はフュエを守護すると決めたんだ。 だから君に師事出来るのはフュエの側に居る時だけだ」
「そんなシロ! 意地悪云わないでよ~」
「ダメだフュエ。 いくら君の頼みでもこれだけは譲れない」
「大丈夫ですフュエさん。 僕がんばりますから! 薬学の勉強もフュエさんを僕に振り向かせることも!」
「ちょっ……ク、クレアス! ディケム様の前で何言ってるのよ!」
「そうだクレアス。 もっと私から師事してほしかったら、そこの恐ろしい人間からフュエを守って見せろ!」
「ちょっ! シロまで何言って―――………」
「―――………」
「――……」
「―…」
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なんだか酷い言われようだが…… まぁそれでもいい。
今回分かった事は、天使や神が敵となった時、必ずヒュギエイアの力が必要になる。
だが今回もヒュギエイアはあまり力を貸してくれなかった。
結局ヒュギエイアはまだ神側だと言う事だ。
だがクレアスは人間側だ。
出来るだけヒュギエイアの力を受け継いでくれれば、必ずや人間にとって心強い味方となるだろう。




