第七章78 状況確認
ブランはフローラをフュエが眠るベッドの隣に連れて行き、その後残る旅仲間アマンダとヴァンを絶対零度の氷から解放した。
「さてみんな現状は話した通りだ。 今はフュエの絶対零度の氷のお陰で病気の進行が止められている。 大規模な解除を行う前にクレアスの新薬製造に取り掛かるとしよう」
「あの……ブランさん。 私達も頑張ったのですが結局素材を集める事が出来なかったんです」
「クレアス、薬の材料を教えてくれないか?」
「はい。素材は『墓ゴケ』と『針蟻の蟻酸』を使います。 それを『凍結』の魔法で蟻酸を少し弱めてから合わせ、完全に混ぜ合わさったら『雷の属性結晶』を使い活性化させます」
素材を教えてくれと言うブランにクレアスは作り方まで喋り出す。
クレアスには薬の独占や金儲けと言う考えは無いのかもしれない。
ただ人々を救いたい…… そんな純粋な願いでクレアスは動いているようだ。
「ほぉ…… 確かに墓苔や蟻酸など普通の薬師は使わない物ばかり。 さらに拒絶し合う素材を氷と雷属性を使う事で合わせる事に成功するなど…… 流石と言う他ないな」
ブランが『流石だな』と言うと、皆少し不思議そうな顔をしている。
『ブランはクレアスとは初対面では無いの?』という顔だ。
ブランとジャスター以外はまだ知らない、クレアスが医療を司る天使アザゼルの子だと言う事を。
「ですが…… この最後の工程で使う『雷の属性結晶』が重要らしく……他の方法、例えば熱で温めるなどいろいろ試しましたが薬は成功しませんでした。 似たような『雷の魔法』も試してみたのですが……『雷の属性結晶』じゃ無ければダメでした。 薬の完成には雷属性だけでなく精霊の要素も重要なのだと思います」
「なるほど『雷の属性結晶』か……」
「はい! 『墓ゴケ』と『針蟻の蟻酸』は既に在庫を十分確保しているんです。 ですが『雷の属性結晶』が無いのです。 あんな……あんな高価なもの!とても僕達には手に入れられる術が有りません……」
『雷の属性結晶』とは……
気まぐれな精霊がお遊びで作り出した結晶の事を『属性結晶』と呼ぶ。
一回限りの使い捨て消耗アイテムで、その効果の割には取引価格が非常に高い。
理由は誰でも手軽に精霊魔法が使えるから人気が高い事と、それに反して数が圧倒的に少ないからだ。
そしてその『属性結晶』の中でも『雷属性』はさらに取引数が少なく値段が高いとされている。
雷の精霊自体が少ないから『雷の属性結晶』も必然と少なくなる。
そしてまた戦闘時に使った時のその破壊力も人気の理由だろう。
精霊使いのディケムからすれば効果は今一だと思うのだが……
普通の冒険者からすれば『雷の属性結晶』は強敵と遭遇したときに逆転の一手となりうるアイテムと言えるらしい。
誰でも命が一番大事、それを繋ぐことが出来るかもしれない貴重なアイテム。
だから人は『雷の属性結晶』に大枚をはたくのだ。
そんなアイテムを――
他人の為に使ってくれと言える者は、よほどのお調子者だろう。
『う~ん……』と全員が暗い顔をする。
絶対零度の氷で時間が止まる前まで、みな必死に駆けずり回り探し廻ったのだろう。
それでも一つも『雷の属性結晶』は手に入らない。
しかし患者は次々と亡くなっていく……
時間に追い立てられ、みな絶望に打ちひしがれていたのだろう。
⦅フュエ王女が絶対零度で時間が止めるとか、危険な賭けに出るはずだな……⦆
ブランは『なぜこうなった?』と思っていた状況に納得がいった。
「なぁジャスター、お前は西の英雄なのだろ? 『雷の属性結晶』くらい何とかならないのか?」
ブランに紹介された西の英雄――
今はまだ皆氷から解放されたばかりで状況を飲み込むのに必死だった。
その為ジャスターについては誰も詳しく聞いていなかったのだが……
ブランの一言で皆がジャスターを見る。
「……たぶん二〜三個なら当てがある」
『!!!』皆が目を見張り一斉にジャスターを見た後、次にクレアスを見る。
「初めの実験の時は失敗する前提で素材を最小で作りました。ですが成功したので次からは目一杯素材を使って作れます。 『雷の属性結晶』自体が薬の材料になるという物ではありません、素材と素材を結びつける役目の物ですので、今度は一つでかなりの数の薬を作れると思います」
『おぉおおお!』とクレアスの言葉を聞き皆が一瞬歓喜に湧いたが……
『ですが……』とクレアスは話を続けた。
「かなりの量が作れると言っても…… 精々『雷の属性結晶』一個で一〇〇人分位が精々でしょう」
ジャスターが三個の属性結晶を用意できたとしても助けられるのは三〇〇人程度。
だがこの国に居る患者数は一〇〇〇〇を超す。
軽度の感染者を含めればさらにその一〇倍に達する恐れもある。
「取り敢えずは重病人一〇〇〇〇人分の薬、『雷の属性結晶』一〇〇個は欲しい所だな」
「はい」
「それが成せればしばらくは時間の余裕は出来るはずだ。 あとは早急にアルバリサ王女を王位に立て、戦争を終結させボーヌ王国を大国同盟に復帰させる。 そうすればシャンポール王国に支援を頼む事ができる。 あそこには雷の精霊バアルを使役する精霊使いが居るのだろ? 『属性結晶』くらい直ぐに作れるはずだ!」
「「っ――え!?」」
『雷の属性結晶』の話が突然戦争終結まで話が飛び火した。
ブランがアルバリサを『王女』と言った事にアルバリサとシャルマが目を見張る!
そして場が一瞬にして静寂に包まれた。
一番言葉を失っていたのはやはりクレアスだろう。
突然目の前の少女が『王女様』だと知らされたのだ…… 驚きもするだろう。
特にクレアスはこの数日間アルバリサと行動を共にし、失礼な事も数多くしてしまった。
驚きを通り越して顔色が少し青い気もする。
そしてシャルマと当の本人のアルバリサも『王位に立てる』の言葉に絶句していた。
「アルバリサ、なにをそれ程驚く事が有る。 先日会った時『戦争を止める為には、奇病を治し民衆の支持を得、お前を中心に大きな流れを作る』と話しただろ? それはそう言う意味だ。 戦争を止めるとはそんな簡単な事では無い」
「で、でも……」
「アルバリサ。 もうこのボーヌ事変も最終局面だと思え。そろそろお前は腹を括らなければならない。 お前達の目的は奇病を治す事が終着ではないだろ? 戦争を止める所までがお前達の戦いだ。 クレアスの戦いは国民を奇病から解放する事、そしてアルバリサの戦いは国民を戦争から解放する事だ、違うか?」
「っ――! は、はい!」
アルバリサはまだ少しオロオロしているが、その目には決意のような物が見える。




